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「これ朝イチでお願い」
「かしこまりました。」
今日も定時退社無理そうかな。
はあ、今月の残業時間六十時間か。
私、音羽未来《おとわみらい》は中小企業の事務員として働いている。
高卒で今の会社に就職し、今は三年目。
仕事もだいぶ慣れてきた。
給料も田舎の中小企業にしては貰えている方だと思う。
人間関係の方はというと、一見平和なように見えるけど実際は陰口、妬みのオンパレード。
この間も
「お前あの書類どうした?」
「ん?あー事務員にお願いした」
「押し付けたの間違いだろ」
「いいのいいの、事務員は俺らと違ってエアコン効いた部屋で座ってるだけなんだし」
「間違いない」
と営業の人が言っていたのを聞いてしまった。
苗字ですら呼ばれず、何か用事があるときは「事務員さん」と呼ばれる。
酷いときは、「はい、これお願い」「それ明日までにお願い」と雑に扱われる。
辞めたいと思った回数はゆうに百回は超える。なんなら満員電車に揺られている間ずっと思ってる。
でも、辞めたら会社に迷惑をかけてしまう。
家族に仕送りができなくなってしまう。
新卒で働いた会社はずっと続けるもの。 という凝り固まった考えがある両親、親戚に知られたら何を言われるか。
そんな想像をすると、とても退職届を出す勇気は持てなかった。
定時から三時間過ぎた頃にようやく退勤し、駅のホームに佇む時刻表を確認する。
「はあ、次の電車まであと十五分か」
田舎なので電車の本数が少ない。そのため一本逃すと待ちぼうけになってしまう。
鞄からスマホを探し、電源を付けるが電池が残り僅かだったため、再びしまう。
家に着く前に電池が切れないよう、なるべく節約したいのだ。
何も考えずに線路を見つめる。
ふと、視界がぼやけていることに気づく。
とうとう視力が落ちたか、病院に行かないと。
「あの、どうかしましたか」
「え?」
間抜けな反応をしてしまい、これはやってしまったと声のする方へと向き直る。
「その、泣いていたようなので…」
慌てて鏡を取り出し、見てみる。
そうか、泣いてるんだ。
隈も酷い。
心なしかやつれて見える。
「あ、すみません。何でもないです。失礼しました」
これ以上顔を見られたくなくて、目も合わさず足早に電車に乗った。
ーーーまもなく電車が発車します。ーーー
パタン
そうか
もうしんどいんだ
でも辞める勇気が出ない
いっそ、誰も私の事を知らない世界に行きたい
コンッ
足元に何かが当たる。
「これは、本?」
何故か開いたままになっている。
興味が湧いたので、目を通してみる。
〜異世界へ行ける方法〜
この方法は、必ずしも行きたい世界へ行けるわけではありません。
どうしても今の人生から逃げたくなった時のみお試しください。
一、日付が変わる頃に鏡の前に立ち、呪文を唱える。
(呪文は本の末尾を参照)
二、一分間瞬きをせず鏡を見つめる。
三、足元が光りに包まれて、気を失う。
目覚めた頃には異世界へ行ける。
ーーー次は、氷宮、氷宮
「あ、降りなきゃ」
いつもより少し早足で自宅へと向かう。
「ただいま」
おかえり、と出迎えてくれる人は誰もいない。
自動で電気をつけてくれるわけでもない。
ただ、真っ暗な部屋があるだけ。
目についた冷食を胃へ流し込み、適当にお風呂に入り、気がついたら十一時を過ぎていた。
ふと、あの時見た本が思い浮かぶ。
「確か、日付が変わる頃だったよね」
おぼつかない足で向かう。
そういえば、鏡で自分と向き合ったのはいつぶりだろうか。
コチ、コチ、コチ…
秒針の音だけが響く。
十二時。
まずは、呪文を唱える。
そして、一分間瞬きせず見つめる。
コチ、コチ、コチ…
コチ、コチ、コチ…
そろそろ一分経った頃だ。未だ変化は起こらない。
所詮ファンタジーか。
嗚呼、明日仕事行きたくないな…と思いつつ寝室へと向かおうとした瞬間
ピカッ
「うわ、眩しい」
バタン
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