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「ユウナさん?」
声のした方を振り向くと、アヤトさんが立っていた。ユイくんと先程まで居た居酒屋の扉から、ひょこりと顔を出して驚いた顔をしている。アヤトさんは扉をくぐりこちらへ足を進めると、「奇遇ですね、ここで飲んでいらしたんですか?」と目を細めて私に微笑みかけた。
「あぁ、はい。このお店、アヤトさんに教えていただいてからすっかりお気に入りで。」
「そうですか、それは嬉しい。今帰りですか?」
「はい。アヤトさんも?」
「そうです。電車、つかわれるなら駅まで一緒にどうですか?」
1度会ってから、アヤトさんにはその後会ってはいなかった。大した連絡もとってはいなかったけれど、アヤトさんは前に会った時と変わらず暖かい表情をしていた。「是非。」と答えた私に、アヤトさんはまた柔らかく微笑んでくれる。
「そういえば私、通院辞めたんです。」
「そうなんですか?精神的なもので部屋をうしなったとおっしゃってましたけど、それは…?」
「直ってないですよ、でも、部屋をなくした者なりに生きていきたいと思って。」
「あぁ…そうですか。ユウナさん、前より楽しそうです。」
今日も暑かった。8月、ジリジリと肌を蝕むような日差しとか、朝のアラームみたいに急かしてくる蝉の鳴き声とか。
それらの執拗さから解放してくれる夏夜の風が、アルコールで火照った体を優しく撫でてくれる。
「アヤトさん。」
「はい?」
「あの時言えなかったんですけど…」
「はい。」
「認めていいんですよ。形のないものを、アヤトさんの心として、大切に。」
左隣を歩くアヤトさんは、ゆっくりと足を止めた。私はアヤトさんの正面に立って、しっかりとアヤトさんの目を見る。
「大丈夫です、なにも寂しくないですよ。」
きっとアヤトさんの気持ちは私にも、誰にも理解されないけれど、ただそれだけで、自分の中からは消えやしない。誰も認めてくれなくても、伝わらなくても。自分の中だけでは認めてあげていい。
何も寂しくない。人との関わりで生まれた感情は、ひとりぼっちなんかじゃないのだから。
「…はい」
涙に震えた声でそう言いながら、アヤトさんは笑ってみせた。左手を差し出し、私はアヤトさんと握手をした。
夏は嫌いだ。夏になると、憂鬱と解放が共にやってきて、いつも大切な何かを奪っていくような気がしていた。
家の扉の前に着くと、一匹の蝉が扉の前に転がっていた。君はまた次も蝉として生きるのだろうか。1週間の”生”を失った君は、また1週間の”生”を得られるだろうか。もしかしたら、それ以上の”生”を。
「ただいま」
扉を開けると、リビングの方で濡れた髪の毛のミサキがアイスを片手に立っていた。黒色のリストバンドは外されていて、ピンク色をした新品のパジャマに身を包み、綺麗な白い手足をさらけ出している。
「おかえり、ユウナ」
ミサキの笑った顔は、小さな少女のように無邪気で、美しかった。