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「……普通なら秘書は、主人のためにならない者を排除するんじゃないですか?」
「そういう事もたまにしますね」
白銀さんは、聞きようによっては恐い事をサラリと言ってのける。
「なら……!」
のらりくらりと言葉を濁された私は業を煮やし、声を荒げる。
けれど白銀さんに人差し指を突きつけられ、思わず言葉を止めた。
「あなたは〝特別〟なんです」
そう言われ、困惑のあまり思考が停止する。
「……白銀さんが何を言っているのか分かりません……」
「三峯さんが混乱しているのは理解します。私があなたの立場なら、どうしたらいいか分からず、途方に暮れるでしょう」
――彼は絶対に〝何か〟を知っている。
「教えてください! 暁人さんは何を考えているんですか? グレースさんは……」
私は縋るように白銀さんに詰め寄ったけれど、彼は動じずに首を左右に振るだけだ。
「副社長が何も仰っていないなら、私からは何も申し上げられません」
消沈した私は、溜め息をついて肩を落とす。
私の様子を見て、彼は慰めるように言った。
「それほど悲観しなくていいと思いますよ」
「どうしてですか?」
〝答え〟を求めて言葉を待つけれど、白銀さんは窓の外を見て言う。
「副社長はお若いですが、三峯さんが思っている以上にしっかりされた方です。あなたが想像しているような〝失態〟を犯す愚か者ではありません」
彼の言葉を信じるなら、このまま暁人さんと一緒にいてもいいという事になる。
でもハッキリとした事が分からない以上、私としても結論を下せない。
少なくとも、これ以上〝浮気相手〟でい続けるのは嫌だ。
「考え事が纏まらない時、一旦それを放り投げて日々忙しく過ごしていれば、いつの間にか解決する事もあるものです。三峯さんのお気持ちは分かりますが、早まった真似はせず、今の生活を続ける事をお勧めします」
「ですが……。いつまでもグレースさんに隠し通せないでしょう」
仮に普段、彼女が遠い場所――海外で生活しているとしても、先日のように来日しては暁人さんと会っているのは事実だ。
何かの弾みで彼のマンションに上がる事もあるかもしれないし、その時に私と鉢合わせたら悲惨な事になる。
そう思って言ったけれど、白銀さんは意外な事を言った。
「彼女は、副社長のマンションには絶対行きませんよ」
「え? ……でも私、先日バーでグレースさんが『いつか同じ家に住みましょう』って言っているのを聞いてしまったんです」
恥ずかしいけれど、私は白銀さんに暁人さんを尾行してしまった事を打ち明けた。
けれど、彼も譲らない。
「来ないものは来ないんです。それより……」
白銀さんは溜め息混じりに言ったあと、脚を組み替えて言う。
「今秋、副社長がお迎えする海外の客人をご存じですか?」
「い、いえ……」
突然話題が変わり、私は戸惑って首を横に振る。
ホテルに関する事ならともかく、本社副社長のスケジュールを私たちが知る事はない。
「アメリカの〝ターナー&リゾーツ〟のCOOが、日本進出のために副社長に話をしたいと申し出ています」
「えっ!?」
まさかここでウィルが現れると思わず、私は驚きの声を上げる。
「極秘でお願いします」
「は、はい……」
暁人さんやグレースさんの事だけでなく、ウィルまでまた私の人生に登場しようとしていて、私は混乱のあまり呼吸を乱す。
「ウィリアム・ターナー氏は、神楽坂グループ最高峰の〝エデンズ・ホテル東京〟に宿泊するご予定です」
「…………はい」
まさかウィルが職場に来るなんて……。
(でも、考えられない訳じゃない。東京は世界中から注目されているし、アジアと言えば香港やシンガポールなども経済の発展地として有名だ。グローバルな企業にしたいなら、東京に興味を持たないはずがない)
そう思った時、ふ……と、自分が〝ゴールデン・ターナー〟でただ一人の日本人だった事を思い出した。
そして、残酷な仮定も思いつく。
(……もしかして、日本や日本人の事を知りたくて私と付き合った?)
思ってみれば、ウィルは私によく日本についての質問をしていた。
日本のホテル業界は勿論、何が流行しているかとか、流行の中心になる年齢層はとか、東京のどのエリアにはどんな人がいるかとか、日本人的な考え方も『こういう事が起こったらどう思う?』と質問された。
――利用された?
そう思った瞬間、ザ……と頭から血の気が引いていくのが分かったような気がした。