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ストーリー作るの上手ですね!フォロー失礼します。
それはまるで、じわじわと水に侵食されるように。
それはまるで、周りを炎で囲まれるように。
それはまるで独りであることの証明ができてしまう焦燥のように。
時刻は午後11時47分。
「ただいま…」
ガラガラと古い家によくある特徴的な音を小さく響かせながら、
いつもの様子からは思い浮かばない様に重く暗く、低く虚ろに声を上げたのは、
この松野家の次男、松野カラ松だった。
“あの日”、幼馴染の友人に金銭問題で誘拐及び海に拉致された日。
今となっては少し珍しくもあるガラケー越しに聞こえた音声に思わず遠い目をした。
今はもう思い出せないが、何かとてもふざけたような、くだらない理由で一度この家の前に戻ってきた。
しかし気付けば周りはあっという間に火の海。…いや、中世の魔女狩りの火炙りに
近しいものだった。
何かとても怖かったような気がする。
怒ってるような、不快といったようなあいつらの顔が見えて、その瞬間頭に強い衝撃が起こったと思ったら病院のベッドの上で…もういいや、考えたくない。
まぁとにかく、カラ松のメンタルはもうボロボロだった。
今までにないほどに打ちのめされ、絶望していたのだ。
家の中には誰もおらず、あの夕焼けを思い出して余計に被害妄想が進む。
おいてかれた、すてないで、まって、なんでぼくばっかり。
そんな考えが頭の中を支配する。
カラ松はその思考を振り払うように歩き出した。
とはいっても、今はまだギリギリ兄弟達は寝ていないだろう。
寝るまで居間で待つ?…いや、もし降りてこられると面倒だ。
今日は。
今日だけはあいつらに会いたくない。
そんなことを考えながら少し立ち止まっていると、松代が現れた。
「あらカラ松、お帰りなさ……」
虚ろな目をして全身包帯だらけのカラ松を見た松代は長年六つ子達を育ててきただけのことはあるのだろう、すぐに察し、客間に布団を敷いてくれた。
カラ松にとってこれはだいぶありがたかった。
今にも倒れそうなほど傷が痛むからだ。
「…ありがとう。”お母さん”。」
カラ松は用意してもらった布団に身体を起こしながらも楽な体制をとった。
これだけでも幾分か痛みがマシになった。
「…どういたしまして。…でもね、カラ松。今はまだ話さなくてもいいわ」
「…?」
「だけど、いつかは話してほしい。」
「…」
「…頑丈なあなたがここまでなる程の事があったんでしょう。きっと私なら、いや、他のニート達でも耐えられない様な事でしょうね。」
「…ッ」
今すぐにでも泣き縋りたくなるような衝動に駆られたが、それは次男のプライドが
許さない。だが松代はそれすらもお見通しというように、
「…今は、カラ松は次男じゃない。私の大切な息子よ。」
と言い放った。
その瞬間、涙腺がまるで決壊したかのように涙が溢れた。
カラ松は涙を見られた恥ずかしさ、松代の優しさに対する嬉しさ、兄弟達に置いて行かれたことの悲しみ、叫び出し泣き喚きいっその事消えたいというドロドロした感情が混ざり合って何とも複雑な心情だった。
「…」
「…なんでこの子はこんな静かに泣くのかしら。」
嗚咽すらも出さずに静かに涙を流し続けているカラ松に松代は疑問に思った。
するとカラ松は、
「…だって、」
「ん?」
「…俺、がまだ子供だった頃、さ、」
「うん。」
「…俺が、おそ松兄さんたちと、喧嘩、したんだ。」
と、ポツポツと理由を語りだした。
「…うん。」
「…その時、殴り合い、の大喧嘩になっちゃって、」
「…」
「…おれ、泣き出したんだ。いたい。やめてって。」
「…」
「でも、皆怒ってて、歯止めが効かなくて、」
「…それで、どうしたの?」
「それで、それで、おれ、」
返事や相槌を打ちながら話を聞いていると、カラ松から少しずつ嗚咽が漏れ出して、それを隠すように会話が途切れ途切れになった。安心しながらも、松代はそっとカラ松を宥め、
「カラ松。ゆっくりでいいの。話してくれる?」
「…うん。」
少し呼吸を整えて、カラ松はもう一度話し始めた。
「…皆が、俺に言ったんだ。」
「うん。」
「うるさいって。喋るなって。泣くなって。」
「うん。」
「でも、おれは、全然泣き止まなくて、」
「うん。」
「みんな、どんどん殴るのにちからがこもっていって、」
「…誰かが、おれに言ったんだ。おれは、おれは、」
要らない奴なんだって。
「だから、だからこうやって、うるさくしないでいれば、みんな、おれのこと、みてくれるかもって、そう、思って、たのに、」
告げるカラ松を見て、松代は目を見開く。
そんなことはない。ほんとにそう思ってるわけじゃない。慰めの言葉を考えていた。
すると、その一瞬のうちにカラ松は思い出してしまったのだろう。あの夕焼けを。
どっと胸の中にしまい込んでいた思いが溢れ出してくる。
カラ松はうわごとを繰り返し泣いていて、しかも、相当辛かったのだろう。過呼吸になっている。
「なんで、カヒュッなんで”ぼく”はだめ、なの、ヒュッ、なんで、ぼく、ばっか、ヒッ、り」
「!!」
カラ松は、本来の一人称は『ぼく』だ。
ただし本人はそれを嫌っている為ふとした瞬間や、それを隠し切るほどの余裕がない時、つまり弱りきってもう限界まで来ているというときなどにしか出てこない。それが今出ているということは。
「カラ松!」
そう、カラ松は今、相当まずい状況なのだ。
「ハッなんでヒヒュッ、やだ、置いてか、ないで、捨てないで、カハッ、ぼく、がんばっ、たのにぃっ、フゥッ、なんでこっちみて、くれないの、なんで、ハアッ、なんでぇ…っ」
手で顔を抑えながら蹲るカラ松は、もはや、松代とは違う景色を見ているのだろう、目の焦点があっていない。
松代は、酷く焦りながらも、自分を冷静に保ち、カラ松の片方しか自由のない目を手で覆った。
「カラ松。大丈夫。大丈夫よ。母さんが居るわ。絶対にあなたを一人になんて、させないから。」
「フゥーッ、ハァッ、…ほんとに?」
「えぇ。本当よ。だからねカラ松。まず、ゆっくり息をして。」
「わかった」
段々と呼吸も落ち着いてきた頃、カラ松の体がぐらりと重力に従って落ちた。
寸での所で受け止めたが、松代の筋力では成人男性一人を持ち上げる事などできず、せいぜいクッション代わりになっただけだった。
だが、そのおかげでカラ松の体が異常なほど熱いことに気がついた。
泣き疲れたせいか、怪我の出血によるせいか、もしくはそのどちらもか…
包帯には血が滲んでいたし、先程まで盛大に泣いていたのでおそらく後者だろう。
「…急いで冷えピタと氷枕を用意しないと。」
時刻は2時31分。
誰もが寝静まった夜中に、少し焦り気味な足音と、誰かの泣きながら魘されている声が小さく響いた。