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転移して来た先には、磨き上げられた大理石のように光る石の門が立っており、発せられる非日常的な雰囲気はこれから投獄される囚人たちにさぞかし絶望を与えるだろうと思われた。
「おっ! 見ろよ、六駆ぅ! すっげぇ綺麗な入口あんぜ! 写真撮ろう、写真!!」
「嫌だよ。撮りたいなら独りで撮ってくれる?」
「よし来た! 最近のスマホのインカメラってすげぇよな! はい、チーズポテト!!」
「それにしても、かなり寒いのお。中に入ったら暖かいじゃろか」
家族旅行にやって来たようにしか見えない逆神家。
絶望を与えられろ。
そんな珍客の元へ、長身で整えられた口髭がダンディな男が歩み寄って来た。
【稀有転移黒石】の座標は探索員協会の人間しか知らない。
つまり、彼こそが監獄ダンジョンにおける逆神家の案内人。
「お待ちしていました。……逆神くん。久しぶりだな」
「あらー! 川端さんですよね!! なんかパリッとした服なんか着ちゃって! 誰だか一瞬分かりませんでしたよ!! ああ、親父。じいちゃん。紹介するよ。この人はね、南雲さんたちと同じ日本探索員協会の監察官で!」
「川端と言います。さんぼんがわの川に……」
「ニックネームはおっぱい男爵!!」
人は初対面の相手を覚える際、インパクトの大きい順に記憶を作る。
大吾と四郎は「よろしくどうぞ」と会釈して、続けた。
「世話になりますぜ! 男爵!!」
「爵位をお持ちとは、大したものですのぉ。おっぱいの方。ご迷惑をおかけしますじゃ」
川端一真監察官は、イギリスに帰りたくなったと言う。
あんなに離れたがっていたストウェアが懐かしく、行きつけのお店にいるジェニファーの事を思うと、なんだかやりきれない気分になったらしい。
「……逆神くん。あまり長話はできない。君たちの潜入は、限られたごく一部の人間にしか知らされていないのだ」
「えっ!? 生乳!?」
「なるほど! なま乳って言いたいところを隠語でボカしたんだな!!」
「さすがは爵位をお持ちの人ですのぉ。常に乳の事を考えておられるか」
川端一真は思った。
「今すぐアトミルカ、襲撃してこないかな」と。
それでも前を向いて、この面倒なトリオに説明する川端。
おっぱい男爵になる前は「寡黙な仕事人」と呼ばれていただけの事はある。
「……私が、君たちをそれぞれの収監される階層に連れて行く。逆神くんは第5層。四郎さんは第3層」
「了解です! じいちゃん、ちゃんと理解できてる?」
「ワシじゃて、理解力はまだまだ若い者に負けんよ! 伊達に毎日朝ドラ見とらんわい!!」
六駆は祖父の持つ【黄箱】の1つに『基点』を構築した。
「あの、オレは? あ、もしかして第1層っすか? なんかアレですもんね。重要な犯罪者は浅い階層になるとか、何とか? 聞いた覚えがあるんで!」
「大吾さんは第11層です」
「最深部じゃねぇですか!! なんで!? オレだけ離れすぎじゃねぇ!?」
川端は「これは協会本部からの指示なんです」とだけ大吾に告げる。
なお、この指示を出したのは五楼京華上級監察官である。
「まず、私と一緒に検査室へ入ってもらいます。そこで本来ならば煌気の登録と、指紋や顔の記録。所持品の没収などを行うのですが、それは全て本部が偽のデータを使ってパスさせます。ただし、看守は普通の職員ですので、不自然な動きをして怪しまれないよう願います」
「はい! 任せて下さいよ!!」
「……逆神くん。君が今手に持っているものは?」
「カロリーメイトのメープル味です! あ、おひとつ食べますか?」
「……いや。結構。なるべく早く食べてくれ」
「六駆よ。喉に詰まったら大事じゃぞい? ほれ、ほうじ茶」
「……四郎さん。そのイドクロア加工物の中に、ほうじ茶を?」
「ええ、そうですのぉ。あとは梅昆布茶もありますが。あ、男爵も飲まれる感じですかいのぉ?」
「……いえ、結構。なるべく早くお飲みください」
「やっべぇ!! スマホの充電器忘れた!! ちょっと一回帰っても良いですか!?」
「……ダメです。もうカルケルの監視区域内ですから、転移はできません。と言うか、スキルも使わないでください。あなた方が拘束されていない事が一発でバレます」
それから逆神家の準備が整うまで、30分近い時を必要とした。
川端一真にとって、人生で最も長い30分であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
カルケルの第1層は、入ってすぐのところに囚人の検査室。
他には看守と司令官の居住空間もあり、彼らの利用できるコンビニやコインランドリーなどの施設も存在する。
「おおっ! コンビニあるじゃん!! ちょっと充電器買ってきていいっすか? 川端さん!!」
「……ダメです。と言うか、スマホは私が預かります。大吾さん、あなたはカルケルでスマホを使って何をする気ですか?」
「えっ!? 競馬と競艇と競輪ですけど!?」
「……どうして意外そうな顔をするのかが私には分からない」
川端監察官。逆神家はもちろん、六駆との関わりも監察官の中で1番浅い男。
もう既に精神的な負荷がキャパシティーを越えようとしており、普段から逆神六駆を傍に置いている南雲修一筆頭監察官を心の底から尊敬した。
どうにか大吾からスマホを奪う事に成功した川端は、検査室の前に無事到着する。
普通に歩いて来ただけなのに、富士山を登頂したような達成感を彼は感じていた。
「お疲れ様です。副指令。新入りですか?」
「……ああ。日本探索員協会から送られて来た。私も籍を置く協会だ。これも縁だと思って、彼らを収監するまでの手続きは私が行う」
「かしこまりました。暇ですもんね。では、中へどうぞ」
「……ありがとう。さあ、3人とも、入るんだ」
まず大吾が先頭で検査室に。
「うおっ! マジかよ!! ここのコンビニ肉まんあるじゃん! ちょっと食ってこうぜ!!」
入らなかった。
川端一真はストレスのあまり失神しそうになる。
そんな川端を慮る六駆は、ふつつかな父親の背中を蹴り飛ばした。
「早く行け! このクソ親父!! ふぅぅぅぅんっ!!」
「ひげぇぴゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いやいや。こりゃあどうも。すみませんのぉ。失礼しますじゃ」
3人が検査室に入ったあと、看守と目が合った川端。
苦虫を嚙み潰したような表情で、絞り出すように言った。
「……この3人は、私にしか手に負えない。分かってくれるな?」
「は、はい! 分かります!! お疲れ様です、川端副指令!!」
その真剣な顔に気圧された看守は、背筋を伸ばして敬礼した。
「なんだかとんでもない犯罪者に違いない」と感じた若者は、休憩時間になってから同僚に「川端さんが汗と涙を流すような囚人が3人も来た!」と興奮気味に語ったと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
検査室の煌気検知器やデータ採取を目的とした機器は、現在本部の南雲監察官室にいる山根健斗Aランク探索員によって、ダミーのものにすり替えられている。
内緒話ができるのはここまで。
再び検査室から出た後は、逆神家三代も立派な囚人となる。
「では、手筈通りに。3人とも、自分の送られる階層で不審者の洗い出しを行ってください。くれぐれも問題は起こさないように願います」
「もちろんですよ! 僕はお金を裏切りません!!」
「ワシじゃて、お役に立って見せましょうぞい!!」
「なぁ、妙じゃねぇか? 女っ気がまったくねぇんだけど。まさか、ここって野郎しかいねぇの!?」
「……お願いだ。問題を起こさないで。本当に。どうか、この通りだ」
川端一真は無神論者だが、この時ばかりは神に祈った。
しかし、願いは叶わないのが世の常。
人が願うと書いて儚いと言う文字になる。
川端監察官の受難は、逆神家の監獄暮らしと共に今この瞬間から始まるのだった。
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コメント
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うわあ、この話、最高でした…!笑いどころがありすぎて読みながら何度も声出して笑っちゃいました。逆神家三代、監獄に来ても完全に家族旅行モードなのがもう逆に清々しい(笑)。特に大吾さんのスマホで競馬しようとするくだりと、川端さんの「人生で最も長い30分」には共感と爆笑が止まらなかったです。「♡♡♡男爵」の渾名がまさか定着しそうなのもツボ。しかもちゃんと潜入任務の伏線をはりつつ、コメディとしてのテンポを落とさないバランスが絶妙でした。次が楽しみすぎます!