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悲しいほどにつめたい
つめたい、かなしい。…つめたい?
なぜ冷たいと悲しいのか。_____嗚呼、そうだった。
「ミナトのせいだよ!?ミナトが、浮気なんてするから!!」
姫がシャンパングラスを持っている。その中には一滴もシャンパンが入っていない。
なぜなら、俺に向かってぶっかけてきたから。
「ごめんなぁ、不安にさせちゃったか。
俺は姫のことがずっと好きなんやけど、伝わってなかった?」
なぜこんな猫撫で声が好きなのか、俺には意味が分からない。それでも、目の前にいる人はお気に召したようだった。
これで、合ってたのか。
姫の些細な変化に気づき、
姫のどんな事にも肯定し、
姫に愛の言葉を捧げて、
姫が楽しい時間を過ごす。
正解なんて分からない。
嘘の世界で生きる俺には、このくらいの温度感が丁度良かった。
自分のすぐ隣にいるのに、得体の知れない人。自分の匙加減で、機嫌が変わってしまう人。
その人の感情に振り回されていたら、俺のメンタルが保たない。少し冷たい、その温度で大丈夫なはずだった。
「ねぇ、ミナト、どぉしたの?」
「っえ?」
「なんかね、さっきから考え事してるみたいだよ?だいじょうぶ?」
……やってしまったと思った。少々考え事をし過ぎたようだ。
姫を不安にさせるなんて、やってはいけない事だ。
「ミナト、私の事嫌いになっちゃうの……?」
目から涙が溢れてきそうな顔で、上目遣い。あたかも自然に見せる仕草は、全て計算の中なのだと悟る。
幸にも、お触りは厳禁なので相手から触られてくる事はない。
俺は笑顔を貼り付けて、大切に言葉を紡ごうとする。
「大好きだよ」って。
でも、今回はソレができなかった。
目から伝う涙。頬がじんわりと熱を帯びていく。
_____俺、泣いたんか?
大丈夫、大丈夫だと思っても、心は限界を迎えていたらしい。
今日の接客が終わったら、少しだけ休みもらおうかな。と、ぼんやり思いながら今目の前にいる人に投げかける言葉を考える。
「ふふっ、そろいもそろって泣いちゃうなんて。私たちお揃いだね。」
お揃い?
何がお揃いなのか。この感情の何が分かるのか。
それでも、涙を流した事がある意味正解だった事に俺は驚いた。
それよりもっと驚いたのは、姫に俺のキモチを分かってもらいたいと心のどこかで思っていた事だった。
一生分かり合える事なんてないのにね。
深夜ど真ん中みたいな時間帯。
それでも俺が今いるこの街はギラギラと輝きを放っている。むしろ明るすぎるくらいだ。
少しだけ足を進めて、電車に乗って、繁華街から離れるとようやく時間帯に見合った静けさになってくる。
ぽつぽつと不規則に置かれている外灯を辿る。
今日は散々な目にあった、今の俺酒臭いよな、夕飯どうしようかな、無しでいいかな。
歩きスマホは本来ならダメだが、見ている人なんていないと思いスマホの画面をスクロールする。
………そういえば、今日ろふまおの更新日だったっけ。
このサムネは……甲斐田がいつにも増してピーピー鳴いてたやつか。
適当に引用リポストする。
今回めっちゃうるさいヤツがいるっぽい、と。
甲斐田は不思議なヤツだ。アイツの隣にいたら、スッと心が楽になる。
本心でぶつかっても大丈夫。そんな安心感から遠慮の無いやり取りをしていたら“アニコブ”とのペア名がついていた。
ふと一つの投稿に視線が止まる。甲斐田の配信の告知だ。
今もやっているようなので、聞きながら帰ろうと思った。
今日は弾き語り配信らしい。配信はだいぶ前に始まったようで、もう5曲も演奏している。
そして今は演奏をやめ、雑談をしているようだった。
「ねえ、そういえばさ、今回のろふまおみた?あれやばくない???流石にディレクターさ、あれやり過ぎだよね。」
「ん?…“劇場炸裂してたね”…いや、あれはガチよ、ガチの叫び声だからぁ!」
配信でもピーピーと鳴いている甲斐田に笑いが耐えきれない。確かにあの時の叫び声はガチだったな、蹴り倒そうか迷ったし。
「蹴ろうか迷った」とコメントを打とうとしていたら話題は俺のものに変わっていた。
「あの収録の時のアニキやばかったな〜。疲れてるみたいだったよ、甲斐田の杞憂かもしれないけど。
ホストだもんな〜。疲れてます!って感じは隠されているし、収録にも影響を出してなかった!
スゲェよアニキ…プロ意識たっかいね…甲斐田の目は誤魔化せないよ!休みとかとって欲しいけど、大丈夫かな?
“アニコブの絆じゃん”…そうだね!僕は不破さんのコブンですから!
…“ふわっちが収録休んだらオリ曲増えるね”…たしかに!哲学ニンゲンを超える大作つくらなきゃ!」
なんで分かったの?なんで見抜けたの?
俺の空っぽの器に、暖かいモノを注ぐように甲斐田は続けていく。
「無理は禁物だからね」
この配信を見ていることを知っているかのように、紡がれた言葉は俺の心を温めた。
「ありがと」
「ん?不破さんいる?…“ありがと”…って!?聞かれてたんすか?!はっずー…
ま、不破さんのことでしょうし、言ってあげないと休暇とらないと思うんすよね!」
なんだこいつ、俺の発言でニッコニコの笑顔になった。
………まぁ、それはそれで心地いい。
今度はディスコの方にメッセージを送った。
「飯、行くぞ」
「もちろん2人な。お礼したいし」
俺が甲斐田のことをね……
好きって自覚あんまなかったけど。
俺には甲斐田の暖かさがないともう生きていけないな。
暖かさを知る前までには戻れない。
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