院瀬見が部屋の方で驚きの声を上げている中、俺は今のうちに新葉《アレ》に連絡をすることにした。このまま二人だけでホテルを出るのはあまりに危険すぎると判断したからだ。
――――
「ほいほい~。新葉《わかば》お姉さんだぞ!」
「俺だ」
「どこの俺様なのかな? お姉さんは俺様なんかに知り合いはいないよ?」
「相変わらず面倒くさいな。いいから黙って俺の話を聞いてここへ来てくれ……緊急なんだよ! 場所は裏通りの――」
前振りが面倒な奴だが、大まかな話をしたらすぐに理解してくれた。
「じゃあ今すぐ向かうけどさー……」
「何だよ?」
電話口からでも分かるくらい怒ってる気がする。
「いくら雨降りで緊急だったからといって、ラブホは無いんじゃないの?」
「俺じゃなくてつららが先に――」
「そういう問題じゃなーい! いいかい? 翔輝は仮にも生徒会長なんだよ? 人通りが少なかろうと誰かがどこかで見ているものなんだよ」
危険性があるからこそ電話したんだが。
「夏休みだからって油断は禁物! とにかく、あたしが行くまでにつららちゃんを泣かせたら許さんからね!」
泣かせるも何も無いだろさすがに。
部屋に戻ろうとする直前まで、少なくとも俺はそう思っていた。だが俺がシャワールームから出ようとすると、彼女が目の前に立ち尽くしていた。
「つらら? え、どうし――」
無言のまま俺に向かって倒れてくる――かと思いきや、俺を通り過ぎて勢いよく乾燥機にたどり着き、そのまま勢いよく手を突っ込んだ。
乾燥機に入れてから時間にして数十分程度だが、さすがに乾いているとでも思ったのか、俺がまだここにいるのにもかかわらずその場で着替えようとしている。
背中越しに聞こえたのはバスローブを床に落とす音だった。つまり、今のつららは完全なる無防備状態ということに。
「あれー? まだちょっと湿《しめ》ってるの?」
さすがに後ろを振り向くわけにはいかないが、おそらく乾燥機に入れていた下着を着けていることが想定される。
「短時間だと完璧に乾くわけじゃないからな。後は部屋干しでいいんじゃないのか?」
「え?」
「……あ――」
そのまま黙って部屋に戻るべきだったんだろうが、俺もつい口出しをしてしまった。うっかりしたことに対しすぐに後悔したが、こうなると院瀬見の反応を待つしかない。
「しょ、翔輝さん……見て……ないよね?」
「さすがに背中には目が無いからな。見えてない」
院瀬見の綺麗な足は以前に見せられているからそれは免疫が出来ているものの、上半身となると理性がどうなるか不明すぎる。だが見える要素は無いので、それは不幸中の幸いだった。
「うううー……どうしてこうなるの……? もーーーー!」
――などと唸《うな》り、俺には院瀬見が泣いているように聞こえてしまった。
バスローブではなく今は少し湿り気のある下着を装着しているはずだから、俺がどうこう言われるものでもないと思われるが、どうだろうか。
「まぁ、何だ……。俺は部屋に戻るから、つららは乾燥機をもう一度……」
「バスローブが床にあるの……」
「だろうな。でもそれを拾って、下着が乾くまでもう一度着ておけばいいんじゃないか?」
「そ、そうする~……」
床には水滴があったりして落としたバスローブも多少は濡れている可能性があるが、湿っている下着を半端な状態で着けるよりはマシのはずだ。
そう思っていたのに、
「ひゃぁっ!? む、無理無理無理無理!!!」
背中越しの悲鳴と同時に、院瀬見は俺の背中に抱きついてきた。
「……えーと、つららさん? 俺の背中に密着してきたのはどうしてだ?」
「なんかなんか、バスローブにいたの! もう無理! 着られないーーー!!」
床となると虫か何かだろうな。せめて備え付けのカゴに入れてくれれば良かったのに。
それよりも、背中にくっついてきた院瀬見から感じるこの柔らかな感触には、かつて幼馴染のアレに色仕掛け的なことをやられた感触に似ている。アレは俺のことを男として全く意識してなかったから平気だった。
アレのことはともかく、今パニくっている院瀬見は下着を外してしまった状態で俺にくっつき、密着したことに安心して俺のことなど気にも留めない状態に陥るはず。
「はふぅ……翔輝さんの背中、あたたかい……」
――予想通りだった。
途端に無警戒に陥るという彼女の危うさに気づいてしまった。院瀬見とは身長差がほとんどないせいか、俺におんぶする姿勢になっている。
そうなると俺が動くしかなくなるわけだが。
「このままだとまた冷えるからベッドのところに行くぞ?」
「ひゃっ? ひゃい!」
「……ベッドに行くだけな」
「ひゃい……」
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