その日は成宮牧場の駐車場に、三台のリムジンカーが停車していた
琴子がそれぞれ用意した人物、鬼龍院と琴子それに今回の話し合いを記録する弁護士団だ
一同は母屋のリビングの長テーブルを囲んで席に着き、テーブルの真ん中にはアリスと北斗、そしてその向かい真正面には琴子と鬼龍院、二人の両横には琴子と鬼龍院の男性弁護士二人が座っている
明と直哉は一応北斗に紹介された時用に、スーツを着てお福とキッチンに待機している、直哉はしきりにネクタイをいじっている
張り詰めた沈黙の中で、お福が全員にお茶を出し終わるまで、琴子とアリス、北斗と鬼龍院は、一言もしゃべらずにお互いにらみ合いを続けていた
今日の北斗はダンヒルのダークシルバーの、スーツに同じブラックのダンヒルのネクタイをしている、この日のために短く襟足を刈り上げて、オールバックに固め、粋にスダレのように少し前髪を額に垂らしている
信じられないぐらい素敵でアリス自慢の旦那様だ
一方アリスは北斗のアドバイスを跳ねのけて、普段のありのままの自分の普段着、バーバリーのシャツに薄水色のジーンズで挑んだ
そして勇気をもらうように、あの日・・・夜中の結婚式で彼がくれた、サファイアの指輪をはめていた
目の前に座っている母は相変わらず美しく、実質年齢よりも10歳は若く見える
豊かな黒髪を後ろでシニヨンにまとめている、おくれ毛を顔の周りに垂らせば、キツイ表情がいくらかでも、ましになるかもしれないのにと、アリスは全く変わっていない自分の母を残念に思った
クリーム色のシャネルのスーツと、大ぶりのシャネルのイヤリング、デパートの香水売り場のような匂いを発散させている
明がリビングに近寄らないのも無理はない、この匂いは子供にはキツすぎる
あきらかに琴子は牧場には似つかわしくなかった
琴子が値踏みするような目つきで、北斗を見るや、少し表情をやわらげた、どうやら北斗の見た目は母のおめがねに合格したらしい、それから母はリビング中のあらゆるものに、保険会社の調査員のような鋭い視線を向けた
さらに汚いゴミを見るような目つきで、アリスの服装を長々と眺めた後
ふとアリスの薬指のサファイヤに目が止まった
じっとそのサファイヤから視線を外さない、そして小さく目を見開いた、この指輪は北斗さんの亡くなったお母さまの
形見・・・
そして周りにダイヤモンドの装飾が施された、宝石商の人間なら一目瞭然のとても高価なモノだった、そして再び冷ややかに一瞥してから口を開いた
「太ったわね、アリス」
「太っていないわ」
「それは良かったわ、もう少し体重を落とせば健康的なサイズに戻れるでしょう」
「Mサイズは健康的よ!お母様」
そう言い返したアリスの横には北斗がいて、テーブルの下で自分の手をぎゅっと握ってくれた、アリスも手を握り返す
少なくとも今はたった一人で、母親に立ち向かうのではない、隣には彼がいてくれる、これだけでも大変な進歩だとアリスは思った
髪をファサッといやらしくなびかせた、鬼龍院は見た目だけは端整な顔を、不愉快そうに顔色を変えた
「やれやれトンビに油揚げを、さらわれるとはこの事ですね成宮君、君は馬だけではなく、ずいぶん高価なモノを私からさらっておいて、何の罪悪感もないんですか?」
「お前には手の届かない値打ちのモノさ」
北斗がそう答えた、鬼龍院は憎い相手を見るように北斗を睨んだ、心なしか北斗はわざと鬼龍院を挑発しているように見える、キッと鬼龍院がアリスに視線を向ける
「・・・評判を気になされた方がいいですよアリスさん、この男とねんごろになっていると噂が立ったら、あなたもご家族も苦労しますよ」
噂が立つとすれば出所は間違いなくこの男だ、キッとアリスが鬼龍院を睨んだ
アリスが答えるより先に北斗が静かに告げた
「噂も何もアリスは正式にもう俺の妻だ、誰に言ってもらっても結構」
「ばかなっ!!」
鬼龍院の顔がみるみる紅潮した、バンッとテーブルを叩いて鬼龍院が立ち上がった
「卑怯者めがっ!私の目を盗んでちちくり合っていたのか、お前達二人を訴えてやる!、婚約不履行を含めて諸々の罪でな!」
鬼龍院の横の弁護士がサラサラとノートに何やら書き込んでいる
「ならば俺はお前を(特定商取引法)で訴える」
「なっ・・・何を・・・ 」
ハッと鬼龍院がたじろぎ、彼の弁護士が北斗の顔を今初めて見たとばかりに、凝視する
北斗は体を前に傾け両手を組んで言った
「お前が売っている馬は純粋なアラブ種ではない、お前は詐欺を働いている 」
チラリとキッチンにいる直哉を見ると、直哉が鬼龍院の横に来て、透明のファイルをバサッとテーブルに置いた
「俺達は法廷で全面的に戦う準備は出来ている。お前は馬を扱うにはあるまじき人間だ、お前がやっていることがJBBA(日本軽種馬協会)に発覚すればお前は仕事を失うだろう」
北斗は汗一つかかず冷静に言った、アリスは驚いて北斗を見た、一体いつから彼はこれを準備していたのだろう
一方鬼龍院の方は額に汗をにじませて、直哉から渡された馬のDNA鑑定の書類を、バサバサページをめくって見ている
「こ・・こんなもの偽物だ!」
顔を真っ赤にしてビリビリ鑑定書を破る、鬼龍院はあきらかに今までの、仮面を脱ぎ捨てている、また直哉がスッと鬼龍院の前に書類を置く
「コピーだ、いくら破いてもいいぞ 」
事の成り行きが見えていない琴子も、やや当惑気味に北斗と鬼龍院を見ている
「鬼龍院・・・アリスから手を引け、彼女はもう俺のモノだ 」
鬼龍院が屈辱に身体を震わせ、口元には北斗に欺かれた苦々しさをたたえている
しかしさすがにこの場で北斗に全面戦争の意図を、立向ける気概はなさそうだ
ガタンッ!!「バッ・・・バカバカしい!私は失礼する!一体何の根拠でこんなことをっっ、ほ・・本当に・・・バカバカしいっっ 」
「俺達を見くびんじゃね~よ!最初の取引きからずっと調べてたんだよ!おかしな馬ばかり売りつけやがって!」
直哉がざまぁみろとばかりに、鬼龍院に侮辱の印の中指を立てる
鬼龍院が慌ただしく出て行った後、部屋の温度が急激に下がる中、テーブルの真ん中に女王のように、冷ややかに座っている琴子がアリスを睨む
いよいよ一騎打ちだ、まるで鎌首をもたげたコブラ琴子と、それを攻撃するマングースがアリスのように、二人の間で火花が飛び散る
「アリス・・・お前は本当に運が良いのよ、鬼龍院さんは帰ってしまったけど、あなたにもう一度チャンスをくれると言ってるのよ」
ハッ!「ありがたくって涙がでるわ!」
アリスは我慢できずに辛辣な口調で言った、しかしアリスの嫌味はことごとく無視された
「アリス!お前が寝ている男は、私達に何の礼儀もないまま、勝手に誘拐をし入籍をしたのよ、こんなことが許されるはずがないでしょう!目を覚ましなさい!」
「私は自分の意思で北斗さんと結婚したのよっ!」
琴子が少しギアを下げ、説得口調になる
「世間知らずのお前を丸め込むのなんか簡単です!結婚は家柄と家柄の契りです、こんな茶番劇が世間様に知れ渡ったら、ITOMOTOジュエリーはどうなると思っているの、そこで働いている何百人の社員の運命は?その家族は?取り引き先の海外の支店の下請けにまで影響が出るのよ!アリス!わたくしは何年も前からずっと教えてるはずですよ、ITOMOTOジュエリーの名誉を守るために、わたくしは大変な苦労をしてきたわ、なぜそれをお前がないがしろにしようとするのか、理解に苦しむのよ― 」
「私は北斗さんを愛しているのっっ!」
アリスが泣きそうな声で叫ぶ、琴子がさらに畳みかける、その口調の中に悪意が混じっている
明がテニスの試合のように、叫ぶアリスを見て、さらに大声で叫ぶ琴子を交互に見る
「それが幼稚な子供の我儘だというのよ!少しは精神的に成長して頂戴!お前がこの男の事で理性を無くしていることには、議論の余地はないわ、それでもわたくしの立場は変わらない、伊藤家の継承者レガシーに生まれた限り義務があります。当家におけるお前の役割は伊藤家を繁栄させ、ITOMOTOジュエリーを世界的に有名にすることです」
「おどせば一生私が言うことを聞くと思っているの?私は伊藤家の継承者の前に一人の人間だわ!私は幸せになる権利があるわ!」
「もちろんお前の幸せは願っていますよ、しかしITOMOTOの大儀にそぐわないふるまいはいっさい認めるわけにはいきません。直ちに婚姻無効の手続きを取ります、わかってほしいのだけど、これはあなたのためを思って言っているんですよ、今のあなたにはこれが大切な事に思えるでしょうけど、10年後20年後の将来のことを考えなさい、荷物をまとめて今すぐ帰る支度を―」
「私のお腹の中には、もう北斗さんの赤ちゃんがいるんだからっっ!」
ついにアリスが大声で叫んだ、バンッとテーブルを両手で叩いて立ち上がる
ピタリとようやく琴子が黙り、辺りが静まり返ったのを見てアリスは満足した
心臓がドキドキして頭に血が登り切っている
「え~~~~~~~!!」
「え~~~~~~~!!」
「え~~~~~~~!!」
「え~~~~~~~!!」
成宮家全員が叫んで視線がアリスに注がれる、母でさえ信じられないと目玉をひん剥いている、母の弁護士はノートに書こうかどうしようか迷っている
アリスは心の中で叫んだ
し・・・
しまった~~~~~~~~~っっ!!!
↑
(大ウソ)
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