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大好きな人が、俺じゃない人を愛している。そんな日々がどれだけ地獄のようなものであるかを、俺は知っていた。
◇
ひとん、ひとん…と音もなく雫が小瓶の中へと落ちていく。
段々と溜まっていくソレは薄暗い部屋に桃色の淡い光を放ち、その存在感を強めていた。
…出来心で試したら本当に出来てしまった。
「ハァァァア…」
深々と大きなため息を吐くと、突然背後から肩に何か触れた。
慌ててソレらを書類の山の陰に隠して振り返ると、想像していた通りの人物が肩越しに俺の顔を覗き込んでいた。
「大きなため息だね、なんかあった?」
「ラダオクン…勝手ニ侵入シナイデッテ言ッテル…」
侵入だなんて人聞きの悪い、とぷんぷん怒ったように頬を膨らませるのはラダオクンことらっだぁ。
俺がお世話になっているこの館の主人であり、この辺一帯を仕切っている所謂ボス。
俺の友人で、実は俺が密かに思いを寄せている相手だったりもする。
「ベツニ…ナンデモナイ」
「えぇー?」
俺の言葉に納得いかなそうにジーッと見つめてくる鬱陶しい視線に睨むことで対抗する。
こうするとラダオクンもそれ以上には踏み込んでこない。
「…今度は何作ろうとしてんの?」
まだ話し足りないのかこの暇人め…
別に話したくないわけじゃないけど、今はそういう気分じゃない。
「タイシタコトナイモノ」
「ふーん…どんな効果?」
「…タイシタコトナイ効果」
愛想の無い言葉を返していると、ラダオクンがふと真剣な眼差しで俺を見つめてきて、大人しかった心臓がドクドクと騒がしくなる。
「…みどり…お前…」
「ナ、ナニ…」
「みどり…もしかしなくてもお前、俺と喋る気ィまったく無いね?」
「………」
ふっ…コイツ、ふざけやがって。
俺の心が急速に冷めていくのも梅雨知らず、と言った感じで、合ってるでしょ?とドヤ顔を向けてくるラダオクン。
「ん…?みどり、なんか…怒ってる?」
ヨクワカッタネ!ジャアサヨウナラ、とラダオクンを部屋から蹴り出す。
扉を挟んだ向かい側からメソメソ何か言ってる声が聞こえるけど無視。
しばらくすると聞こえなくなったから、きっと共有スペースか個室にでも帰って行ったのだろう。
「…ラダオクン ノ ハゲ」
さっき触れられた肩のあたりをギュッと握りしめて、ゆっくりと深呼吸する。
大丈夫。俺は至って普通だった。
変な様子でも、怪しまれるような態度でも無かった。
「…ハァ」
部屋にある椅子はたったの二脚。
そのうちの一脚は資料の山が高々と積み重ねられていて、とてもじゃないけど座れない。
机にも、ベッドの上にも資料の山、山、山…
「…ベッドデノ睡眠ハ諦メラレナイ」
机の上の山を少しずらして、山をあと二つ三つ置けるくらいのスペースを空ける。
すっ…と細い指先をベッドの上の山に向けると、積み重なっていた資料の一枚一枚がふわりと舞い上がり、先程空けておいたスペースに綺麗に収まった。
彼は年若い少年でありながらも、人々に“魔女”と呼ばれ恐れられる人物であった。
「…フゥ、オヤスミナサイ」
小さな魔女はふかふかのベッドに飛び込むとすぅすぅと小さな寝息をたて始めた。
◇