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「なので⋯⋯」
時也は静かに湯呑に目を落とした。
「彼女に殺意を持つなどの
心の動きがあれば
青龍に指示を出して
睡眠薬入りの飴を渡そう
と至ったのです」
「⋯⋯睡眠薬?」
レイチェルは
青龍から貰った飴玉を思い出した。
確かに
青龍みたいな幼子から
飴を差し出され
食べてとせがまれたら
自分のように何の疑いも持たず
食べる者の方が多いだろう。
「はい」
時也は鳶色の瞳を穏やかに細めた。
「転生者の魂は
一度彼女に報復しなければ
怒りと怨みで
まともに話ができませんからね⋯⋯
報復させて落ち着かれてから
お話する必要があるのです」
その言葉を聞いた瞬間
レイチェルの脳裏に
喫茶店での光景が蘇った。
アリアが座っていた
あの不自然な硝子張りの席。
まるで舞台の上の人形のように
静かに座っていた彼女。
(⋯⋯そうか)
今になって
漸くあの異様な席の意味が理解できた。
あの席だけが
他のテーブルとは隔絶された硝子の壁で囲まれていた理由。
ー転生者が暴れ出しても
店が壊れないようにー
ーアリアが襲われても
他の客に影響が出ないようにー
そして
床がタイル張りだったのも
今なら理解できる。
あの床なら
血が飛び散っても掃除がしやすい。
きっと過去に何度も
同じ事が起こったのだろう。
殺意に飲まれた転生者が
アリアに襲いかかり
その度に流される血。
(⋯⋯転生者が
まともに話ができない程の怒りと怨み⋯⋯)
自分も
あの時はまさにそうだった。
胸の奥が急に熱くなり
憎悪が吹き上がるように
頭の中が真っ赤になった。
意識が薄れ
気付けばナイフを振り上げていた。
「何故です……何故っ!
私達を、裏切ったのですかっっっ!!」
あの叫び声が
自分の口から発せられたものだとは
信じられない程
見知らぬ声だった⋯。
「⋯⋯確かに」
レイチェルは確かに感じていた。
自分の内側に湧き上がる
制御できない何かが
あの時あったのを。
レイチェルは
言葉を絞り出すように呟いた。
「⋯⋯私も
アリアさんを傷つけてしまった時は⋯⋯」
視界が霞み
あの恐ろしい記憶が再び甦る。
ーナイフが突き刺さる感触ー
ー温かくぬるりとした血が跳ねる感覚ー
ーアリアの口から零れた
『すまない』という微かな声ー
「⋯⋯自分が
自分じゃない感じでした⋯⋯」
(⋯⋯そうか)
営業中に転生者が殺意を持った場合
眠らせてしまった方が楽なのか。
営業後であれば
客の事など気にしなくて良い。
「私は⋯⋯
対策が整ってから
此処に来れたんですね⋯⋯」
レイチェルが顔を上げると
時也は微笑んだ。
「⋯⋯ええ。
おかげでこうして⋯⋯
貴女としっかり話せて
良かったです」
その言葉に
レイチェルはふっと息を吐いた。
胸の奥に
重く伸し掛っていたものが
少しだけ和らいでいくのを感じた。