「妖刀……?」
レンジさんの言ったことがよく分からず聞き返す。
すると、レンジさんはにこやかに続けた。
「うん。だから岐阜まで来たんだろうし」
来たんだろうし、と言われても。
なんで妖刀を作るのなら岐阜に来るのかが、全く分からない。どういうことなの?
……なんて思ったのは俺だけではなかったみたいで、横にいたアヤちゃんが口を開いた。
「ねぇ、パパ。どうして妖刀を作るなら岐阜なの?」
「昔ね、刀を打つ時に有名だった場所があるんだ。五大産地って言ってもいいくらいに有名なところがあってね。その内の1つが、ここなんだよ」
「そうなの? でも、学校じゃ教えてくれなかったけど……」
「まぁ、今どき刀なんて使うのは祓魔師くらいだろうから」
それはそうかも知れないけど。
というか、日本刀って高くないっけ。普通の車が買えるくらいの値段をしていたはずなんだけど……と、そこまで考えたところで、俺は一旦思考をリセット。
いや、というか。
そもそもの話なんだが、
「レンジさん。妖刀って、なに?」
「ん、さては宗一郎が説明してないな?」
俺が首を縦に振ると、レンジさんは微笑んだ。
「祓魔師が妖刀って言う時は2つの意味があるんだ。1つは曰いわく付きの刀だね。何人も殺されてるとか。持ったら人を殺したくなるとか。そういうの」
「……それって、モンスターじゃないの?」
「そういうケースもある。憑依型の“魔”が人じゃなく、物に憑いたケースだ」
あるのか……。
「でも、今回はそっちじゃない。限られた鍛冶師だけが、遺宝を加工して打つことのできる刀だよ」
「……遺宝を、加工?」
俺は胸元に吊るした3つの遺宝を見る。
第六階位が死んだら出てくる遺宝だが、こいつはどんな魔法を使っても絶対に遺のこるのだ。それはどんな魔法も物体も飲み込んでしまう『朧月』すら、すり抜けて遺る。
それを加工する……?
そんなことが出来るのだろうか。
「ねぇ、レンジさん。遺宝って加工できるの?」
「出来るんだろうね。鍛冶師たちはやってるから」
レンジさんに聞くと、逆説的な回答が返ってきた。
ということは、多分これ以上聞いても情報は出てこないだろうから質問を変えることにする。
「妖刀があると良いことがあるの?」
「もちろん。妖刀を持ってると『第六階位』の魔法を引き出せるようになる。そうだね、イツキ君は『血吸チスイ』っていう武器を聞いたことある?」
「ちすい……?」
単語を聞いたことがあるかないかでいえば、ある。
ただ、チスイはチスイでも、流石に治水ではないと思うので首を傾げていると、レンジさんが微笑んだ。
「血を吸う、で血吸だね。これも妖刀なんだけど、この刀は切った“魔”の魔力を吸い取る武器なんだ」
「吸い取る……って?」
「文字通りの意味だよ。『第一階位』の“魔”を斬れば、刀に『第一階位』の魔力が蓄えられるんだ。それを刀の持ち主は引き出して使えたんだよ。いわば、外・付・け・の・魔・力・タ・ン・ク・だね」
「うぇ……っ!?」
なんだその刀!?
初めて聞いた妖刀の性能に驚いていると、アヤちゃんがレンジさんの服を引っ張った。
「パパ。だったら、その刀を使えばみんなイツキくんみたいに『第七階位』になれるんじゃないの?」
「理論的にはそうだけど……現実的じゃないよ」
アヤちゃんの質問に、レンジさんは首を横に振った。
「血吸には条件があるんだ。血吸で“魔”にとどめを刺すこと。それ以外では吸い取れない」
「……む」
小さくアヤちゃんが声を漏らす。
「というか『第七階位』は神在月の魔法ですら測りきれない測・定・不・能・を指す階位なんだ。そりゃ第六階位を何十体、何百体か分からないけど……それだけ倒せば『第七階位』になれると思うよ。でも、そんな祓魔師はこの世にいない。これまでもいなかった」
「……むむ」
アヤちゃんが眉をひそめる。
「あと『血吸』はあくまでも魔力を貯めるだけ。使ったら、貯めた魔力は減る。この意味が分かる?」
「……魔力を回復させるためには、“魔”を斬らないといけない」
「そういうこと」
レンジさんが深く頷いた。
その顔には『あまり便利なものじゃない』というのが浮かんで見える。
それはまるで使ったことでもあるかのようなリアクションで、今度は俺が口を開いた。
「ねぇ、レンジさん。その『血吸』って刀はいまどこにあるの?」
「ウチにあるよ」
「え?」
返ってきた答えが思っていたよりもフランクなものだったから、思わず俺の口をついて出た声も変なものになってしまう。
「『霜月家』に伝わってるんだ。俺は宗一郎とコンビを組むことが多いから使わないけどね」
「あ、そっか……」
レンジさんと、ウチの父親がコンビを組む時にレンジさんは後衛だ。
使わない、というのは納得する。
というか、アヤちゃんの家に伝わってることは如月家うちにも妖刀伝わっているんだろうか?
そういえば、普段父親が仕事に行くときに帯刀していることがあるな。
もしかしてアレが妖刀だったりしないだろうか。
今度、聞いておこう。
俺はレンジさんに聞きたいことを聞けたので、今度はイレーナさんに向き直った。
「ねぇ僕の刀を打ちに来たって本当なの?」
「はい、本当です」
今度はイレーナさんが首を縦に振った。
「ニーナのことだけで皆さんの貴重なお時間を使ってしまうのは心苦しく……せっかくであれば、イツキさんの武装を作れればと思ったのです。もちろんイツキさんもご存知だと思うのですが、ここには今でも世界に数人しかいない妖刀鍛冶マギ・スミスがいますので」
いや、もちろん初耳なんだけど。
「妖刀を打てる人って、そんなに少ないの?」
「はい。『第七階位』ほど珍しくはないですが」
なら別に妖刀を打てる人が日本にいてもおかしくないのか……?
と、俺が納得しかけている間にも、イレーナさんは続けた。
「妖刀鍛冶マギ・スミスの工房アトリエは強い地脈エネルギーが噴出する場所なんです。だからニーナにとっても悪いことにはならないのでは、と……」
俺はイレーナさんの言葉を飲み込んでから、頷いた。
確かにそういうことなら、理解できなくもない。
ニーナちゃんのメンタルを回復させに温泉まで来たのは、地脈からあふれる生命力エネルギーに触れるため。そして、妖刀を打つ鍛冶師は強い地脈の出る場所にいる。
それなら2つ合わせて解決させてしまおうというのも分からないでもない策だ。
しかし、遺宝を加工……ね。
どんなことができるんだろうな?
例えば『血吸』は理論上、無限の魔力を外付けできるわけだ。
そうすれば、雷公童子の遺宝はどうなるんだろうか。普段使っている雷魔法、それを超えるさらなる魔法が使えるのか?
あるいは、化野晴永の蟲ならどうだ。あいつが使う古い魔法――『法術』を使って、何かできるのか。
それとも、イギリスで百鬼夜行を起こした『パペット・ラペット・マリオネット』であれば……。
なんてことを考えていると、父親がロビーに入ってきた。
入ってきた瞬間、ロビーにいた他のお客さんたちに緊張が走る。ガタイが良く、片目が眼帯の人間が入ってくれば、そうなるのも必然というか。なんというか。
そんな父親が俺たちのところにやってくるなり、レンジさんが口火を切った。
「宗一郎、イツキくんに妖刀の話をしなかっただろう」
「……む? もしかして、もうしたのか」
「言わない方が良かったか?」
レンジさんがバツの悪そうな顔を浮かべると、父親は「気にするな」と言ってから少しの間を置いて続けた。
「いや、なんだ。イツキにはな……」
「イツキくんには?」
「……サプライズのつもりだったんだ」
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