コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
いつのまにかシュヴァルに姉としての好意以上の好意を寄せるようになっていた。
気づいたのはシュヴァルがトレーナーがデートをする、と言い、どうしたら喜んでくれるか私に相談を切り出した時だ。
自信がなさそうに、顔を赤らめて、「姉さんは、デート、どうしたらいいか知ってる……? やっぱり、ヴィブロスとのデートとは違うのかな…?」と言いつつ、目も、期待感とか、トレーナーへの好意を隠せていなかった。隠せていないのが分かっているのか、恥ずかしそうに顔を俯かせている。
激しい不快感で眩暈がしてクラっとしたけれど、話を聞いているうちに、それがシュヴァルへの独占欲から来る不快感と気づいた。
自分が自分に否定されたような気がした。
これまでのどこかから自分が、庇護欲とか、そう言う健全な感情でなく、身内への性欲とか愛欲でシュヴァルに接していた事になってしまう。
吐き気がする。喉から酸っぱいにおいがする。シュヴァルが「大丈夫……?」と心配そうな目で見ている。
大丈夫よ、と返したけれど、のどからくる圧迫感は、留まることを知らず、シュヴァルが今にも助けか、何かを呼び出しそうにこちらを見ている。
言い方は悪いけれど、その目は誰にでも向けられているようなものの気がした。
妹の前で吐くのは姉の矜持としてダメだった。
別に大丈夫だから、と言って逃げ出して、と寮のトイレに移動すれば、もう抑えきることができなかった。
吐いて。そのうち泣いてしまった。なぜ泣いているのか、考えているうちに吐き出す胃液が無くなったけれど、それでも嗚咽は止まらなかった。
今から戻って、シュヴァルの前で平然としていられる自信がなかったので、メッセージアプリで用事があったと書き、角がたたないように、また今度一緒にデートプランを考えてあげる、と付け足してそのまま頭を抑えながら自室へ歩いて行った。
自分以外の恋路への応援は嫌だったけれど、それでも、シュヴァルを助けてあげたいと思う気持ちは変わらなくて。それを送信したら、とりあえず気持ちの整理をつけようと思ったのだけれど、
どうしようもなくシュヴァルの事が気になって、メッセージアプリを確認したら、トレーナーさんは尊敬する対象だ、と全く真実には見えない言い訳を返信してくれた。
あぁ、本当に片想いなんだな、と思ってしまう。
そんな事を思っている時点で、姉としてどこか、あるいは全て終わっているのに。
口からはまだ吐瀉物の匂いがしていた。うがいしなきゃ、という当たり前のことで頭が少し冴えて、洗面台へ向かった。
――
シュヴァルと一緒にデートプランを練るのは苦痛だった。どう頑張っても、シュヴァルを好いている自分とも向き合わなければならないにも関わらず、シュヴァルは何度も嬉しそうな顔をする。
「ご飯は、ここのお店がいいと思うわ。静かで、いいお店よ。
……ところで、シュヴァルは、そう、トレーナーさんに、恋してる……それで、合ってるの?」
真意を聞いてみれば、諦められるかな、と思った。
「い、いや、ちが……
そんなこと思ったら、トレーナーさんに迷惑がかかるし……
できるだけ、そういうことは思わないように……」
できるだけ好きだと思わないようにしている、というのは、どうあがいても、はっきりと、恋心を抱いていることを意味していた。
シュヴァルの眼中には、トレーナーさんがいるのだと、確信してしまった。
どうしても、それが嫌だった。はっきりと知ったからこそ、むしろ、諦めることができなくて、手放したくない、と思った。
恋なんてシュヴァルには、早すぎるのではないか。という言い訳が思い浮かんだけれど。
……違う。シュヴァルはもう、自分で物を考えられる年齢なのだ。人の良し悪しだって、考えられる年齢だろう。
応援してあげなければ、いけないのだ。姉として。応援しなければ。応援、しなければ……
話はデートプランから変わって、当日のコーデの話に移った。
「もっとこういう色なのがいいかな、それとも……」と言うシュヴァルと、クローゼットの中を一緒に見るが、
折角のデートなのだから、新しい服のほうがいいんじゃないか、と思った。
「シュヴァル、せっかくだし今から服選びに行きましょう」
「…い、いや別にいいよ…ここまでもうしてもらってるし…お小遣いもちょっと…」
「…また間食に使ったでしょ~?」
「う…」
図星らしい。顔を少し伏せて、申し訳なさそうにする。
私からもお金を出してあげるのは、シュヴァルの未来に差し障りそうだと思ったので、
しょうがなく、「…とりあえず、今ある服だけでコーディネートしましょう」と言った。
「私の服も使えるのあるかも知れないわね。せっかくだし、スリーサイズも図る?」
「…い、いや…遠慮しておく…」
「姉妹なんだから、遠慮なんてしなくていいわよ…ほら」
この時、悪魔の考えが私を通った。
表面上の、姉妹として、同性としてのスキンシップならば、裸の付き合いだって、許されるのだ。
深いところまでは無理かもしれないが、それはそれで、彼女のトレーナーに残してあげられる。これは、
シュヴァルへの裏切りではない。
シュヴァルを胸元に寄せて、服を脱がしていく。
「やめてよ、子供じゃないから自分で脱げるよ…」と恥ずかしそうに言うけれど、目的はそこではない。
少しだけ、体に触れてみたいと言う欲望が抑えられなかっただけなのだ。
「ちょっ… 姉さん、くすぐったいよ…
というかなんか手つきが」
まずは、直接的な行為にならない当たりをフェザータッチする。
それだけでは物足りなくて、童心に返ったようにくすぐりを始める。足の裏、腹、脇……
「姉さん…… ほんとダメだから…」
シュヴァルが笑いを堪えきれなくて、周囲を気にして小さく笑い出して、
腹を抱えて体を捻って逃げようと動いても、それでもやめない。
そして、首。そのまま、指を這わせて、行けるところまで。まだ、兄弟のじゃれあいで済まされる部分まで。
本気で嫌になって、突き飛ばす直前までならやってもいいんじゃないか、と思った。
まだ、許容範囲なのだから、許されるのじゃないか、と。
唇のあたりまで指を這わせた。ここから先は、手に触れられる範囲には、どこにも、くすぐったい場所なんてない。
くすぐり、という大義名分は使えない。それならば、キスをするしか、ない。戻る選択肢はない。
どうせ最後まではできないのだから、裏切ることではない。そう、これは練習なのだ。
シュヴァルとそのトレーナーさんとのキスの、練習。これは、事前演習。姉妹なのだから、カウントはしなくていい。
「シュヴァル、キスってしたことある?」
沈黙の後、無い、とギリギリの声で呟いたのを私は聞き逃さなかった。
そうか、やっぱりファーストキスなのか。やっぱり、練習をしてあげなくちゃ。
「それが姉さんに関係あ……えっ」
唇にやさしく触れる。何もわかっていない顔に、「シュヴァル、練習しましょう」と一言言って、そのまま、口を重ね合わせる。
軽く唇が触れるだけのバードキスのようなキスを、ずっと、長い間続ける。
それでも、喋るのがちょっと苦手な、そんなシュヴァルには、頭を混乱させるのに十分だった。
顔を真っ赤にして、心臓がバクバク動かしているのが、遠いのに聞こえる。
シュヴァルはそのせいで息がちょっと鼻では処理できなくて、せめて、口で呼吸しようとして、口を開けてくれた。
開いた口にそのまま、舌を入れる。ねとりとした水音が二人の口から響く。
普通ならば、絶対に姉妹がしてはいけない、大人のキスの音。でも、そう、これは、練習だから。
普通の場合ではないから……
そのまま、私も少し息が苦しくなったころ、混乱が収まったシュヴァルが私を押し飛ばした。
思ったよりも力強くて、声を出してしまったのを見て、「ご、ごめん…」と謝ってくれる。
「……で、でも姉さん、こういうのはよくないよ…
だって僕たちは家族…だし…」
でも、練習だから、と考えていた反論をしようとした。
「ファーストキスは、残しておきたかったのに……」
放っておけば泣き出しそうな、暗い声が聞こえた。この時、さっきから、私が独断専行していたことに気が付いた。
私の中でどんなに理論を重ねようとも、シュヴァルの中では、何も、わからないまま、ファーストキスを奪われてしまっていたことになったのだ。
シュヴァルに、なんと言えばいいか、どうしていいか、わからない。
そもそも、私はどうしたかったんだろう。それを考えて、糸口を見つけようとする。
シュヴァルにキスをして、我慢。それで、トレーナーとの恋路を応援する。
私にできるだろうか。思い浮かべるだけで、嫉妬で頭が狂いそうになって、また吐き気がしだす。堪えたけれど、
目の当たりにすれば、堪えるどころじゃなく、暴力だって振るいそうになるほど、嫌だ。それでも、私に、応援なんてできるのだろうか。
私の事だけを考えられるのならば、シュヴァルをこのまま、一人にするべきだった。
けれど、私は姉だった。どうしようもなく、血が繋がっていた。
シュヴァルの心と未来を、考えるのを辞めることができなかった。
姉として、シュヴァルの恋路を応援して、一人、泣くか。そういう、理性的な選択をするか。
一人の少女として、シュヴァルに愛をぶつけるか。こういう、衝動的な選択をするか。選択を迫られている。
好きというのも、愛というのも、姉としての感情だと、これまでの自分を騙しこんで、思い込んだ。
だから、せめて。少しだけ。
最後は我慢して、恋路を応援するから。姉を、許してください。
「シュヴァル…好きよ」
私の突然の告白に、シュヴァルはポカンとした顔をする。
当然だろう。先ほどファーストキスを不意打ちで奪われたのに、今度は好きだと言い出したのだから。しかも姉妹なのに、だ。
言葉の意味が飲み込めないでいるシュヴァルの手を取って、 私の胸に押し当てる。
それに対して、シュヴァルはまた混乱したようで、私が手をどけようとすると……力が入ってくれないようだった。
「トレーナーさんと、幸せになってくれていいから」
「せめて今だけは、私を、お姉ちゃんを、ヴィルシーナを見ていて」