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ざぶぅんのお話です。
inm視点
拠点でゆっくりしていると、マナが帰ってきた。映画を観ていたオレの前に立ち、何か紙きれをヒラヒラさせている。
「マナ?見えないんですけど」
「まあまあ落ち着けって。じゃじゃーん」
目の前に見えたチケットに『お笑い』という文字を見つけた。お笑い?漫才?…ということは。
「俺の漫才、見に来てや」
「え」
「何やその顔。相方の勇姿見たくないんか?」
「いや、そうじゃなくて」
マナのコメディアン経験の話は何度も耳にした。しかし、彼が漫才をやっているところを実際に見たことはない。急に何故か尋ねたら、ニコニコしながら理由を話してくれた。
「俺な、後輩に誘われてん」
どうやらマナには弟子がかなりの数いるらしい。相方とは言え、別にオレからコメディアンの話を聞こうともしなかったからその情報は初めてだった。弟子から誘われて、自分も出演者になってしまったんだとか。
「漫才って決まった人しか出れないんじゃないの?」
「せやねん。それがな?コントとか漫才とかする人が集まるいわゆるフェスみたいなんがあって」
フェス、という言葉に興味を持つ。音楽と一緒だろうか。自分の好きなアーティストだけじゃなくて、知らない人や曲を知ることができる、素敵なイベント。
「一組感染症にかかってもうて。代理で誰か出れないですか〜で、俺に回ってきてん」
やれやれ、と鼻をならすマナ。しかし俄然やる気だ。
「こう見えて後輩には慕われてんねんで?」
自慢気にマナはチケットをオレに受け渡す。
「スタッフに関係者です〜て言えば、ちょっとだけ良い席になるらしいから」
了解の返事をするとマナは満足そうに笑って外に出ていった。映画を巻き戻しながらチケットを見る。日付を見て驚いた。
「え、明日!?」
たしかに明日は任務も仕事もないが、こうとなってはゆっくりしている場合じゃない。テレビの電源を消して、チケットのQRを読み込んで情報を探った。場所は見知った劇場。マナの出番は夕方から。遠くもないので焦るほどではないと認識したオレは、遅刻しないよう明日に備えて早く寝ることにした。
初めて来た劇場は、思いのほか広かった。客層も小さい子からお年寄りまで幅広く、たくさんの人に愛されて成り立っているんだと認識する。ヒーローと同じような感じがして少し微笑ましかった。
「ね!今日緋八いるらしい!!」
「まじ!?サイコーじゃね??」
午前の部は流石に難しかったので午後の部から参加したが、まだまだ客席は空いている感じ。フェスだから自分の好きな時に来て帰れるのだろうが、せっかくだからずっとココにいることにした。関係者席に座っている間、結構マナの評判を耳にした。どうやらマナ、相当立派なコメディアンだそう。
マナが登場した時の盛り上がり方は異常だった。フェスだからマナの出番よりかなり前に来ていたから分かる、この熱気。マナの人気っぷりを見てオレも満足だった。
「はいど〜も、よろしゅうおねがいします〜」
スマホを見ていたお客さんも、大声で話していた関西のおばちゃんたちも、マナが始めると一気に聞き惚れるように静かになった。周りを見渡すとフェスとは言えどマナの客層が明らかだった。漫才にも痛バを持ってくるファンがいるんだ、知らなかったなあ。わ、あの子、マナの概念コーデだろうか。秋のようなカラーのチェックのベストは、もうすぐ夏に差し掛かろうとしているのにこの場所では適しているように見えざるを得ない。手を叩いて笑うスーツ姿のお兄さん。会社終わりにマナの公演を観に来たのだろうか。
「ほんまええですや〜ん、て」
お〜、という感嘆の声と拍手が聞こえる。しまった、大事な話を聞いていなかった。
「ちゃうちゃう、お〜やないねん」
「笑ってほしいねんけど!?」
マナのツッコミによって生まれた観客の大きな笑い声と拍手喝采を見て、マナは満足そうに微笑んだ。ドヤ顔の方が正しいかもしれない。お決まりの台詞で漫才を締めたマナは大歓声とともに舞台袖に戻っていった。
「なあ、どうやった?」
関係者席の方はこちらです、とスタッフに案内された先は楽屋だった。マナの楽屋にマナとマネージャーがいたが、マネージャーさんが気を遣ってマナとオレの2人だけにしてくれた。
「めっちゃかっこよかった」
「おもろかった?」
「うん」
「ほんまにぃ?」
「ほんとほんと!」
「にしてはなんかなぁ…」
マナはブツブツ言いながらお菓子の缶を漁り、駄菓子をオレの前に差し出した。
「え?」
「これ、やろや」
マナがニヤリと笑って差し出したのは、いわゆるロシアンルーレット的な駄菓子。3つ全部ぶどう味のフーセンガムだが、1つだけその味が超酸っぱい、みたいな感じだ。
「3個あるよ?オレら2人じゃん」
「そこも踏まえてや!!ジャン負けが2個食べる」
「不利すぎない!?!?」
「まあまあ落ち着けって。じゃんけんに勝てばええだけやから。勝った方が1個選ぶ、でやろ」
無理やり参加させられたデスゲームでのじゃんけん。オレが出した手はパーで、マナが出した手は…チョキだ。
「っしゃーー!もう勝ったも同然やな!」
「まじかよ〜」
マナにウキウキで1つ選ばれた後、オレは残った2つを手に取る。
「用意できたか?」
「はい…」
「明らかテンション低いやんけ!!もっと楽しまんと!!」
「こんな状況で誰が楽しめるっての!!」
マナはゲラゲラ笑った。漫才というステージに立つのは職業上もう慣れてるのかもしれないけれど、緊張で体力が変に消費されそうなイメージだった。
「じゃ、いくで?」
「「せーの!!」」
口に入れた2つのフーセンガムを噛む。どちらもほんのり甘くて、ぶどう味が一気に口の中に広がる。甘くておいしい…ということは。
「んあ!!すっっぱ!!!!なんやこれ!!!」
酸っぱい原因は口の中にあるのに、ダンゴムシのように丸まって身体全体で酸っぱさを表現するマナ。フラグを思いっきり回収したその味覚に抗っている様子が、なんとも面白くて。
「あははwwwwwwwマナ最高wwwwwww」
写真を撮ろうとカメラアプリを開く。スマホに映るマナは、さっきのダンゴムシとは違いこちらを見て目をぱちくりとさせていた。
「今笑った?笑ったやんな?」
今度はオレがぱちくりする番。急にそんなこと言われて、驚かないやつがどこにいるだろうか。
「よっしゃーーっ!!伊波ライが笑った!!!」
ガッツポーズをかましたマナは、オレの肩をがっしり掴み意気揚々と話した。
「あんな?ライはあんま実感してへんかもやけど」
どうやらオレはここ1週間くらいずっと笑顔が消えていたらしい。そんなつもりはなかったが、マナ曰く忙しそうだったんだそう。
「メカニックにヒーローに大学生に、お前はやることが多すぎんねん。そこでな?俺考えてん。俺が笑わせればええやん、疲れ取れるくらい笑って貰えばええやんって!」
ホンマは漫才で大笑いしてもらう予定やったんやけどな、とマナは苦笑いしながら言う。
「全然わろてなかったやん!俺どないしよ、てめっちゃ焦ったんだが!!計画大失敗や〜思たわ」
フーセンガムで笑えるならまだ単純な方やな、とマナは笑う。
「笑ってくれてありがとう。ライはその顔が似合ってんで」
「何そのキザな台詞」
「っはー!言ってみたかっただけ」
「でもありがとう、オレを笑わせてくれて」
「お前も十分ロマンチックな台詞使ってんだが??」
「いやマナには負けるよ〜〜」
「なんやそれ。バカにしてない???」
あははと笑うと、お前それは愛想笑いやろ、とツッコまれた。残念、これは本心だよ?マナといると楽しいし面白いもん。そんなことも知らないマナはおもむろに紙袋を取り出した。
「はい、これお土産」
「え、何」
「忙しいんに来てくれてありがとな?ほんま」
「開けていい?」
「もち。多分好きやで?」
袋を開けると、マナの変顔がプリントされてあるでかいクッキーだった。
「要らないwwwwwww世界一要らないwwwwwww」
「なんやお前!これ物販で1000円ちょいすんねんぞ!!」
「たっか!!!誰が買うのこれwwwwwwwwwww」
「いやいやファンには人気なんやで??そんな大事なもの要らないんだぁ…そっかぁ………」
「はいはい欲しい!欲しいからさ」
「っしゃ!!俺だと思って食べてな?」
「キモすぎwwwwwwwwwwwwww」
「あ?」
やっぱりマナは生粋のコメディアンで、何があろうとオレの大事な大事な、大好きな友だちだ。しっかりそう認識したオレは大きなクッキーの入った袋を片手に楽屋を去った。疲れも何もかも吹っ飛んだ最高の1日になったと思うと笑みが溢れ出してしまうのは、仕方のないことだろう。