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お母様もわたくしを応援してくれるのね。
母から思いがけないエールを貰ったルシアナは、手の震えが止まり、体の奥から力が湧いてくるような不思議な心地がした。
家庭教師の授業をほっぽり出して、あちこち動き回るルシアナに、母はいつも苦虫を噛み潰したような顔をしていたのに……。
特にルシアナが鋏を持ち、使用人達の髪の毛を切っている時なんて、いかにも「貴族の娘がすることじゃない」と顔に書いてあった。
ずっと口出ししたいのを我慢してきた筈だ。
ぐっと拳を握りしめて母に笑い返したルシアナは、用意した石鹸を手に説明を始めた。
「皆様は洗髪をする際、こんな事を思ったことはありませんか? もっといい香りで髪の毛を洗えたら、もっと早く髪の毛を乾かせたら、もっと自分の髪が美しかったらって」
「確かに早く髪を乾かせたらとは思いますね。特に冬なんて暖炉の前で震えながら、長い髪が乾くのを待つんだもの。髪を乾かしてもらうために、何度魔法使いを雇おうかと思案したことか」
魔法使いはそう多くない。だから多くの人が魔法使いを雇いたがるし、魔法使いの方もなるべく給金が高く、雇用条件の良い場所で働きたがるため、雇うにはかなりお金がかかるのだ。
一人の客人の言葉に、うんうんと皆が頷いている。
「ここだけの話、私は年々髪の毛のパサつきが気になってきておりますわ。若い頃はスっと綺麗に纏まったのに、歳を重ねるごとにツヤもなくなるし」
「私もシャーロット夫人と同じことを思っていました。ツヤを出したいがためにオイルを塗るけど、どんどん髪が重たくなってベタつくいてしまうの」
分かるわぁ、と夫人方は盛り上がりはじめた。
「わ、わたしは、お恥ずかしながら頭が痒くなりやすくて。その……洗ってないとかではないんです。ちゃんと洗髪しているんですけど……」
令嬢たちからも色んな意見が出始めた。
やっぱりみんな、それぞれ悩んでいたんだわ。
「わたくしが考えたヘアケア製品は、バスタイムを楽しく、そして自分を好きになることをコンセプトに開発しました」
「バスタイムを楽しく? それなら湯船に香油を垂らして、花でも散りばめたら宜しいのではなくて?」
アルベリア伯爵夫人が試すような目でルシアナを見てきた。
食ってかかってはダメよルシアナ。
アルベリア伯爵夫人にだって、必ず不満はあるはずなんだから。
「もちろんそれも一興でしょう。ですがわたくしが言いたいのは洗髪時の話です。シャンプーを終えたあと、酢水に髪をつけてすすぎますでしょう? あの酸っぱい香りが気になったことはございませんか?」
「確かにね。だからあたくしはレモン汁にして貰っているわ。爽やかないい香りよ。皆さんも是非お試しくださいな」
流石はアルベリア伯爵夫人。北部の貴族の中でもお金持ちなだけある。
おほほほほ、と高らかに笑っている伯爵夫人の後ろでおずおずと手を挙げたのは、姉と親交のある令嬢だ。
「あのぉ、我が家はレモン汁をそんなに贅沢に使うことは出来ないので……。私、以前試したことがあるんです。酢水に香油を垂らしたらいい香りになるんじゃないかなって思って。バラとかラベンダーとか。そうしたら酷い匂いになってしまって」
「確かに、穀物酢の香りに花の香りは合わなそうですものね」
アルベリア伯爵夫人を除く一同が頷いているのを見計らい、ルシアナはりんご酢の入った瓶を手に持った。
「わたくしがこれから貴族から平民まで、幅広くオススメしようと思っているのはこちら、りんご酢です!」
「りんご……酢……?」
「ねぇ、使ったことある?」
「いえ、果実酢と言えばバルサミコ酢くらいしか……」
ザワつく会場内の客人に瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでもらうと、「あら!」と歓声があがった。
「確かにツンとはするけれど、穀物酢程じゃないわ」
「ええ、フルーティでいい香り」
盛り上がる客人たちを尻目に、伯爵夫人は鼻を鳴らした。
「香りが良いだけなら、やはりあたくしはレモン汁で十分。わざわざりんご酢に変える必要はないわ」
「確かに香りだけならば、そのままレモン汁をお使いになればよろしいかと思います」
ルシアナはふっと口元を弛めて、もうひとつの瓶を手に取った。
「ただし、先程のただのりんご酢は、平民の中間層に広めるつもりで考えています。今ここに居る貴族の皆さまや富裕層向けには、こちらのワンランク上の物を御用意しておりますわ」
「ワンランク上とはなんです?」
穀物酢の代わりにりんご酢を使うアイデアで、会場内の雰囲気が格段に良くなっている。
早く知りたい! と言うわくわく感が伝わってきて、ルシアナの説明にも熱が入る。
「こちらの瓶に入っているのはりんご酢をベースに、はちみつやリンゴエキス、それからカミツレなどのハーブエキスを混ぜ合わせたヘアトリートメントという物になります」
「ヘアトリートメントなんて商品、初めて聞きました。ねぇ?」
「はい。だから最先端の美容というわけですわ。ただのりんご酢を使うだけでももちろん良いのですが、こちらのトリートメントを使うと髪の悩みが解消される方もいらっしゃるでしょう。百聞は一見にしかず。という事で、今日は実際にわたくしが開発した商品を使って洗髪したいと思います。ダフネ、お願いしますわ」
「は、はいっ!」
実演するにあたって、当初はルシアナが自分の髪を洗って見せようかと思ったが、ダフネが「お嬢様達の為なら!」と協力を申し出てくれた。説明しながらの実演をしやすくなってありがたい限りだ。
ダフネには後でなにか御礼をしないと。
背もたれが後ろに倒れた椅子に座ってもらい、湯を張った大きな桶にダフネの髪の毛を漬けていく。
「まずはこちらのシャンプー用石鹸。こちらにもリンゴエキスやはちみつなど、わたくしが考えたオリジナルの配合で作ってあります」
石鹸を髪につけて泡立てるとふわふわと、りんごとはちみつの甘くフルーティな香りが部屋に漂う。
「先程頭が痒くなるという意見がありましたが、その原因の1つとして考えられるのは乾燥です。不潔だから痒いんだと、一生懸命に洗っていたのではないですか?」
頭が痒くなると言っていた令嬢に目線をむけると、コクコクと頷き返してきた。
「ええ。でもしっかり洗っても、洗った直後は良くても、暫くするとまた痒くなるのです」
「石鹸は優れた洗浄力がある反面で、皮膚が乾燥しやすくなるという欠点もあります。皮脂の多い方は問題ないですが、乾燥肌の人は皮脂が奪われ過ぎて痒くなることがあります」
「それでは私がしていたことは逆効果という事だったのですね……」
「かと言って、洗わな過ぎるのも痒みの原因になりますわ。こちらの石鹸は保湿力に優れたはちみつやハーブエキスを加えて作ってありますので、もし良ければ今日お持ち帰りになって使ってみて下さいませ」
「わぁ、ありがとうございます」
何だか実演販売の楽しさが分かってきちゃったわ!
気分がのってきて、緊張が徐々に楽しさに変わってきた。
すすぎ終えたダフネの髪の水気を軽く絞ると、タイミングを見計らったモニカが、汚れた水が入った桶から、綺麗な湯を張った桶に取り替えてくれた。
「さあ次は、皆様お待ちかねのヘアトリートメントの出番です! まずはトリートメントをこうして手のひらに出したら……髪の毛に直接塗布して馴染ませます」
「何ですって? 直接つけるの?!湯に混ぜるのではなく?」
うふふっ……。いい反応。
ずっと鼻先をつんとさせて実演を見ていたアルベリア伯爵夫人が、トリートメントを髪に直接つけた瞬間に声をあげた。
穀物酢でもレモン汁でも普通は湯に混ぜて、湯桶の中で髪をすすぐ。けれどルシアナ開発のトリートメントは、前世であったトリートメント同様、髪の毛に直接塗って使う仕様にした。
目新しさと、あとは腰を屈めて桶に髪を漬けるよりも楽だと思ってのことだ。
「そうです。髪に直接付けてください。しっかりと馴染ませたら、あとは洗い流せば終わりです」
何度か桶の湯を変えてすすぎ終え、布で丁寧に髪の毛を拭いていく。
よし、次はあの魔道具っと。
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