テラーノベル
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灰色の世界に、突如として極彩色の「甘味」が降ってきた。
蓮にとって、世界は退屈な砂の味しかしない場所だった。
ステーキを噛めば繊維質の塊、果物を口にすればただの水。
味覚を失った『フォーク』として生まれた蓮は、
食事という行為そのものを嫌悪していた。あの日、
大学の講義室で彼の隣に座るまでは。
「あの、消しゴム、落としましたよ」
声をかけてきたのは、頼りなさげに微笑む真冬だった。
その瞬間、蓮の鼻腔を突き抜けたのは、焦がしたカラメルと濃厚なバニラの匂い。
脳が焼き切れるほどの甘香に、蓮の喉が鳴った。(――見つけた。俺の、ケーキ)それからの蓮の行動は早かった。
怯える真冬に優しく近づき、時間をかけて外堀を埋めていく。
友人関係を断たせ、バイトを辞めさせ、
最終的には「ストーカーに狙われているから」と嘘を吐いて、
自分のマンションに囲い込んだ。
「蓮、くん……本当にここに居ていいの?」
薄暗いリビングのソファで、
真冬が不安げに袖を引く。
彼は自分が、フォークを狂わせる『ケーキ』である自覚が全くない。
「当たり前だろう。真冬はここにいるのが一番安全なんだ」
蓮は微笑み、真冬の細い首筋に顔を埋めた。
吸い込むだけで、脳が痺れるほどの甘い香りが立ち上る。
真冬はビクリと身体を跳ね上げたが、拒みはしなかった。
すっかり蓮に依存しきっているのだ。
「蓮くん、あったかい……」
「真冬、今日もすごくいい匂いがする」
「え? 俺、香水とかつけてないよ?」
不思議そうに首を傾げる真冬の唇に、蓮は容赦なく自身の唇を重ねた。
「んむ……っ!?」これまでの優しいキスとは違った。
蓮の舌は、真冬の口内を貪るように、抉るように蹂躙する。
味のない世界で、真冬の唾液だけが、
とろけるような最高級のハチミツの味がした。美味い。美味くて、狂いそうだ。もっと欲しい。肉を食いちぎり、血を啜り、骨の髄まで味わい尽くしたいという凶暴な衝動が、
蓮の理性をじりじりと削っていく。
「は、ぁっ、れん、くん……いたい、苦しい、よ……」
真冬の目から涙がこぼれ落ちる。
その涙を指ですくい、
蓮は舌先で舐めとった。塩気すら愛おしい、
極上の砂糖菓子。蓮の視線は、
真冬の白い首筋に釘付けになっていた。
ここを噛みちぎれば、どれほど甘い血が溢れ出るだろう。
想像するだけで、フォークとしての本能が歓喜に震える。
「……ねえ、真冬」
蓮の声は、低く、酷く泥のように濁っていた。
「俺、実はね、味がわからないんだ。何を食べても、砂の味しかしない」
真冬は涙を浮かべた目で、驚いたように蓮を見つめた。
「え……? じゃあ、いつも作ってくれるご飯も……?」
「そう。でもね、真冬だけは違うんだ。真冬の涙も、髪も、肌も、全部……頭が狂うくらい甘い。俺にとって、君だけが唯一の食事なんだよ」
蓮は真冬の手を取り、
その細い指先を一つ、
口内に含んだ。歯を立て、
わざと痛む強さで甘噛みする。
「ひあうっ……!」
「もっと真冬の全部を、味わいたい。
食べてしまいたい」その瞳に宿る、
捕食者としての剥き出しの飢餓。
真冬は初めて、自分が「愛されている」のではなく、
「狙われている」のだと本能で理解した。
身体が恐怖でガタガタと震え出す。逃げなければ、本当にこの男に骨まで喰い尽くされる。「嫌、いやだ、蓮くん、怖い……離して……!」
真冬は必死に蓮の胸を押しのけようとした。
しかし、フォークの執着を前に、ケーキの非力な抵抗など無意味だった。蓮は真冬の両手首を片手で軽々と押さえつけ、
逃げられないようにその身体にのしかかる。「逃がさないよ、真冬」底の知れない暗い瞳が、真冬を見下ろす。
「君の居場所はもう、この部屋にしかない。
俺に美味しく食べられるのが、君の幸せなんだ」
真冬の首筋に、蓮の鋭い犬歯が押し当てられる。
じわりと皮膚が裂け、
一滴の血が滲んだ瞬間、部屋中に爆発的な甘い香りが満ちた。
「あ、が……っ」
恐怖と、首筋に刻まれる鋭い痛みに、
真冬は声を上げる。
しかし、それ以上に、蓮の歪んだ愛の重さと、自分のすべてを欲される圧倒的な快感に、真冬の思考はドロドロに溶かされていく。
(ああ、俺はもう、この檻から出られないんだ――)恐怖に震えながらも、
真冬の身体は、自分を貪るフォークの熱を、
拒みきれずに受け入れていくのだった。
コメント
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◆ 寺島あおいの感想 「甘やかな檻から、逃げられない」第1話、一気に引き込まれました……! 味覚のない“フォーク”である蓮が、唯一甘く感じる“ケーキ”の真冬に執着する設定がもう、中毒性しかない。優しく囲い込むそぶりからの、あのキスシーンの豹変ぶり、ゾッとすると同時に目が離せませんでした。真冬が初めて恐怖を自覚する瞬間の描写が切実で、「食べてしまいたい」という蓮の剥き出しの飢餓と、それでも抗えない快感に溶かされていく真冬の対比が生々しい……。続きが気になって仕方ないです!
#ご本人様には関係ありません
みら

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