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#オリジナル
モノクロナツキ
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「それじゃあ、今日はこの辺で」
お土産の袋を手に、これ以上は追わせないと言わんばかりにスマートに玄関を出る。すると、背後から「あの、」と、少し上ずった陸さんの声に引き止められた。
「明日も、良かったらお店まで送らせていただけませんか?……あ、ちょうど、僕の仕事に行くついでになってしまうんですが」
「勿論、よろしくお願いします」
普段の冷徹なエリートなら絶対に言わないような、あからさまな「ついで」の言い訳。
たった一日で、この男の本性をここまで見抜いて転がせるとは思わんかった。静まり返った廊下で、俺は完全に勝利を確信し、大人の満面の笑みを浮かべた。
その時だった。ガチャリ、とうちの家の玄関ドアが開いた。うちにワインを届け終えたもとちゃんが、二人に挨拶をしながら出てきたのだ。
「「あ、」」
俺ともとちゃんの声が綺麗に重なり、一瞬、廊下に気まずい空気が流れる。もとちゃんは俺たちのただならぬ距離感を察したのか、少しきょとんとした後、きまり悪そうに自分の頭を掻いた。
「あ、すみません、又、邪魔して。……なんか、こんな汚い格好ですみません。俺も着替えてから来たら良かったな」
陸さんの少しの乱れもない、仕立てのいい綺麗な装いを改めて確認して、もとちゃんは自分の少し汚れたシャツと元宮酒店のエプロンを気まずそうにいじっている。
いつもは飄々としていてそれなりに男らしい彼が、陸さんを前にして、自信なさげに縮こまっている。その姿がなんだかたまらなく愛おしくて、俺は思わずふふっと笑ってしまった。
「ええよ、もとちゃんはそれが1番似合ってんねんから。ありがとうな、届けてくれて」
「……おう」
俺の言葉に少しだけ照れたように目元を緩ませ、もとちゃんは俺と陸さんの後ろを小走りでエレベーターまで走っていった。その後ろ姿を見送ってから、俺はもう一度隣を振り返る。
「陸さんも、今日はゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい」
「はい。……じゃあ、また明日」
あからさまに名残惜しそうな顔をする彼に笑顔で手を振り、俺は今度こそ我が家の玄関のドアを開けた。
バタン、とドアが閉まった途端。
張り詰めていた緊張が一気に解け、足から力が抜けてその場にどっとしゃがみ込んでしまう。脳みそが焼き切れそうなくらい疲れた。
「秀太にぃ、おかえり! それなに!?」
リビングからトコトコと洸くんが駆け寄ってくる。
「これ、陸さんからもらった。二つだけ残して、あとは弦と分けて食べて」
そう言って洸くんに箱を渡した直後、俺は気力を振り絞って勢いよく立ち上がった。そのまま振り返り、玄関ドアを飛び出してエレベーターへとダッシュする。
今本気で走ったら、絶対に間に合うはずや。
あいつは昔から、車に乗り込んで駐車場を出る前に、しばらくスマホをいじって明日の配達件数を確認する癖がある。まだ、あそこにいるはずや。大丈夫や、間に合う!
一日中立ち仕事をして、陸さんとの心理戦で疲れ果てた足を死に物狂いで奮い立たせ、俺は彼がいつも車を停めているマンションの前の駐車場へと必死で走った。
荒い息を吐きながら影に滑り込む。
「……おった」
ヘッドライトの白い光が、暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
フロントガラスの向こう、俺の読み通りに、真剣な顔でスマホの画面を睨みつけているあいつの横顔が見えた。その瞬間、心底ホッとした安心感で、今度こそその場にへたり込んでしまう。
その時、ポケットの中でブブッとスマホが短く震えた。
慌てて画面を開き、メッセージを確認する。
『ちょっとだけでええんやけど、後で会える?何時になってもええから』
画面から目を上げると、俺がすぐ近くの物陰からその真剣な顔を見ているとは夢にも思っていないもとちゃんが、祈るようにスマホを両手で握りしめて画面を見つめていた。
必死な顔で画面を見つめるあいつをじっと見つめていると、胸の奥から愛おしさが込み上げて、思わずふふッと静かな笑みが溢れた。
「……ただの幼馴染相手に、なに必死になってんねん。」
少し冷たい夜の空気の中で、自分の心臓の音が、陸さんの前で鳴っていたものとは比べ物にならないくらい、優しく、だけど激しくトクトクと脈打っていた。
「おーい、ここ開けて」
トントン、と助手席の窓を軽くノックする。
不意に外から叩かれたもとちゃんは、多分変な声を上げて飛び上がった。
「え!? 早すぎん!?」
本気で心臓が止まりそうなくらいびっくりしているもとちゃんが、慌てて助手席のロックを解除してドアを開けてくれた。
「はぁ……疲れたぁ……」
俺がそのまま倒れ込むように助手席のシートに滑り込むと、もとちゃんは呆気にとられた後、張り詰めていた緊張が一気に解けたように「ふふふ」と肩を揺らして笑った。
「……びっくりした?」
「うん、びっくりした。……色々と」
少し震える声で返事をするもとちゃんを見て、俺の口元からも思わず「ふふふ」と小さく声が漏れる。
お互いそれ以上詮索しないように、言葉を探してる。
「……なぁ、うちでケーキ食べへん? さっき美味そうなの、いっぱいもらってん」
俺が誘うと、もとちゃんの笑顔が一瞬だけ寂しげに曇った。
「あー……。秀太の彼氏にもらったケーキかぁ……」
もとちゃんはいつもの明るいトーンを無理に作って返そうとしてくれていた。
戸惑いを隠そうとするこいつの優しさが痛いほど伝わってきて、胸の奥がぎゅっと、引きちぎられるように痛む。
「……まぁ、ケーキはケーキや。誰からもらったとかは関係ないやろ。美味いもんは美味い」
俺が笑って言い返すと、もとちゃんはまだ目を合わせずに、ハンドルを握る手に少し力を込めながら次の言葉を探していた。
「……でも、ほら。俺、仕事着のままやし……。美味しいもん食べるのに、こんな汚れた服じゃうまないやろ?」
そんな見え透いた言い訳で逃げようとするあいつの胸中に、もう一歩だけ踏み込む。
「ええよ、気になるんやったら、俺の新しいTシャツのストックあげるし」
「……でも、駐車場代も高くなるしな?」
「そんなもん、俺が払うから。ほら、行くで」
ほんまに。俺が誰かに対して兄弟以外に、こんなに執着心丸出しにすんの、珍しいんやからな。ほんま、はよ気づけよ。お前は俺の特別なんやって事くらい。
言葉と同時に、俺は乗り出すようにして、もとちゃんの大きな手を男らしくギュッと握りしめた。少し冷えたあいつの手に、俺の熱がじんわりと伝わっていく。
もとちゃんは一瞬、弾かれたように目を見開いて戸惑ったけれど、繋がれた俺の手をじっと見つめた後。
「……じゃあ、行こかな」
覚悟を決めたように、意を決して車の鍵をイグニッションから引き抜いた。
カチャリ、と静かな車内に鍵の音が響く。
ほんまにこいつは……どこまでも可愛い、俺の特別で大切な幼馴染なんやから。