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「……ツバキさん」
朔くんが呼ぶ。さっきと同じ呼び方で。
「はい」
「少しだけ。メンテナンス、させて」
一瞬、問い返しそうになって、やめた。
問い返すほどの違和感がないことに、ひと呼吸遅れて気づく。
彼は、きっと疲れているのだろう。
最近、朔くんの作品がSNSで話題になっていた。
病みアカウントの界隈でバズったらしく、見知らぬ人たちから次々とメッセージが来るようになった。
称賛も、批判も、理解のない言葉も。
朔くんは何も返信しなかったし、気にしていないような顔をしていた。
でも、本当はきっと、気持ちをすり減らしているのだろう。
だから、こうして触れて落ち着きたいのだ。
彼はそういう甘え方をする子なのだ。
「いいよ」
そう答えると、朔くんは安心したように息を吐いた。
気が付いたらソファに腰を下ろしていた。
いつからそうしていたのかは、はっきりしない。
朔くんの気配が近くにあって、それを追うように身体が動いた気がする。
細くて、でもしっかりした指先が、髪に触れた。
ゆっくりと、髪を梳く。指が頭皮をなぞり、髪の先に滑っていく。
「綺麗な髪」
彼が呟く。
そして、顔を埋めた。
髪の中に、朔くんの顔が沈む。
耳元すぐ近く、深く息を吸う音。
「ツバキさんの匂いがする」
吐息が、うなじにかかる。ぞくりとした。
指が、首筋を撫でる。耳の後ろ、顎のライン、こめかみ。丁寧に、執拗に。
「朔くん、」
「動かないで」
低い声。いつもの頼りない彼とは違う、有無を言わさぬ響き。
体の芯がすっと溶けて、思考が静かになる。
私は息を止めた。朔くんの声に、朔くんの言葉に、全てを委ねてしまいたくなる。
朔くんの指が頬に触れる。額に触れる。鼻筋に触れる。
「完璧だ」
囁くような声。
「今日も、完璧にツバキさんだ」
何を確かめているんだろう。一瞬頭に過ぎる。でも、訊かない。
耳に掛かる吐息が、少し荒い。
ああ。そういうことか。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。少しだけ、甘く痺れるような感覚。
これは彼なりの愛情表現なのだ。不器用で、回りくどくて、でもだからこそ愛おしい。
メンテナンスという口実でしか、こんなふうに朝から堂々とは触れられない。甘えられない。
欲しがってくれている。私を。
それが嬉しくて、身体を少しだけ彼に預けた。