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翌日、雅樹は有給休暇を取り和田の母屋で両親を交え離婚について話し合う事となった。その後は叶家に事の顛末を説明する為に詫びに行かねばなければならない。
(…俺が悪い)
企業提携を確固たるものにする為の結婚には最初から無理があった。然し乍ら選択肢は幾つもあった。
(…あの時)
一度両家の縁談を白紙に戻して欲しいと叶家に頭を下げた際、実は木蓮に懸想していると正直に打ち明ければ良かった。
(…あの時)
睡蓮が自宅に手料理を持参し始めた頃、木蓮を娶りたいのだと両親に意思表示をすれば良かった。
(…あの時)
木蓮と瓜二つの睡蓮のいじらしい姿に情が湧いてしまったのも事実だ。
(…あの時)
企業間で金銭的援助があったとしても睡蓮ではなく木蓮を選ぶ事も出来た。
(これは問題を先送りにしていた俺へのしっぺ返しだ)
結果、夫婦生活は2ヶ月程度で破綻し睡蓮を傷付けただけではなく両家に軋轢を与える結果となってしまった。雅樹は隣のゲストルームで眠る睡蓮を思い胸が痛むと共に今後の展開に頭を抱えた。
明日、和田家で離婚に至った経緯や財産分与について話し合う事になった。次に実家の両親に離婚の理由を納得して貰う為、なにひとつ隠す事なく洗いざらい打ち明けなければならない。
(…….恥ずかしい)
確かに見合いの席で雅樹に心を奪われたが真剣に結婚を望んだ訳では無かった。
(どうかしていたわ)
雅樹が木蓮を選んだと知った時、激しい嫉妬心が芽生えた。
(愚かすぎるわ)
結婚前、いや結納前から雅樹とは性が合わない事を肌で感じていた。それにも関わらず木蓮に負けたくない一心で縁談を進めた。
(馬鹿じゃないの)
雅樹は睡蓮を気遣い優しい言葉で話し掛けてくれた。ところが睡蓮はいつもそこに木蓮の気配を感じ刺々しい言葉遣いや態度を取ってばかりいた。
(勝手よね)
そして木蓮への当て付けの様に結ばれた雅樹との夫婦生活は2ヶ月程度で破綻、しかも離婚届を雅樹に叩き付けたのは睡蓮自身からだった。
(都合良すぎるわ)
ただそこに伊月が現れなければ睡蓮は苦虫を潰した様な面持ちで、雅樹と殺伐とした結婚生活を送っていたに違いなかった。
(軽蔑されるわ)
伊月の背中を追って九州に行きたいと言い出したら両親は嘆き悲しみ、木蓮には蔑まれるに違いなかった。
(最低だわ)
睡蓮は自分の身勝手さがどれ程の人間を傷付け、これからも傷付けてゆくのかと自分自身を責めながら夜明けを迎えた。
睡蓮と雅樹の名前が並んだ離婚届を見た雅次と百合は言葉を失った。睡蓮の左の薬指に結婚指輪は無く、目の前の出来事が事実である事を示していた。
「雅樹、これは如何いう事なの」
「それが、俺も昨日突然」
「私たちが跡継ぎの事を言ったからか?」
睡蓮は深々と頭を下げ違うとだけ答えた。
「雅樹…….睡蓮さんと…….あの」
「睡蓮さんと関係が無いというのは本当なのか」
雅樹は視線をテーブルに落とし小さく頷いた。
「なんで、なんでこんな事に!叶さんとの約束が反故になるじゃ無いか!」
その言葉に雅樹は父親を凝視し声を荒げた。
「そこが間違いなんだよ!会社が結婚するんじゃない!俺が結婚するんだ!」
「縁談前はどちらでも良いと言っていたじゃ無いか」
「睡蓮の前でそんな事を言うな!」
睡蓮は膝の上で握り拳を作っていた。
「如何して俺が出張している間に縁談を進めたんだ!」
「それは、ねぇ。睡蓮さんの方が行儀作法が宜しくて…..お仲人さんもそう仰っていたから和田の家風に似合っていると思って」
「…俺は家の為に犠牲になったのか!」
「雅樹、おまえこそ睡蓮さんに失礼だろう!」
「ごめん」
「いえ、本当の事ですから」
気まずい空気の中、母親が口を開いた。
「じゃ、お金の事は如何考えているの?」
「金?」
「慰謝料とか….財産とか」
百合は息子と嫁の離婚で何はさて置き金銭面を気に掛けている様子だった。
「…….母さん!」
「いえ、大切な事ですから」
「睡蓮」
「雅樹さんと話し合った結果、互いに慰謝料は不要という事になりました」
「マンションは如何するの」
「売却して頂いてその金額を分割、財産分与として下さい」
「そ、そう」
機械的な睡蓮の声。思いの外少額で話が進む事に安堵した百合は離婚届に手を伸ばした。
「証人は如何するの」
「両親でも大丈夫だから父さん、頼む」
「そうか、もう決めたのか」
睡蓮と雅樹は頷いたが離婚届を見た雅次は怪訝な顔をした。
「この田上伊月とは誰なんだ」
「私の主治医です」
「そうか」
「はい」
雅次は万年筆を持ち印鑑を捺した。