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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「……やば。暗くなっちゃったな」


由樹が銀行に仮の見積書と間取りを届けた後、不動産屋と土地の契約日の段取りを済ました時点で、すでに日は暮れかけていた。

缶コーヒーのケースと茶菓子を持った由樹は、暗く佇んだ建築現場を見上げた。

昨日のうちに自分でも掃除をしておいたのだが、結局紫雨が圧力をかけたらしく、朝、現場の大工が来て、綺麗に掃除をしてくれたと猪尾から聞いたからだ。


(今日は現場に大工さんは入らないはずだけど、明日以降、いつでもつまめるように現場の隅に置いておこう)

由樹は現場に車を滑り込ませると、外階段をかけ上がった。


「…………?」


ドアを開けた瞬間、何ともいえぬ違和感がした。

もちろん現場には誰もいないのだが、何やら不穏な気配だけが残っている。


框を見下ろす。


現場用のお客様スリッパが一足、変な向きで置かれている。

紫雨が忘れていったのだろうか。

あの紫雨が?


作業台を見る。

そこには今日の午前中、自分が置いておいたファイルと、ヘルメットまで、そのままの形で残されていた。


思わず顎ヒモを確認する。


「…………」


絞られていない。由樹のサイズのまま、そこに置かれている。

つまり紫雨はメットをつけなかった。


もう一度現場を振り返る。


紫雨は確かに、夫人とともにここに訪れた。だからお客様用のスリッパが出ている。

だが、ヘルメットをかぶらず、おそらくはファイルも開かなかった。


なぜ………。


何か違和感を覚えて由樹はしゃがんだ。


現場はいくら箒で掃いても、いくら掃除機で吸っても、粒子レベルの木屑が散っている。それは白く薄いカーペットになり、客用の歩いたところには薄く足跡が残る。


だが足跡を探そうとしても、午前中に由樹と客の3人がここを踏み荒らしたため、見極めることはできなかった。


(……ん?)


目を凝らしていた由樹は不自然な後を見つけた。


まるで影のように人型にうっすら跡が付いている。


殺人現場の人型の紐を思い出し、背筋が冷たくなる。


「何か、あったのかな……」


由樹は置きっぱなしにされたヘルメットとファイルを手にすると、急いで現場を後にした。



「……確かめるだけ。確かめるだけだ」


自分に言い聞かせながら、ハンドルを天賀谷展示場に向けて切った。




天賀谷展示場に到着する頃には、すっかり日は落ちていた。

暗い駐車場に車を停める。

他の営業マンの車の中に紫雨のキャデラックもあるのを見て、少しばかりホッとする。


(もしかしたら客側に急な用事でも入ったのかもしれないしな)


そうは思いながらも、ヘルメットとファイルは返さなければいけないので、事務所に向かった。


ドアを開ける。

「お疲れさ……」


『ふざけるな!!貴様!!』


スピーカーから割れた音が聞こえてきた。


由樹は慌ててモニターを見上げた。

そこには見覚えのある中年紳士が立っていた。


『そんな嘘でこの私が誤魔化されると思っているのか!!』


殺気だった男性が、モニターの手前にいる誰かに対して、今にも飛び掛からんばかりに叫んでいる。


「どうしたんですか?」

唖然としてモニターを見ている室井マネージャーに聞く。

「なんかね」

室井は軽く腕を組みながら言った。

「紫雨がお客様の奥さんに手を出したらしいんだよ」


「………は?」


由樹はまたモニターを見つめた。


「………あ!!」


(そうか。見覚えあると思ったら、坂月様のご主人だ)


「さっき急に、展示場に乗り込んできて、紫雨リーダーを出せって」

室井から説明を引き継いだ林が青ざめた顔でモニターを見つめている。

「いやー、やっちまいましたね、リーダー」

飯川がクククと笑っている。

「若くてきれいな妻に手を出しちゃいましたか」

室井以外の他の営業も苦笑している。


「……待ってください。紫雨リーダーがそんなことをするわけ……」


『じゃあ何か!!お前は、私の妻が嘘をついているというのか!!』


事務所の会話は、モニターから漏れる割れた声でかき消された。


『妻は、今日の構造現場見学会、お前の方から日程変更の連絡があったと!でも渡したい資料があるから、奥様だけでも買い物のついでにでも構わないから展示場に寄ってほしいと言われたと!そう言って、家を出たんだぞ!

それで、実際に行ってみたら、近くで見せられる現場が出来たので、今日は奥様だけでも、という話になり、強引に自分の車に乗せて連れて行ったと。そこで……そこで、お前は……!!』


坂月の拳が握られている。

と、モニターの下に、紫雨の髪の毛が少し見えた。


『私が、何ですか?』


低く冷静な声で対応している。


『うちの妻を、押し倒したそうじゃないか!!』


(…………)


由樹は先ほどの現場の人型の跡を思い出した。


(そうか。あれは、押し倒された跡だったのかもしれない……)


『妻は死にもの狂いでお前を突き飛ばすと、ハイヒールのまま道路に飛び出し、走って逃げて、やっと車まで戻ったと言っていたぞ。実際にヒールは片方折れて、スカートは破れ、それはそれは、ひどい有様だった』


ヒュウっと飯川が口笛を吹いた。


「これ、やばくないですか、マネージャー。下手したら警察沙汰ですよ?支部長に報告した方がいいのでは?」

「支部長は静岡に出張中だ」

室井は眉間に皺を寄せた。

「困ったものだ。紫雨にも……」


他の先輩たちも苦笑いしながらモニターを見ている。


(……え、誰も紫雨さんがそんなことするわけないって思わないの?)

由樹は事務所のメンバーを見回した。

(だって、あの人………。ゲイだろ??)


「さすがですね。何でしたっけ?高校の時、自分の叔母を妊娠させたんでしたっけ?」

飯川が鼻で笑いながら言う。


林がピクリと反応する。

「飯川。その話は……」

室井が飯川を諫めるが、

「見境ないっつうか、なんていうか……節操なさすぎでしょ。なあ?林?」

林が机の下で膝を震わせている。


(………いや、違う)


由樹はモニターを再度見上げ、拳を握りしめた。


(あの人は、違う!!)


『今すぐ警察に訴えてもいいんだぞ!!』


坂月が靴を脱いで框に上がってきた。


「……紫雨さん……!」


由樹は革靴を脱ぎ捨てると、事務所から展示場へと飛び出していった。



一度でいいので…

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