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壱花と倫太郎と冨樫と、冨樫に見えていない高尾とで、文字焼きを作ることになった。
時折、買い物に来たあやかしも混ざる。
「冨樫さん、高尾さんが見えてないと不便ですよね」
「……ああ、ボウルが宙に浮いている」
と冨樫は呟く。
水と小麦粉を入れたボウルを手に、高尾が笑っていた。
「服はなんで見えないんだろうね~。
服だけ見えたら、透明人間みたいで面白いのに」
と言う。
「透明人間ってあやかしなんじゃないですかね?
人には見えないあやかしがごそごそなにかやってると、
はっ、透明人間っ!
って思うんじゃないですかね?」
「さあ、知らないけど。
この彼にはガラス越しなら僕が見えるらしいし。
どうなってるんだろうね」
と言いながら、高尾は冨樫を惑わすように、ボウルをぐるぐる回しはじめた。
思わず目で追う冨樫に、
「冨樫さん、見ちゃ駄目ですよ。
目が回りますよ」
と言って、
「トンボか……」
と倫太郎に言われる。
「あ、とりあえず、これかけたらどうですか?」
と言って、壱花は高尾にあのキツネの面をかけさせた。
「……風花。
位置はわかりやすくなったが、キツネの顔とボウルが浮いてて不気味さが増してるんだが」
「そうですか、すみません。
まあ、ぶつからなくていいじゃないですか」
と笑って、冨樫に、
相変わらず、適当な奴め、という顔をされた。
泡立て器を頼むのを忘れたので、みんなでカシャカシャ菜箸で混ぜ、ストーブに垂らして焼いてみる。
「おっ、甘いいい匂いが」
と倫太郎が言う。
ジューッと落とした瞬間にもう、甘い香りが店中に漂っていた。
「なんかおばあちゃんちで、甘辛い魚の干物みたいなのストーブで焼いてもらうときみたいですね。
あれもすごい香ばしいいい香りが立ち上って、幸せな気持ちに……
あ、そうだ。
鰻屋さんは煙と匂いで人を呼ぶって言うじゃないですか。
ガラス戸開けて、この甘くて香ばしい匂いを外に出したら、つられてお客さんたくさん来ませんかね?」
「寒いだろうが」
と倫太郎が言い、
「大挙してなんだかわからないものが押し寄せてきたらどうする」
と冨樫が言う。
倫太郎は静かにお玉から生地を落として、『り』の字らしきものを描いており、冨樫は息をつめてそれを見ていた。
「あのー、冨樫さん。
意外に普通にこの店に溶け込んでますが、冨樫さん、あやかしとか信じるんですか?」
そう壱花は訊いてみた。
「いや、なにも信じない」
「見えてないんですか?」
「……俺の後ろになんだか生臭いものがいるのはわかる」
「ちょっと振り向いて見てください」
「見たくない」
「見てください」
冨樫は面倒臭そうに振り向いた。
小さい河童の子どもがいた。
すぐに前を向く。
「見えてるんですか?」
「……子どもがいるようだ」
河童の、とは言わなかった。
そこは認めたくないのかもしれない。
「見えないのは高尾さんだけなんですかね?
それか、河童だけ見えるとか?
冨樫さんは実は河童である。
それか、河童族の|仇《かたき》の種族である、とか?」
「なんなんだ、河童の仇って……」
とストーブの上を見ながら、冨樫が眉をひそめる。
「そういえば、お前、小学校のときのあだ名が沙悟浄だってって、呑み会のとき言ってたよな」
と言いながら、倫太郎が文字焼きをフライ返しで取り上げる。
よしっ、上手くできたっ、と喜び、『り』の字を、
「ほら」
と河童の子どもにやっていた。
「沙悟浄は河童じゃないですからね」
日本人は河童だと思ってるけど、お坊さん型の水の妖怪ですよ、と冨樫が言う。
「それにしても、僕だけ見えないとか、意味深だねえ」
と高尾は笑いながら、
「次やってみなよ」
と自分が見えていない冨樫にいきなりボウルを突き出し、ビビらせていた。