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「君を守るために」
名前伏せ無し
妊パロ
一章 気づいてほしかった
ジェルが異変に気づき始めたのは、
ある 初夏の朝だった。 寝起きの口の中に
残る、鉄のような味。 軽い吐き気と、
ふらつく足取り。 それでも「寝不足の
せいやろ」と、最初は笑い飛ばしていた。
でも、日が経つにつれて
吐き気は悪化し、体温も不安定に上下した。
食べ物の匂いに敏感になり、特にさとみの
好きなカレーの匂いには、顔をしかめるほど。
(おかしいな……俺、風邪でも引いたんかな)
しんどそうな顔をしているジェルに、さとみも何度か声をかけていた。
「最近、顔色悪いけど、ちゃんと寝てる?」
「んー、まぁ……ぼちぼちってとこやなぁ。ちょっと疲れとるだけや、心配せんでええよ」
無理に笑ったその表情に、さとみは 眉を
寄せたけれど、深追いはしてこなかった。
(あかん…こんなん、いつまで誤魔化せるんやろ)
ジェルは少しずつ、「ある可能性」を
考えるようになっていた。
そして、ある朝、意を決して
病院に足を運んだ。
病院の白い壁。 機械的に流れるBGM。
診察室で、医師が発した言葉に、
ジェルの耳は一瞬で真っ白になった。
「妊娠されています。おそらく、7週目です」
「……は、えっ? え、ちょ……妊娠……?」
「はい。前回の生理がいつだったか覚えてますか?ホルモン数値と合わせて見ても、間違いないと思いますよ」
心拍も、すでに確認できる段階だった。
モニターには、小さな鼓動を刻む点が、
ぴくぴくと動いていた。 それが自分の中に
いるのだと思うと、不思議な気持ちだった。
(……ほんまに、俺の中に……)
口元を手で覆いながら、ジェルはしばらく
その画面から目を離せなかった。
帰り道、真夏の陽射しがやけにまぶしかった。
アスファルトが揺れて見えるほど暑いのに、ジェルの手は冷たく震えていた。
(どうしよう…さとちゃん、なんて言うんやろ)
「妊娠した」
その一言が、どれだけ彼の人生を変えるのか。
彼はアイドルだ。人気者だ。夢を追ってる。
それなのに、自分が……子どもなんて。
「…俺、ただの重荷になってまうんちゃうか…」
公園のベンチに座り、冷たい麦茶を口に
含みながら、ジェルは自分の腹を
そっと撫でた。 まだふくらみはない。
だけど、確かにここに“命”がある。
胸の奥が、苦しくて、あったかくて、 怖くて
何度も泣きそうになりながら、ジェルは
ひとり、夕暮れまでそこに座っていた。
家に帰ると、さとみがソファでスマホを見ながらくつろいでいた。
「おかえり。どこ行ってたの?」
「ちょっと病院、や」
「あ?どっか悪いのか?」
「……いや、まぁ、そんな感じ」
「ジェル」
珍しく、低い声。
さとみの真剣な目が、まっすぐに
ジェルを捉えていた。
「なぁ、最近のお前、ちょっとおかしい。
ちゃんと寝れてないし、食欲もないし、 顔色
悪いし……俺に隠してること、あるだろ?」
ジェルは唇を噛んだ。
その言葉を、どこまで言って いいのか
分からなかった。 でも、限界だった。
「……妊娠してもうた」
短く、静かに、ジェルは言った。
しばらく、沈黙が落ちた。
さとみは瞬きもせず、ただそこに座っていた。
時が止まったかのような、息苦しい数秒。
「……は?」
「ほんまや。病院でもちゃんと診断もらった。7週目って」
さとみの目が、微かに揺れた。
怒鳴られるかと思った。
拒絶されるかも しれないと思った。
「……俺の、子ども?」
ジェルはうなずいた。
「……なんで、黙ってたの?」
その声は低く、怒っているようにも、
悲しんでいるようにも聞こえた。
「……怖かった。お前に迷惑かけてるって
思って……お前の夢も仕事も、全部壊して
しまうんちゃうかって……」
目を伏せたジェルの頬を、
さとみが両手でそっと包んだ。
「バカだな……」
その手は震えていた。
「お前、俺の何だと思ってんだよ……
他人の人生壊す存在じゃない。お前は
俺が愛してる、たった一人の人間だろ」
ジェルの目から、涙が溢れた。
「さとちゃん……」
「ごめん……お前にそんなふうに思わせたの、俺の責任だ。ほんとに、ほんとにごめん」
ジェルは嗚咽を漏らしながら、
さとみにしがみついた。
「……ありがとう。捨てんでいてくれて、
ほんまに、ありがとう」
さとみはその肩を強く抱きしめて、囁いた。
「これからは、一人で抱え込むなよ。
俺たちは、二人で一つだ。……な?」
「……うん。ありがとう……」
ジェルの涙は、止まらなかった。
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