「・・・・何だって? 」
紗理奈はすっと立ち上がり、一度も振り向かずそこに直哉を残して部屋に戻った
暫く直哉はその場に座り、さっき言われた言葉を考えていた
彼女は自分と離婚したいと言った、途端に激しい怒りが湧いてきた
ドカドカ二階に上がり、力任せにドアを開けた
バンッ!「理由が聞きたいっ!!どうしてそんなことを言いだすんだっっ」
窓から外を眺めていた紗理奈は、直哉の方を見ずに言った
「私達が結婚した理由は、マルちゃんが出来たからだったわ・・・でもあの子は逝ってしまった、今や私達を繋ぐものは何もないわ、もう責任を果たさなくてもいいのよ・・・私に縛られずに自由になって」
「いったい何を言うんだ紗理奈!ってかなんでこんなにこじれているんだ?本当に俺達を繋ぐものは何もないと?ではこの愛・は何だ! 」
声から彼の激しい怒りが伝わってくる
「何なんだっっ!!紗理奈!!言えっっ!これは愛・ではないのか? 」
直哉の怒鳴り声は窓を抜け、牧場中にこだました
怒りに頬を染めた彼の顔が赤くなったり、悲痛に青くなったりしている、今は苦悩と当惑に驚いている
紗理奈はハッと振り向き、彼をじっと見つめ・・・今彼が発した言葉を信じられない気持ちで聞いた
初めて彼が愛を口にしたわ・・・
..:。:.::.*゜:.
「あなた・・・今なんて言ったの?・・・」
三歩で直哉は紗理奈に近づき、ひしと紗理奈を抱きしめた
「愛してる!紗理奈!君を愛してるんだ!離婚なんか絶対しない!どうしても離婚したかったら俺を殺せっ! 」
「ナオ・・・ナオ・・・本当に?本当に私を愛してる?」
直哉の胸に顔をうずめ、流れる涙が彼のシャツに吸い込まれる、紗理奈を抱きしめる彼が小さく震え、大きく息を吸う
ひっく・・・「俺は・・・ダメな父親だ・・・君が手術を受けている時・・・もし君とマルの命どちらかしか助からないと言われれば、俺は迷わず君を選んだだろう、でもそれを考えたらマルが可哀相になったんだ」
ボロボロ彼が涙を流す
「マルはかわいい・・・目に入れても痛くない、でも君はこの世界で特別なんだ、君が俺の世界の中心なんだ、君がいないと俺は生きていけない・・・だから・・君が助かったと聞いた時、俺は・・・本当にホッとしたんだ、でも・・・マルは・・・・マルは・・・ああっ!もう!ごちゃごちゃでおかしくなる!」
バンッと直哉が壁を殴った、何度も彼は壁を殴りそして拳から血が流し、その場にうずくまった
広い肩が震えている、その悲しみの激しさを思い紗理奈はハッとした
その時はじめて紗理奈は気づいた、この人もこれほど激しく傷ついて、脆くなっているのに
この人ほど自分の愛を欲してる人はいない
自分自身のあまりにも悲しみのせいで、周りが見えていなかった
この二週間絶望的な悲しみから、彼を置き去りにしてしまっていたことを、今ハッキリ自覚した、途端に彼が可哀想になった
彼に愛されたいと思う反面、自分が傷つくのが怖かった、それは彼も同じだったのだ
「ナオッ!ごめんなさいっっ愛してるわ!あなたを愛している」
紗理奈が泣きながら、思わず直哉の背中を抱きしめた、もっと早くこうするべきだった
直哉が必死で紗理奈にしがみついてきた、物凄い力だ、紗理奈の首に顔を埋めている
うっ・・うっ・・・「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、紗理奈・・・愛してる、愛してる、愛してる、わかってくれよ・・・愛してるんだ、愛してる、マルが可哀想だ・・・なんて可哀想なマル・・・天国へ行ってしまった・・・それでも君を愛してる」
「うん・・・うん・・・私もよ・・」
紗理奈は号泣する直哉を腕に抱き、ソファーへ座らせた、直哉は腕を紗理奈の腰に巻き付けて、片時も離れずきつく抱きしめた
彼の心を握りつぶそうとしていた悲しみが、紗理奈に抱きしめられたおかげで少しその、手綱を緩めたようだった
「可哀想な・・・マル・・・愛してる・・・紗理奈・・・ 」
直哉は紗理奈の膝で、むせび泣きを止めることは出来なかった、こんなに泣いたのは人生で初めてかもしれない
今まで感情の爆発は一人で、処理するものだと思っていた
なのに今の紗理奈は優しく髪を撫で、自分を受け止めてくれている、直哉は彼女の心が再び戻って来たと思った
紗理奈も涙を流しながら、彼のおでこにキスをした
彼女に捨てられるのではないかという恐怖から、安堵が押し寄せ、気が遠くなりそうになった
やがて口がきけるほど落ち着いた時、直哉が紗理奈にポツリと聞いた
「本当に俺を愛してる?君こそマルがいたから俺と・・・でも俺はそれでもいいと思ったんだ、君さえ俺の傍にいてくれれば・・・俺はマルの次でも―」
「まぁ!何を言うの?愛しているあなたの子供だからこそ、私は産みたいと思ったのよ 」
その言葉は彼の心に響くまでに時間が少しかかった、しばらく二人はお互いの顔を見つめ合った
「・・・俺達・・・言葉が足りなかったのかな?・・・」
「そのようね・・・・・ 」
紗理奈の膝枕で、彼は潤んだ目で下から紗理奈をじっと見つめた、紗理奈は優しく彼の髪を撫でて言った
「あのね・・・おばあちゃんがマルちゃんは、水谷のお墓に入れてあげたらどう?って・・・、そこにはご先祖様も沢山いるし、おばあちゃんもしょっちゅう行くから、寂しくないんじゃないかって 」
「本当に?マルは寂しくない?」
鼻を真っ赤にして直哉が紗理奈を見上げる
ああ・・・なんて愛しい人・・・こんな人離れられるわけない・・・
「ええ・・・私達もいつでも会いにいけるわ」
情けないことに、またじわっと直哉の目に涙が溢れる
グス・・・「また・・・授かると思う?」
「それはあなた次第じゃないかしら?」
直哉はじっと動かず、紗理奈に言われたことを考えた
そして意味がわかってハッと紗理奈の顔を見る
彼女の表情は悲しみの中にも、いつもの微笑みが戻ってきていた
紗理奈が思わせぶりな視線を彼に向け、直哉が希望に満ちた瞳で紗理奈を見つめた、子供を失ってから初めて彼女が自分に、微笑んでくれている
間違いない・・・
完全ではないかもしれないが、彼女は立ち直ってくれたのだ、いてもたってもいられない
グスッ・・・「ええいっ!愛してるっ!紗理奈・・・頼むから早く元気になれっっ!!」
「キャァ!ナオ!危ないわ!」
「俺が落とすわけないだろう!いい加減信じろ!」
紗理奈を抱え大股でベッドに仰向けに寝かし、ガバッと上に覆いかぶさりギュッと抱きしめる、紗理奈も背中をそらし直哉の首に抱き着いた
「今の君はこわれものだ・・・力の限り抱くことができないっ!もどかしいっっ!俺がどれだけ愛しているか、この体でわからせたいのにっ」
「すぐよ!すぐに元気になるわ!それまでもう少しだけ待って・・・」
直哉の温かい体に包まれ、紗理奈の心に生きる希望が湧いてきていた、私はこの人をこんなにも愛している
顔と顔はほんの数センチほどしかはなれていない、家族を持つのをあれほど嫌がっていた人が、こんなにも私達の事を考えてくれている
「・・・・ずっと考えてたんだ・・・マルは女だったんじゃないかな?・・・君にそっくりな・・・」
「私はあなたにそっくりな男の子だと、思っていたわ・・・ 」
グス・・・「やっと・・・一緒にマルの話ができるな」
「ええ・・・待たせてごめんね・・・ 」
二人は手を繋いだままじっと横たわり、お互いの顔をいつまでも見つめ続けた
天国に行った可哀想な、私達の天使・・・・
でもまたきっと来てくれる、ここに二人の希望の灯が宿った
そしてハッキリ自覚した、この愛は悲しみを乗り越え・・・・
きっと二人で前に進めると
「愛してる・・・紗理奈・・・」
紗理奈も微笑んだ
「愛してるわ・・・ナオ・・」
その夜直哉は紗理奈を抱きしめ、壊れたテープレコーダーのように
「愛してる」と一晩中囁きつづけた
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