テラーノベル
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半ば諦め、溜息混じりで答える。
「良い知らせだけ聞いたら帰って貰うことってできますか?」
「無理だな。ちなみに悪い知らせは二つあるぞ」
藪蛇である。聞きたくなかった情報が出てきてしまったが、迷うこと数分。腹をくくる。
「じゃあ、良い知らせからお願いします」
「よし、じゃあコレだ……。ほれ」
バイスは、テーブルの上に乗っていた布の包みを差し出した。それを恐る恐る受け取り、外見をくまなく調べる。爆発物を扱うよう慎重にだ。
それは小さめのクッションくらいの大きさで、革紐で十字に縛っているといった状態。触感は、柔らかく軽い。
「何を警戒しているのか知らんが、大丈夫だから開けてみろよ。それは俺とネストから、九条へのプレゼントだ」
結ばれていた革紐を解き、包みを開ける。
「これはッ!?」
ただの黒い布のように見えたそれはフード付きのローブだった。吸い込まれそうなほどの漆黒で、黄金色の意匠が施してある。
素人目に見ても、かなりの逸品だということがわかる高級感で、肌触りも抜群に良く、言葉を失うほどである。
その袖口あたりから、一枚の紙がひらりと床に舞い落ちた。
拾い上げたそれは、俺へと宛てたネストからの手紙。
『九条には少し威厳が必要なんじゃないかしら? 腐ってもプラチナなんだから、装備には気を使いなさいな。気に入ってくれると嬉しいわ』
手紙を読み終わると、再びローブに目を向ける。
「それは|金の鬣《きんのたてがみ》の素材で作ってあるんだ。鬣と毛、それと皮を少しな。王族御用達の店で仕立ててもらった。雷と炎の耐性が高く、性能は折り紙付きだ。……言っちゃ悪いが、そのボロボロのローブはそろそろどうにかした方がいいんじゃないか?」
「ぐっ……」
バイスに言われて、自分の着ている服を改めて観察する。
誰がどう見ても小汚いローブに見えるだろう。本来の用途は病院の手術着。
ちゃんと洗っているので不衛生というわけではないが、こちらの世界に来てからというもの、散々酷使していた所為か、裾や袖の破れやヨレが目立つ。
正直ファッションには疎く、着れればなんでもいい派なので気にはしていなかったが、言われてみると確かにそろそろ寿命である。
「でも、なんで……」
「提案したのはネストだ。昔あった冒険者たちの風習だろ? 最近じゃあまりやらなくなったけど」
「風習?」
「九条は知らないのか? 昔は魔物を倒したら、その素材で作った物を大切な仲間に贈り合うって文化があったんだよ。標的を倒した喜びを分かち合うとか、お互いの無事を祝うとか……。まあ、ゲン担ぎのようなもんだ」
「そんなことが……。良い風習じゃないですか。なんでやらなくなったんです?」
「最近の主流――って言ったらいいのか……全素材の換金が基本だからな。結局はカネってことなんじゃねーか?」
「世知辛いですね……。でも、ありがたく受け取らせていただきます。帰ったら礼を言っていたとネストさんに伝えてください」
「ああ、言っておくよ。そんなことより、ちょっと着てみろよ。勲章の授与式で貸したスーツから採寸し直してるから、サイズはバッチリのはずだ」
「……じゃあ、少しだけ……」
病院の手術着を脱ぎ捨て、インナーだけになった俺は貰ったローブを広げると、改めてまじまじと見つめる。
「こ……これは……」
ローブをひっくり返してみると、背中に描かれていたのはウルフとキツネのシルエット。金の糸で刺繍が施されていて、なんというか元の世界で言うところのスカジャンを彷彿とさせる。
「どうだ? カッコイイだろ? デザインは俺が考えたんだぜ?」
「……え……ええ。とても……」
確かにカッコイイ。いいのだが、派手すぎはしないだろうか? これを三十代半ばの男性が着て歩くというのも……。
だが、それは俺の前の世界でのイメージだ。この世界ではそういう扱いではないのだろうと思う。
逆に考えるのだ。これを周りの目を気にせず着れるのは、ある意味幸運なのではないかと。
複雑な心境の中、意を決してそのローブに袖を通し豪快に羽織る。
バサリとローブの裾がはためき、風を切るとバイスは感嘆の声を上げた。
「おお、中々様になってるじゃねーか」
漆黒のローブ。革ベルトで作られたホルダーには禍々しさの漏れ出る魔法書と武骨なメイス。
更にフードを深く被れば、明らかに怪しい魔術師の出来上がりだ。
「イメージの通りだな。俺のセンスはやっぱり間違いなかった」
「イメージ?」
「そう、まるで悪魔神官みたいな……」
「……それは褒めてるんですか?」
「ははは……」
バイスは煮え切らないような乾いた笑いで誤魔化すと、すぐに目を逸らしワダツミを撫で始めた。
「では、バイスさん。今日はありがとうございました。ネストさんにもよろしくお伝え下さい」
「いや、しれっと締めようとすんなよ。まだ帰らねーよ」
「えぇ……。まだ何かあるんですか?」
「最初に言っただろ。まだ悪い知らせが残ってんだって」
「チッ……」
「舌打ちすんなよ……」
脱いだ手術着を洗濯カゴに投げ入れると、ベッドに座り深呼吸。
何を言われても動揺しないように心の準備をすると、バイスは先程とは違った真剣な表情で話し始めた。
「まず一つ目だ。グリンダ王女は覚えているだろ?」
「第二王女ですよね? もちろん覚えてますよ」
「そうだ。その王女様なんだが、例の一件以来、露骨に素行が悪くなった。なりふり構っていられないといった感じで、手が付けられない。リリー様への風当たりも強くなっているようだ」
「それが俺と何か関係が?」
「グリンダ様はまだ九条を派閥に入れることを諦めてないんだ。王女の使いがネストの所に頻繁に面会を求めに来てる。ネストのところで止めておけるのも限界に近い」
「……そうですか。わかりました。なんと言われようと派閥を変える気はないので、大丈夫です。しっかりとお断りさせていただきます」
「ああ、頼む。ネストもあれ以来、結構忙しいんだよ。色々と重なっていてな。|金の鬣《きんのたてがみ》討伐もかなり影響していると思うが、ネストがリリー様の家庭教師として魔法を教えているのを知ってるだろ? その手腕を買われて王立魔法学院で講師として教鞭を執ってくれと打診があって、そっちの準備がな……」
「ああ、そうだったんですね」
多才と言うべきか、それとも努力の賜物か。
貴族であり冒険者でもあり、次は教師。さすがにそこまで手を広げると忙しそうなのも頷ける。
「ネストさんには、こっちよりも自分を優先して下さいと伝えておいてください」
「わかった。じゃあ次の悪い話なんだが、九条が管理しているダンジョンあるだろ? そこからちょくちょく魔物が出て来ているようだ。管理者が九条だからギルドは手が出せない。今のところ被害は大したことはないが、潰せるようなら早めに潰しておいてくれ。あっ、炭鉱の方じゃなくて、封印の扉がある方だぞ?」
「わかりました。話はそれだけですか?」
「ああ。グリンダ様だが、相当荒れている。何かあれば九条にも声がかかるかもしれんから、その時はよろしく頼む」
「出来るだけ声が掛からないよう、がんばってください!」
「ははは、それは相手次第だな……。じゃあ俺はこのへんで失礼しよう。久しぶりに元気そうな顔を見れて良かったよ。ミアにもよろしくな」
バイスが立ち上がるのを見て俺も立ち上がったが、それを見越していたバイスは「見送りはいらない」と、扉の隙間から片手を上げ、軽く挨拶をしてそのまま部屋を出て行った。
階段を降りる足音がカツカツと響き、やがてそれも聞こえなくなると、隣で話を聞いていたワダツミが俺を見上げる。
「魔物退治ですか?」
ようやく出番が来たのかと鼻息を荒くするワダツミ。
「ああ、そうなるかな。近いうちにダンジョンの掃除が必要なようだ。百八番はゴブリンやオークが蔓延っていると言っていたが……。実際どうなんだ?」
「どう――とは?」
「強さとか……」
「九条殿、本気で言っているのか? ゴブリンやオークが九条殿より強いと?」
「いや、そうじゃないが、残念なことに戦うどころか見たことすらないんだよ」
この世界では比較的ポピュラーな魔物らしいが、知っている情報と言ったらギルドの図鑑に書いてあることくらい。
負けるようなことはないとは思うが、油断は禁物。念のために聞いただけだ。
「ゴブリンは臆病な種族です。戦うとなれば集団戦になると思いますが、一匹ならば戦闘経験のない人間でも武器を持てば自衛できるレベルです。オークはゴブリンよりも強く身体も大きいため、パワーもありタフネスです。それ故動きは鈍重で、人間でも走れば逃げるのは容易いでしょう。どちらも家畜や作物を荒らすことはありますが、人を襲うのであれば間違いなくオークだと思います」
ゲームや本の中の世界では、比較的序盤に登場するタイプの魔物として描かれることが多いが、ワダツミの話を聞く限りそれはこちらの世界でも同じようだ。
「そうか。なら心配はなさそうだな」
「九条殿のお手を煩わせるまでもない。我等だけで狩ってきましょうか?」
「いや、これは俺の問題だからな。俺が行くさ」
「ならば、このワダツミもお供しましょう」
「ああ、助かるよ」
大人しく座っていたワダツミは得意げに鼻先を上げ、背筋を伸ばす。俺はその背中を撫でながら、明日からの予定を考えていた。
しばらくすると、快活な声と共に部屋の扉が開け放たれる。
「ただいまぁ」
「おかえり。ミア、カガリ」
「わあ、お兄ちゃんそのローブ何? いつの間に買ったの!? カッコイイ!」
帰宅の安堵から一転。ミアは目を輝かせ、食い入るように俺を見る。
「ああ、ネストさんとバイスさんからの贈り物だ。バイスさんが持って来てくれたんだが、ちょっと派手過ぎないか?」
「そんなことない! すごく似合ってるよ。まるで……」
「まるで?」
「悪の大魔術師みたい!」
「ハハハ……。言うと思ったよ……」
ミアの笑顔を見るにそれは褒め言葉なのだろうが、その評価がバイスと同レベルであることに肩を落とし、俺は乾いた笑顔を浮かべることしか出来なかった。
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