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●地下
●第2話
よく見ると何かコードのような物が壁に沿って這っていて私の立っている場所には太いパイプが何本も走っているようだった。
天井を仰ぎ見れば、配管が網の目のように張り巡らされていることが確認できた。
私が今居るのは恐らく地下室なのだろうと察した。
しかもこれはかなり深い所である。
私はゆっくりと壁沿いを歩き始めたのである。
しばらくして、私は大きく目を見開いた。
そこには死体があった。
うつ伏せになっていてはっきりとは見えないがどう見ても人間の死体であり、そして血溜まりの中でピクリとも動かないようだった。
私は悲鳴をあげようとしたが声は出ない。
だが私は必死でそれから逃れようとした……が逃げ道は無くなっていたのである。
いつの間に現れたのか、背後に人が立っていたのである。
その男はフードを被っており顔が見えなかった。
しかしその体格は明らかに男のものであることはわかった。
フードの下の唇の端が吊り上がり口が開く。
そしてその男は私の方へと手を伸ばしてきたのである。
第五章『少女』
目を覚ますと見覚えのない光景が目の前に広がるという夢を見た。
真っ白な空間の中で少女が倒れており傍らに老人が佇んでいる。
彼は悲痛そうな面持ちのまま「大丈夫か、しっかりするんだ」と話しかけている。
少女が苦しそうにしながらも「おじいさん……」と言うので慌てて駆け寄ろうとすると突然足元の地面が消えた。
そのまま私は奈落の底に落ちていきそこで目が覚めたのだった。
額にはびっしりと冷や汗をかき息は上がっていたがまだ午前五時前であることはわかる。
少女は枕元に置いてあったタオルを手に取り額の汗を拭きとる。
そして「ふぅ」と溜息をつくとそのまま再びベッドの上に倒れた。
しかし今度は夢を見ることはなかったようである。
そのまま二度寝しようとしたが眠気が全く無かった為体を起こして窓際にあるベッドに腰かける。
カーテンの向こう側は薄暗いが夜明けはまだのようだ。
少女は大きく深呼吸を繰り返して気を取り直すと机に向かい教科書を開いた。
今日もまた高校二年生の二学期中間テストがあるのだ。
勉強は好きではなかったが成績を上げることだけが両親からの期待だったので彼女は必死で机に向かう毎日を送っていたが、ここのところはずっとサボっていたせいですっかり自信を失っていたのである。
(勉強は得意じゃないんだけど、でも今回は絶対にいい点を取るんだ)そう心の中で呟く。
(だってお兄ちゃんが帰ってきてくれる日なんだから頑張らないと!絶対だよ?)
彼女は自分の頬を両手で軽く叩いてから机の前に座るとシャーペンを片手に参考書の問題に挑み始める。
それからどのくらいの時間が経った頃だろうか。
玄関のドアを開ける音がしたので少女の母親は顔を上げた。
「もう、お父さんったら……」と言いながらも娘のことが心配だったので様子を窺いに行くことにしたのだった。
階段を下りると夫は居間のソファに座っていた。
テレビを眺めながら朝刊を読んでいるようだったが、娘の姿を見かけると新聞を置いて近づいてくる。
「ただいま」
そう言った後で「おかえりなさい」と返事が来ると安心して「うん」と答えたのである。
「起きてきて平気なのか?」
夫が尋ねると少女はやや申し訳なさそうな表情をしながら「はい」と言った。
「ちょっと変な夢を見ちゃって、あまり眠れなくて……」
「そうか、大変だな」と言って夫の手が少女の頭の上にポンと置かれた。
「さあ顔を洗っておいで。
朝食は用意しておくから、食べながら学校に行く準備をするといい」
夫の提案を聞いて、少女の顔がパァッっと明るくなる。
「はい、ありがとうございます」
「気にするな」と笑ってから夫は居間から出ると台所へ向かった。
妻に「朝食は俺が作っておくから」と言ってコーヒーメーカーに豆を入れる。
妻はその様子を見つつ、少女の様子はどうか尋ねた。
それに対しては問題なく朝食を食べているとの返事があり一安心である。
「それに、朝早くに起きたおかげで勉強をしているようだ」
それを聞くと彼女は微笑んで「良かった」と言って自分も台所へと向かったのである。
朝食を終えて身支度を整えるとちょうど七時半になる少し前という時間になった。
「じゃあ行ってきまーす!」元気に言う少女の声に両親は笑顔で手を振った。
父親は車のキーを持ってから見送りに出ようとして少し考えるような仕草をしてから思い出したように「そうだ」と呟いた。
「気をつけて行きなよ、寄り道しないでよく頑張ったって褒めてもらえるようにな」「はぁい」と返ってきたので父親も笑い返した。
「では行ってくる!」
「行ってらっしゃい!」「ああ、あと帰りは迎えに来るつもりだから一緒に夕飯を食べられるよ。
何食べたいか考えておいてね?」
そう言われて少女は一瞬きょとんとするが「やった!」と言って喜び、それを見ている両親がニコニコしている。
その様子を見ていた母親が苦笑しつつ「あんまり羽目を外すんじゃないわよ」と釘を刺した。
少女はそれを受けてわざとらしい膨れっ面を作ったがすぐに笑ってしまった。
そして「気をつける」と言って手をひらひらさせながら家を出ていったのである。
少女を見送った後は家族全員でのんびりと過ごすことができた。
普段よりも余裕をもって行動することができたということもあるがそれ以上に少女がいつも以上に上機嫌だったからだ。
やがて午後四時頃になり「学校まで送ろう」という父親の提案によって三人は車に乗り込むことになった。
運転は父親が担当し、後部座席には母親と少年の姿が見える。
助手席に座ろうとしたのだがそこは父親が譲らなかったのである。
「ねえお父さん、なんで私がここに居ると思う?私ね……この車にね……」そこで言葉を区切るとその目は隣で黙っている兄の方を向いた。
「この席に昔、男の子が座ってたことがあるって知ってた……?」
父親はバックミラーでチラリと後ろを見て、小さく肩をすくめてから何も言わずに正面を向いて車を発進させたのだった。
第四章『幽霊屋敷殺人事件』
「私達を閉じ込めた人物は、どうして鍵をかけなかったんだと思いますか」
私は刑事さんに向かって問い掛けてみた。
「私達が逃げ出さないと思っているんですかね、それとも私達に解かせることが目的だとか……」
そう言い終えてから、私自身も馬鹿げたことを口にしたものだと思った。
答えを期待して聞いたわけではないが「ふむ、それも可能性の一つかもしれないね」と意外にも真剣な面持ちの返答があって思わず目を丸くした。
その後で私が質問すると、刑事さんはゆっくりと話し出す。
「我々がこうして無事に解放された理由は一つしかない」それは私の考えていたものと一緒であった。
「犯人は我々を殺すことができなかった、ということでしょうね」
「私も今まさに同じことを考えていました」
「ほう」刑事さんが興味ありげにこちらを見たので私は「もし本当にそういうことならですが……」と切り出してみることにする。
「実は今回のこの事件……殺人ではないのかもしれません」そう言うと驚いたのか、それとも私のことを疑っているのか、じっと見つめてくる。
「どういうことですかな」
私が一連の出来事について思いつくままに語ると、その度に彼は何度も相槌を打ってくれたのだった。
「確かに君の言っていることはもっともな話だ」私は驚いて聞き返す「……納得できるんですか?」
「もちろんですよ」と言ってから私の方へと体を近づけてくる。
「第一発見者の証言がありますからな、彼が嘘をついているのでなければ、あの現場に残されていたのは死体だけではなかった、ということになります。
君の言葉を借りれば、あれが『生きた人間』だったとすれば辻妻が合うんですよ」そう言って私の顔をのぞきこんでくる。
しかしそんな都合のいいことがありうるのだろうか、私は考え込んだ。
「つまりですね」彼は続ける。
「君は『あの場に現れた少女が、あの日、亡くなったはずの人間の子供であるならば話は別なのではないか?』と言いたいのでしょう」
私は「はい」と答える。
「その仮説の根拠は何なのですか?」そう聞かれたので、少女の髪が黒くないことを挙げてみせたが、彼の中ではそれが引っかかるようで難しい表情で何かを考えているようだった。
「髪色については、どう説明されるのですかな」
それに関してはいくつか理由を思いついたものの自信が持てるほどのものでもなく説明をするのは憚られた。
「まだわからないことも多いんです、それに……」と私はそこで一度口をつぐんだ。
これは口にすべきかどうか迷ったのだ、自分が犯人であると思われる可能性があるのではないかと不安を感じたからである。
それでも刑事さんの真っ直ぐに私を射抜いている視線を感じてしまうと観念する他は無かったのだが……。
「まだ誰にも言っていないんですけど、私……霊感みたいなものがあるらしくって……」
そう言った瞬間、「ふふっ」という声とともに刑事さんの体が僅かに揺れていた。
そして次の瞬間には「あははははっ」と笑い出したので、さすがに私も驚き慌ててしまう。
「な、なぜ笑うのでしょうか」
彼はひとしきり笑い終えると目尻に浮かんでいた涙を拭うと息を整えて、すまないと謝りながらも笑いの発作に耐えきれないといった感じである。
それから呼吸がある程度落ち着いたところで口を開いたのだけれど、「いや、すまないすまない」と再び軽く笑ってから続けた。
「別に君をバカにしているわけではありません。
ただあまりにも突拍子もない話でしたのでつい、ねぇ」と言ってまた思い出してくすくすと笑っていた。
私もつられて吹き出しそうになるのを抑えて「そうなると思っていましたよ」と強気な態度で返した。
しかしすぐに冷静さを取り戻すと「でも真面目な話、私の発言を信じてくださるとはとても思えませんでしたから、言うべきか悩んでしまったんです」と言う。
それに対して
「まあその点は大丈夫だと信じてほしい」と言って、それからさらに付け加えた。
「それに今の話を聞いた限りにおいては、君は事件とは関係ないと思われます」
「ありがとうございます」
私が頭を下げるのとほぼ同時に車のブレーキランプが光って車が止まった。
どうやら到着らしい。
「では我々はこれで失礼します」と言ってから刑事さんは車外に出る。
続いて私も出ようとした時、背中越しに「最後にもう一つ聞いてもいいかな」と声を掛けられる。
振り返ると、彼の顔つきは先程までの穏やかなものとは違っていた。
「はい」と返事をしたものの、一体何を聞かれるのだろうかと緊張してしまう。
「君はこの事件に関して、どこまで知っているのかね?」
「ほとんど何も知りません」そう答えると「では教えてくれないか、どうしてあそこに居たのかということについて」と返ってきた。
私は首を横に振ると「わかりません」と正直に言った。
「そうか、わかった」そう言った後で彼は続けてこう言った。
「では、くれぐれも慎重に行動するようにね」
私は「はい」と答えて車を降りると丁寧にお辞儀をした。
「ご苦労様でした」と刑事さんの声を聞いて顔を上げると、そこには既に誰も居なかった。
駐車場を出てから歩道に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
「さっきの刑事さんは、きっと幽霊が見えたんだ」
私は呟くと、ふっと笑ってから家路につくことにした。
第五章『幽霊屋敷殺人事件 その2』
「まずは確認から始めましょう」
そう言ってから、この部屋の持ち主は、机の引き出しからノートを取り出した。
「私の名前は、黒江幸四郎、年齢は六十五歳、性別は男、職業はシステムエンジニアだ。
趣味は読書と散歩、好きなものは甘い物全般。
嫌いなものは辛い物と酒。
住所はここのマンションの一室。
家族構成としては妻と娘がいる。
妻は昨年に病気で亡くなった。
享年三十七歳だった」
そこまで言うとページをめくった。
「この部屋の主が殺されたのが二月十三日の土曜日のことだ。
被害者は私と同じ会社に勤めている人物で、名前は小暮昌樹という。
死因は頸部圧迫による窒息死。