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家に居場所などなく、
外に出たところで、
孤独なのはわかりきっている。
誰もが孤独なら、
みんな仲間であると言う人もいるが、
俺はそうは思わない。
孤独は孤独で、
生涯誰にも塞ぐことのできない心の穴なのだから。
自分の欲を満たすために、
今日も俺は恋人に会う。
俺にとって彼は、その程度の存在だ。
欲を少しだけ満たしてくれる、便利な存在。
わかっている。
俺が最悪で最低なクズであることくらい
重々承知だ。
青 『あ!桃くん!』
遠くから少し癖のある声が聞こえてくる。
桃 『お待たせ!』
俺は自分の真っ黒な心が透けて見えないように、
なるべく明るく返事をする。
青 『今日も会えて嬉しい/』
桃 『俺もだよ』
もちろんその言葉に心などこもっていない。
“恋人にはこう返すべきだ”という俺の中の単なる“テンプレ”だ。
青 『ディズニー楽しみだね!』
なんて無邪気な笑顔なのだろう。
無邪気さ、というのは時に暴力になる。
目の前の彼はきっと、そんなことも知らない。
青 『電車乗り遅れちゃうよ!早く早く!』
桃 『ごめんごめん』
彼は目的地についてからというもの、
カチューシャやらポップコーンやらショーの予約やらで一人勝手に忙しくしていた。
満足そうにアトラクションを楽しむ姿が、俺には幼稚だとしか思えなかった。
まったく、いつから俺はこんな捻くれ者になっちまったのか。
そんなことを考えつつ、俺は彼にまた言う。
桃 『大好きだよ』
僕には恋人がいる。
声がかっこよくて、顔もイケメンで、
性格は…、“根は優しい”って信じてる。
きっと彼は、
僕のことを道具のようにしか考えていないと思う。
でも、それで良い。
僕が彼に道具だと思われていたとしても、
そばに居ることを選んだのは僕なのだから。
僕は、
素直で、努力家で、真っ直ぐな言葉を伝えてくれる、
彼のそんなところに惹かれた。
彼から告白を受けた時は、
本当に本当に嬉しかった。
幸せ者だと思っていた。
ちょうど4年前の今日のこと。
当時は付き合って1年記念日で、デートに行く約束をしていた。
彼の運転する車に乗って、海まで行った。
海でいろんな話をした。
夢を語った。
将来のこともたくさん話した。
「ずっと一緒にいよう」と約束して。
泣いたり笑ったり、
時には怒ったり、
不安になったり、
心配しあったり、
何気ない幸せを感じたり。
そういうことを
“一緒に経験したいね”って
“一緒に感じたいね”って
語り合った。
でも、
帰り道、
僕たちは事故に遭った。
何が起こったのかわからなかった。
ついさっきまでいつも通りだった彼が、
道路に投げ出されていた。
さっきまで隣にいて、
さっきまで楽しい話をしていて、
さっきまで笑い合っていた君が。
綺麗な顔が傷だらけになって、
僕が大好きだった声も発さなかった。
パニックになって、
そこからの記憶はほとんどない。
気がつけば、僕は病院にいた。
薄らと目を開けると、白い天井が見えた。
君の名前を呼ぼうとしたけど、声が出なかった。
どうしても君の姿が見たくて、
痛い首を回して君を探した。
でも、いくら探しても君はいなかった。
君は僕と同じ部屋には居ないようだった。
今すぐにでも駆け出して君を見つけたかったけど、
その時の僕の状態では無理だった。
事故から1週間経って、
僕の怪我は落ち着いた。
重傷ではなかったから、意外と早かった。
もちろん、元気になった僕は
喜んで君のもとへ行った。
青 『桃くん!』
君は目だけでこちらを確認して、
しばらく何も反応することはなかった。
そして、ついに、僕の目を見てこう言った。
桃 『どちら様ですか、…?』
ショックどころの騒ぎではなかった。
「人違いです」と大嘘をついて、
僕は病室を飛び出した。
とにかく、早く逃げたかった。
現実ではないと、これは夢だと、
そう誰かに言ってもらいたかった。
けれど、そう言ってくれる人などどこにもいなかった。
当たり前だ。
これは、紛れもない、現実なのだから。
医師から彼が記憶障害を伴っていると説明を受けて、
やはり現実なのだと知って、
何ヶ月間か僕は家に引き篭もり、
一歩も外へ出られなかった。
孤独だった。
何もかも失ってしまったような気がして、
僕の全てを奪われた気持ちになった。
広い世界にたった一人、
取り残されたようだった。
彼がまだ入院しているとは知りつつ、
その期間、一度も面会に行くことはなかった。
そんな僕を外の世界に導いてくれたのは、
彼の大親友を名乗る人物だった。
赤 『“赤”って言います!』
元気な子だなぁ、と思った。
今思えば、
なぜ僕のことを知っていたのかもわからないし、
連絡先をどこから手に入れたのかもわからない。
不審者としか言いようのない彼だったが、
当時はなぜだか、
彼の存在が僕の心を落ち着かせていた。
それも僕の思い込みなのかもしれないけれど。
赤 『今から会えますか?』
赤 『いちご駅のカフェにいます』
彼からの誘いで、僕は数ヶ月ぶりに外に出た。
外の空気はこんなに澄んだものだったのか。
歩くことで、気分が晴れることもあるのか。
そんな、知っていたはずの事実に改めて気づいたり。
待ち合わせたカフェに入ると、
窓際の席で彼が大きく手を振っていた。
赤 『ぁ…こっちこっち!』
僕は軽く会釈をして彼の元へ向かう。
赤 『来てくれてよかった…!』
青 『はじめまして…』
赤 『急に呼びつけてごめんね〜』
赤 『何飲む??』
まるで、
ずっと前から友人関係にあったかのように接してくる彼。
これが俗にいう、“フレンドリー”というやつなのか。
赤 『コーヒーは無理だもんね』
青 『ぇ…』
青 『なんで…知ってるんですか…』
赤 『ぁ…あの〜…よく桃くんから話聞いててさ!』
青 『へぇ…』
完全に脳みそを使っていない返事をして、
「オレンジジュースで…」と呟く。
彼は「はーい」と軽く答え、
店員に僕の分も注文してくれた。
赤 『なんて呼んでほしい?』
注文を終えてすぐに、
彼はふわりと微笑みながら質問してくる。
青 『別に…なんでも…』
赤 『じゃあ青ちゃんにしよ〜』
青 『ぇ…』
それは僕が昔から呼ばれているあだ名だった。
でも、
小さな頃から付き合いのある人しか呼ぶはずはない。
赤 『…嫌だった?』
青 『ぃや…小さい頃から知ってる人しか呼ばないあだ名だったから…』
青 『驚いただけです、』
赤 『…ダメだった?』
青 『いえ…大丈夫、です』
赤 『…それならよかった、笑』
そう言って困り眉でヘニャリと笑う。
そんな彼に、なぜだか不思議な魅力を感じる。
赤 『というかさ!敬語外してよ!』
青 『ぇ…』
赤 『俺堅苦しいの苦手だからさ!』
赤 『あと…普通に友達になりたいし!』
青 『は、はあ…』
赤 『俺のことは好きに呼んで?』
赤 『呼び捨てでもなんでもいいよ』
突然言われても困る。
なんと呼べば良いのか。
ここは無難に“赤くん”で良いか。
青 『じゃあ…赤くん、で…』
赤 『、!!』
赤 『ありがとう、嬉しい』
目を輝かせながら感謝されて、
僕はなんだか恥ずかしくなった。
青 『それは…どうも…/』
赤 『ふふ…笑』
赤 『…ずっと引きこもってたって本当?』
なぜ知っているのだろう。
青 『まぁ…、』
赤 『じゃあ久しぶりかぁ、外出るの』
青 『うん、』
赤 『いやぁ…本当ありがとね、来てくれて』
僕をまっすぐ見つめながら言うから
また照れてしまって、少し俯く。
そうしているうちに、
「お待たせしました」と店員に声をかけられ、
「ありがとうございます、」と僕は小さく返した。
赤 『…もう桃くんには会いたくないの、?』
僕が今の今まで考えないようにしてきたことに、
彼は踏み込んできた。
飲んでいたオレンジジュースを置き、
少し考える。
本当に会いたくないのか。
いや、会いたくないわけではない。
ただ怖いだけ。
変わってしまった日常や、
一度切れてしまった彼の記憶と
向き合うのが、怖いだけ。
もう、僕が好きだった彼ではないかもしれない。
そう思っただけで、怖くてたまらなくて。
だから、会いたくなかった。
今日までは。
青 『…会いたい、かも』
それからというもの、
赤くんは僕と彼を会わせるために色々と動いてくれて、
僕がショックを受けすぎないように、
一緒に彼のところまで行って、
会話を繋いでくれたりもした。
でも、どれだけ時間をかけても
彼の記憶が戻ることはなかった。
だけど、もう一度僕に恋をしてくれた。
彼の気持ちが嘘だとしても、
もう一度、“恋人”になれた。
それで十分だった。
僕がこれから、
本気で好きにさせればいいのだから。
赤 『お幸せに、!』
そう言い残し、
二度と僕の前に姿を現すことはなかった。
桃 『大好きだよ』
嘘だと思う。
前から薄々勘づいていた。
彼は僕を“欲を満たすための道具”としか思っていないこと。
好きなんて気持ちは、ほとんどないこと。
わかっていた。
だから、今日は敢えて、君に言う。
青 『無理しなくて良いよ』
「無理しなくて良いよ」
俺の恋人は、そう言った。
とっくに、全て気づいていたのかもしれない。
俺がクズだということも、
なんの感情もないことも、
全部。
桃 『…無理なんか、』
青 『僕のこと、好きじゃなくて良い』
桃 『ぇ…』
青 『桃くんの気持ち…わかるよ、たぶん』
青 『…手に取るように、ね』
桃 『それは…どういう…』
青 『寂しいんだよ、桃くんは』
桃 『寂しい…?』
青 『“孤独”だと思ってるでしょ?』
桃 『…、』
青 『きっと、誰にも埋めることのできない隙間があると思う』
青 『…でもそれは、“孤独”なんかじゃない』
青 『“なくなった記憶”だよ、』
桃 『なくなった…記憶…』
青 『…あのね、』
青 『桃くんと僕は、ずっと前から付き合ってたんだよ』
青 『交通事故に遭う前から』
桃 『…、!』
隙間の中の暗闇に、
光が差し込むような感覚があった。
青 『桃くんは、ちゃんと優しくて、ちゃんとかっこいい、僕の恋人だよ』
桃 『…、ポロ』
今まで凝り固まって動く気配もなかった何かが
俺の中で動き出したと同時に、
涙が溢れ出した。
遠い記憶の中に青い髪が揺れて、
俺の心を掴んで離さなかった。
俺は、君のことを、本当はずっと、
桃 『…好き、』
青 『、!』
青 『ありがと、ニコ』
あんなに俺を傷つけた無邪気な笑顔が、
光り輝いて見えた。
君ともう一度愛し合えるようになったのに、
僕の“孤独感”は無くならない。
僕には、まだ思い出せない、
“何か”があるはずなのに___。
青ちゃん。
いつか、
戦いごっこしたあの日のことも、
一緒にお弁当を食べた日のことも、
夢を語り合って、
一生懸命「今日」を生きたあの日のことも、
全部、思い出してね。
俺は、いつでも待ってるよ。
“赤の他人”じゃなくて
“幼馴染”に戻れる日を。
「」