テラーノベル
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「おはよう、メバル」
目を開けるより先に、その声が聞こえた。
メバルは飛び起きた。
倉庫の天井。
工具箱。
ソファで眠るカキとミステー。
そして、目の前にいるK-T。
生きている。
メバルは何も言わず、K-Tの腕をつかんだ。
右腕。
左腕。
両方ともある。
指も、手首も、肩も、何も失われていない。
「……よかった」
「何が?」
「腕がある」
K-Tは自分の両腕を見た。
「俺の腕がなくなる夢でも見たのか」
メバルは答えなかった。
前の未来で見たXの姿が、頭から離れない。
金髪。
右腕がない。
左手に、K-Tと同じガラケー。
そして、K-Tが死ぬたびに、未来を予告する声。
「あんた、本当にXを知らないの?」
「知らない」
「自分の未来の姿かもしれないのに?」
K-Tは黙った。
その沈黙が、メバルを苛立たせる。
「Xは、次は腕がなくなった理由を教えるって言った」
「なら、今日起きることは腕に関係している」
「冷静に分析しないで」
「感情だけでは、未来は変えられない」
「未来は変えられる」
メバルはK-Tの胸ぐらをつかんだ。
「あんたが生きているってことは、未来は変わるんだ!」
K-Tは、メバルの手を見た。
「俺が生きているうちに、変えられるならな」
その言葉が終わると、K-Tのガラケーが鳴った。
低い音が三回。
画面には、X。
メバルが奪い取ろうとしたが、K-Tが先に通話ボタンを押した。
『今日は、腕の話をしよう』
Xの声が聞こえた。
「どこにいる」
『お前のすぐそばだ』
K-Tは倉庫の中を見回す。
『午前十一時四十分、アオノが新しい装置を完成させる』
アオノが顔を上げた。
「僕が?」
『午後二時、マサカゲが装置の設置場所を決める』
マサカゲが眉をひそめる。
『午後六時、カキとミステーが勝手に電源を入れる』
カキとミステーが同時に顔を逸らした。
『そして午後七時四十五分、K-Tが右腕を失う』
メバルの背筋が冷たくなる。
「どこで?」
『CREATIVE BASEの地下にある、古い電力管理室』
「地下なんて、ここにない」
マサカゲが言った。
『ないと思っているだけだ』
Xの声が笑う。
『その部屋で、過去の記録を見つける。K-Tの死が始まった最初の夜の記録だ』
K-Tの顔から、血の気が引いた。
『お前は記録を止めるために右腕を差し出す』
「未来は変えられない、とでも言うつもり?」
メバルが電話へ叫ぶ。
『これでわかっただろ? 未来は変えられねえんだ』
「変える!」
『なら、午後七時四十五分まで生きていろ』
通話が切れた。
それからの時間は、異様な速さで過ぎていった。
午前十一時四十分、アオノが倉庫の奥から古い金属箱を持ってきた。
「地下の電力管理室を動かすための装置らしい。壁の中から見つけた」
「壊して」
メバルが言った。
「まだ何に使うものかわからない」
「壊して!」
「でも、Xの予告が本当なら、これが原因かもしれない」
アオノは装置を調べ始めた。
午後二時、マサカゲが倉庫の床に図面を広げた。
「この建物には、昔の地下設備があるらしい」
「行くな」
K-Tが言った。
「確認する必要がある」
「Xの言った通りに動かないで」
「言われたからではない。原因を見つけるためだ」
午後六時。
カキとミステーが、誰にも触るなと言われていた装置の前に立っていた。
「カキ」
メバルの声に、カキがゆっくり振り返る。
「これは、誤解だ」
「何をしたの」
「電源を入れただけ」
装置の中心で、赤い光が点灯した。
ミステーが首を傾げる。
「地下から音がする」
床の下から、低い振動が伝わってきた。
アオノが青ざめる。
「この装置、電力を送ってるんじゃない。建物そのものを起動してる」
床の一部が開いた。
下には、暗い階段が続いている。
誰も、そんなものがあるとは知らなかった。
マサカゲがライトをつける。
「全員で行く」
「Kさんは残って」
メバルが言った。
「俺だけ残っても、意味がない」
K-Tは先に階段を下りた。
地下の通路は、古い配線と錆びた金属扉に囲まれていた。壁には、CREATIVE BASEのものとは思えない機械が並んでいる。
最奥には、黒い画面を持つ大型の装置があった。
画面に文字が浮かび上がる。
――時間固定装置、起動。
アオノが息を呑んだ。
「これ、時間を記録している」
画面に、いくつもの映像が流れた。
照明に貫かれたK-T。
バスに撥ねられたK-T。
電流に焼かれたK-T。
どの映像でも、死ぬのはK-Tだけだった。
メバルは画面に駆け寄った。
「これ、全部……」
K-Tは映像を見つめたまま動かなかった。
画面の中には、まだ見たことのない未来も映っていた。
崩れたステージ。
燃える倉庫。
血に濡れたドラム。
そして、金髪の男。
右腕を失ったXが、画面のこちら側を見ている。
『未来は変えられねえんだ』
映像の中のXが言った。
『K-Tは、必ず死ぬ』
突然、装置の中央から金属製のアームが伸びた。
メバルへ向かって動く。
K-Tが彼女を突き飛ばした。
「Kさん!」
金属アームがK-Tの右腕をつかんだ。
激しい音が地下室に響く。
K-Tは装置に引き寄せられ、肩から先を固定された。
「離せ!」
アオノが操作盤を叩く。
「停止ボタンがない!」
「切断しろ!」
マサカゲが叫ぶ。
「無理だ、電力が強すぎる!」
K-Tの右腕に赤い線が走った。
金属アームが締まるたび、皮膚が裂け、赤い液体が腕を伝って床へ落ちていく。
「Kさん!」
メバルが装置へ駆け寄る。
「来るな!」
「助ける!」
「近づくな!」
金属アームの内部で、鋭い刃が回転した。
K-Tの肩から先が、機械の奥へ引き込まれる。
「やめろ!」
メバルが叫ぶ。
鈍い破砕音が響いた。
K-Tの声が地下室を裂く。
機械の隙間から、赤い液体が噴き出した。床に落ちた血が、黒い配線を赤く染める。切断された右腕が機械の下へ落ち、指先が一度だけ震えた。
K-Tは壁に身体を打ちつけられた。
右肩から大量の血が流れ出している。
「Kさん!」
メバルは彼の身体を支えた。
「止血する! アオノ、何かないの!」
「布を使う!」
アオノが工具箱から布を取り出す。
メバルはK-Tの肩を強く押さえた。
だが、血は止まらない。
赤い液体が布を一瞬で染め、メバルの腕を伝って流れ落ちる。
K-Tの顔は真っ白だった。
「……腕が」
「見るな!」
「なくなったな」
「しゃべらないで!」
「これで、Xと同じになった」
メバルは息を止めた。
K-Tは苦しそうに笑う。
「俺がXになるのか」
「ならない」
「でも、腕がない」
「それでも、あんたはKさんよ」
K-Tの呼吸が浅くなる。
「メバル」
「何?」
「地下室の記録を壊せ」
「今はあんたを助ける!」
「俺が死んだら、また同じことになる」
「死なせない!」
K-Tの肩から流れる血が、床に大きな赤い水たまりを作っていた。
彼の左手が、メバルの頬に触れる。
「……約束したな」
「何を」
「生きている未来を探すって」
「そうよ」
「なら、探せ」
「一緒に探す!」
K-Tの目が揺れた。
その直後、装置の奥から新しい金属音が響いた。
切断されたはずのアームが、今度はK-Tの胸へ向かって伸びてくる。
「避けて!」
メバルがK-Tを引こうとした。
しかし、K-Tは動かなかった。
彼はメバルを突き飛ばした。
金属の杭が、K-Tの胸を貫いた。
赤い液体が背中から飛び散り、地下室の壁に赤い斑点を残す。
「Kさん……」
K-Tの左手が、ゆっくりと宙を探した。
メバルがその手を握る。
「どうして……また庇うの……」
「お前が……危なかったから」
「私を助けて、あんたが死ぬの?」
「それで……いい」
「よくない!」
K-Tの胸から流れた血が、メバルの指の間を通り抜ける。
彼の呼吸が震えた。
「俺がXになるなら……止めてくれ」
「そんな未来、絶対に認めない!」
「メバル……」
K-Tの身体から力が抜けた。
地下室に、赤い雫が落ちる。
一滴。
二滴。
やがて、音はしなくなった。
メバルはK-Tの左手を握りしめた。
「Kさん?」
返事はない。
背後の画面に、赤い文字が浮かび上がる。
――右腕欠損を確認。
――未来個体Xとの一致率、三十二パーセント。
ガラケーが鳴った。
低い音が三回。
メバルは震える手で通話ボタンを押す。
『見ただろ』
Xの声が響く。
『その腕は、いつか俺の腕になる』
メバルはK-Tの死体を抱きしめた。
「あんたが生きているってことは、未来は変わるんだ!」
『でも、今こいつは死んでる』
「次は変える!」
『右腕を失っても、胸を貫かれても、何度でも死ぬ』
「何度でも助ける!」
『これでわかっただろ? 未来は変えられねえんだ』
通話が切れた。
地下室の画面に、最後の映像が流れる。
金髪のXが、失った右肩を押さえながら立っている。
その顔は、K-Tと同じだった。
メバルは赤く濡れた手で、画面を睨みつけた。
「絶対に、あんたにはならない」
画面の中のXが、こちらを見て笑った。
その瞬間、時間が白く弾けた。
そして、メバルの意識はまた朝へ引き戻された。
コメント
1件
第4話、読了しました。タイムループものの切なさが一層深まった回でしたね。K-Tが「俺がXになるのか」と問う場面、そしてメバルが「絶対にあんたにはならない」と叫ぶ対比が胸に刺さりました。予告通りの結末でありながら、ループを超えて未来を変えようとする執念が、読者に希望と絶望を同時に味わわせる構成が巧みです。装置や地下施設といった世界の仕組みが少しずつ明かされるのも、設定好きとしてはたまらない。次はどんな手掛かりが現れるのか、続きが気になります。
#スクラッチャーズ
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