ダチュラはそれを聞いて、両手を口元に当てるとムスカリを見上げた。
「殿下、いいんですの?! 私と殿下との約束ですわよ?」
ダチュラは、そう言うともじもじしながら上目遣いでムスカリを見つめる。
ムスカリは頷く。
「わかった、約束しよう。ところでこれ以上君がここにいると、不快な気持ちになるだろう。クインシー男爵と屋敷に戻るといい」
「そうですわね、そうします。お気遣いありがとうございます」
ダチュラはそう言うとアルメリアを一瞥してニヤリと笑い、会場の真ん中を突っ切り出口へと向かって行った。
貴族たちはそんなダチュラを避けるように二つに別れて去ってゆく後ろ姿を見送った。
そうしてダチュラが去ってしばらくすると、パウエル侯爵が口を開いた。
「これが殿下の仰っていた、余興というやつですか?」
「まぁ、そんなところだ」
ムスカリはつまらなさそうにそう答えると、改めて全員に向けて言った。
「あの令嬢の処遇については、現在王宮で検討中である。あの令嬢にはあまり逆らわないように気をつけてもらいたい。それと、今のことは外部には決して漏らさないこと。この命令は逆らうことは許されない」
貴族たちは黙ったまま頷いた。
ムスカリはアルメリアに向きなおると、アルメリアの手を両手で包み込み心配そうに顔を覗き込む。
「アルメリア、申し訳なかったね。さぞ不愉快だったろう?」
「大丈夫ですわ、殿下が守ってくださったので」
実はダチュラが話している間、ムスカリはダチュラに見えぬようアルメリアの手をぎゅっと握っていてくれていたのだ。
「これぐらいしかできなくてすまなかった」
そう言って、ムスカリはアルメリアの頬を撫でた。そこでスペンサー伯爵が大きく咳払いをした。
「恐れながら申し上げます。お二人が大変仲のよろしいことはわかりました。ですが、我々の存在を忘れないでいただきたい」
その一言に、他の貴族たちが笑うと、アルメリアとムスカリもお互い顔を見合わせて笑った。
そこで、改めてパウエル侯爵が言った。
「では、仕切り直しといきましょう。もうすぐ国王陛下と王妃殿下もお見えになりますから」
と、そこにちょうど二人が現れる。アルメリアも他の貴族たちも慌てて膝を折り、頭を下げる。
「アルメリア、頭を上げなさい」
サンスベリアに言われて、アルメリアは頭を上げる。
「誕生日おめでとう。立派なレディに成長したね。それに息子と一緒にこの国を支える決断をしてくれて、私は大変嬉しい」
「ありがたきお言葉、ありがとうございます。殿下と二人これからこの国の発展に尽力し、私自信も研鑽《けんさん》していく所存でごさいます」
「うん、国民からも騎士団からも貴族たちにも愛されているそなたなら、きっとこの国をより良いものにしてくれると信じている」
そう言うと、ムスカリへ向きなおる。
「ムスカリ」
「はい」
「お前ももう大人だ、しっかりアルメリアを支えなさい」
「はい、もちろんです」
その返事を聞いて無言で頷くと、サンスベリアは貴族たちの方を向いた。
「ここに宣言する。今日のこの日をもって若き二人の婚約を正式なものとする」
すると一斉に歓声があがり、貴族たちがアルメリアとムスカリに盛大な拍手を送った。祝福の言葉を受けながらムスカリは愛おしそうにアルメリアを見つめる。
アルメリアはそんなムスカリを見て、もう戻れないところまできてしまったのではないかと感じていた。
そのあと、アルメリアとムスカリは祝福の言葉を送ってくる貴族たち一人ずつに挨拶をした。
その中でもアルメリアを知る貴族たちは、みんなアルメリアに称賛の言葉を送った。驚いたことにフランチャイズを初めて契約してくれたウィラー辺境伯も駆けつけてくれていた。
「お誕生日おめでとうございます。それに王太子殿下とのご婚約も、とても喜ばしいことです」
「ウィラー辺境伯、ありがとうございます。それに、遠いところよくいらしてくださいました」
ウィラー辺境伯はアルメリアの手を取って言った。
「貴女のお陰で、私の領地はとても素晴らしい場所に生まれ変わったのです。そんな恩人の素晴らしき日に駆けつけないわけがありません」
「そう言っていただけると、とても嬉しいですわ」
アルメリアがそう答えると、ウィラー辺境伯は少し申し訳なさそうな顔をした。
「実は、先ほどから他の貴族たちにアンジーファウンデーションとの契約の話に関する質問をたくさんいただきましてね、私も嬉しくて貴女の素晴らしさとともに、契約したことで得た利益のことなどをうっかり話してしまいました。そうしたら契約を結びたいという貴族が何人も出てきたのですが、どういたしましょうか?」
「わかりましたわ、ありがとうございます。のちほどしっかり対応させていただきますから大丈夫ですわ」
「とても忙しい時期でしょうに、申し訳ありませんでした」
ウィラー辺境伯は大事になったと萎縮しているようだったが、アルメリアにとっては願ってもないことだった。
「とんでもないことですわ。後でお礼をさせていただきますわね」
「いえ、そんなものはいりません。貴女の役に立てたのなら良かったです」
そこへムスカリが口を挟む。
「私の婚約者に良くしてくれてありがとう、ウィラー辺境伯。その手を離してもらえないか? 他のものが挨拶できない」
アルメリアがムスカリの方を見ると、口元は笑っているが目が笑っていなかった。
ウィラー辺境伯は慌ててアルメリアの手を離すと頭を下げた。
「これは、大変申し訳ありませんでした。では私はこれで失礼いたします」
それを見送るとムスカリは言った。
「狭量と君は思うかもしれないが、やはり自分の婚約者と他の男が仲良くしているのは面白くないものだ」
「も、申し訳ありません」
「なぜ謝る?」
「婚約者として横に立っていますのに、自覚が足りませんでした」
アルメリアがそう答えると、ムスカリは悲しそうに微笑んだ。
「それで怒っているわけではないのだが……。とにかく、君が謝ることではない」
そう言って微笑むと、挨拶に集中した。
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