テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ぶばら

エマ
322
182
𝓗𝓪𝓶𝓾
23
四限目のチャイムが鳴り響き、待ちに待ったお昼休みが始まった。
教室のあちこちで机がくっつけられ、お弁当箱を開ける賑やかな声が響く。
しかし、白鳥詩織の席の周りだけは、まるで目に見えない壁があるかのように静まり返っていた。
(まぁ、皆様楽しそうですわね……。ですが、私にはどうやってあの中に入ればいいのか分かりませんわ)
詩織が心の中で少しだけ寂しさを覚えていると、ガラリと教室のドアが開いた。
「お嬢様、お弁当をお持ちいたしました」
入ってきたのは、白鳥家の家紋が入った銀のトレイを恭しく掲げた執事の橘だった。
トレイの上には、最高級のローストビーフとトリュフが美しく盛り付けられた、およそ学校の教室には似合わない重箱が載っている。
「ありがとう、橘。でも、少し大袈裟ではなくて?」
「滅相もない。お嬢様の健康を預かる身としては、これが最低限の……」
その時、二人の会話に、信じられないほど軽い声が割り込んできた。
「えーっ! マジじゃん! 本物の執事とお嬢様だー! 超ヤバいんだけど!」
声の主は、制服のカーディガンをゆるく羽織り、スカートを短く折ったギャル系の女子生徒、楓(かえで)だった。
楓は橘の鋭い視線も気にせず、詩織の机にグイグイと顔を近づける。
「ねえねえ、白鳥さんだよね? うち、1年A組の楓! そのお弁当、何? お肉めっちゃ美味しそう!」
「か、楓様……でございますか? これは、今朝ロンドンから空輸された牛肉でして……」
「ロンドン!? スケール違いすぎてウケる! あ、うちはこれ。コンビニの唐揚げ弁当!」
楓はドサリと自分の弁当を詩織の机に置いた。
橘が「不審者め、お嬢様から離れなさい」と言わんばかりに前に出ようとしたが、詩織はそれを手で制した。詩織の瞳は、楓のプラスチック容器に入った茶色い唐揚げに釘付けになっていたのだ。
「まぁ……それが噂に聞く『こんびにの、からあげ』……。とても芳しい(かぐわしい)香りがいたしますわ」
「え、食べたことないの? 一個あげるよ、ほら、交換しよ!」
楓はためらいもなく、自分の箸で唐揚げを一つ摘むと、詩織の口元へ差し出した。
「お、お嬢様!? 聞いたこともない油で揚げられた肉など……!」
と橘が青ざめる。しかし、詩織は上品に目を輝かせ、小さく口を開けた。
「ハム……。っ! 美味しいですわ……! 濃密な醤油の旨味と、肉汁が口いっぱいに広がります……!」
「でしょ!? 逆にそのローストビーフも貰っていい? ……んまー!! 何これとろける!」
二人が楽しそうに笑い合う姿を見て、教室中の生徒たちが驚きに目を見張った。
あの完璧で天才、高嶺の花だった白鳥詩織が、クラスで一番お調子者のギャルと、初日からお弁当を分け合って食べているのだ。
「楓さん、私、皆様とこうしてお食事をいただくのが夢でしたの」
「あはは、何それ! 詩織っち、見た目は超お高そうなのに中身めっちゃ可愛いじゃん! これから毎日一緒にご飯食べよ!」
「し、詩織っち……!?」と後ろで橘が卒倒しそうになっていたが、詩織は生まれて初めて呼ばれたあだ名に、満面の笑みを浮かべた。
「ええ、喜んで。よろしくお願いいたしますわ、楓さん」
美しい鳥籠を飛び出したお嬢様。
彼女の前に広がる世界は、お屋敷の教科書には載っていない、新しくてカラフルな「日常」という輝きに満ち溢れていた。
コメント
7件
楓ちゃんめっちゃいい人…!!
「詩織っち」って呼ばれて満面の笑みになるラスト、本当に胸がじんわり温かくなりました。高級重箱とコンビニ唐揚げの交換って、もう身分を超えた信頼の証ですよね。執事・橘さんの卒倒しそうなリアクションも絶妙で、クスッと来ました。お嬢様が初めて手にする“普通”の友達関係、この先どう育っていくのかすごく楽しみです! 読んでるだけでこっちまでほっこりする、素敵なエピソードをありがとうございます🌷