アイリスとの模擬試合を行った翌日。
俺とルナは今日も依頼を受けるためにギルドへとやってきていた。するとギルドへと入ってすぐにも関わらず俺たちを見つけたギルド長が急いで駆け寄ってきた。
「お、オルタナ…王女殿下がお待ちだから早く応接室まで来てくれ…!」
慣れない王族の対応という重役による緊張で顔色が悪いギルド長。
まだ午前中にもかかわらずすでにギルドで待ち構えている王女って怖すぎる。一体どれほど早くから来ていたのかギルド長の顔色から何となく察する。
「はぁ…分かった。すぐに行こう。ルナはここで待っていてくれ」
「…あの、オルタナさん。私も同席してもいいでしょうか?」
「…別に構わないが、何かあるのか?」
王族と対面するのは緊張するだろうと思ってここで待っていることを提案したのだが、まさか彼女から同席したいと言い出すとは思わなかった。
「と、特に何かあるわけではないですけど…やはり今は私たちパーティですし、もしかしたら何かの依頼とかだったら一緒に行った方が良いかもって思いまして…」
「まあ確かに、そうだな」
そういうことで俺たち二人で応接室で待っているアイリスの元へと向かうことになった。正直、ルナの予想もあながち間違いではなさそうなところが少し面倒なところだ。
彼女だったら依頼という形で魔法を教えるということを俺に突き出してくる可能性も十分にある。今まで不要不急の貴族からの依頼を多く断ってきたが、王族がこうして直接依頼してきたものを断るのはかなり難しい。
この国において現国王への信頼は非常に厚く、それに続く彼女たち王族への信頼もかなりあるために正当な理由なく王族からの依頼を断るのはかなり悪手だ。
この場合、ギルドの信用にも関わってくるので断ればギルドからの不信も買ってしまう恐れがある。
俺はこれからの展開を色々と想定しながら憂鬱な気分になるが、もうなるようにしかならないと覚悟を決めて応接室へと入る。
するとそこにはソファに座って優雅に紅茶を嗜んでいるアイリスの姿とその側で立っている騎士団長の姿があった。その様子に少し昔の貴族だったころの風景が頭をよぎる。
「あっ!オルタナ様!!いらしてくださったのですね!!」
こちらに気づいたアイリスが嬉しそうな笑顔で立ち上がり、制服のスカートをつまんで上品なお辞儀をする。流石は王女、昨日のことが嘘のような気品あふれる姿である。
俺たちはアイリスに座るようジェスチャーされたので彼女の対面にあるソファに座って早速本題について話し始める。
「王女殿下、早速ですが今日はどのようなご用件でしょうか?」
「そうですね、まずは一つ目は昨日の件について私から謝罪と感謝の意をお伝えしたくこうして伺いました。昨日は突然オルタナ様に模擬試合をお願いし、大変ご迷惑をおかけしましたこと謝罪いたします」
するとアイリスは座りながら深々と俺に向けて頭を下げる。
普通は王族がこうも軽々と頭を下げるものではないが、彼女はというと礼は王族であろうと誰であろうとしっかりと尽くさないといけないという考えを昔から持っていた。
「王女殿下、頭をお上げください。昨日のことは急なことに戸惑いはしましたが、こうして改まって謝罪いただくようなことではありません」
「寛大なお心に感謝いたします。昨日はあの勇者や賢者などの超人的な偉業を達成した者のみが許されたSSランクに到達されたお方に偶然にもお会いできたもので興奮してしまいまして。ぜひとも私の魔法がどれほど通用するのか挑戦させていただきたいと思ってしまいました。ですので模擬試合を行っていただいたこと大変嬉しかったです」
アイリスは昨日の試合のことを思い出したのかとても嬉しそうに話していた。その後ろで仕えている騎士団長はそんな彼女の様子を見てバレないくらいの小さなため息をついていた。
「ところで、昨日から気になっていたのですがそちらのお方は?」
「彼女はルナ、彼女も冒険者として活動しておりまして今は私とパーティを組んで活動しております」
「る、ルナです!よ、よろしくお願いいたしましゅ!!!」
アイリスがルナの方へと視線を向けたのでルナのことを紹介したのだが、どうやらかなり緊張しているようで最後には見事に噛んでいた。
やはり平民にとっては彼女は雲の上の存在であり、ギルド長も然り普通に話すのは非常に難しいのだろう。そんな状態になってまでこの場に来なくても良かったのに。
「ルナ様、ですね。オルタナ様とパーティを組んでいらっしゃるということはオルタナ様もお認めになる実力の持ち主ということでしょうか」
「い、いえ!!滅相もありません!!!私は一時的にオルタナさんのご厚意でパーティを組んでいるだけなので王女様が考えなさるほどの実力はないと思います。ですのでオルタナさんに魔法を教えてもらいなが…」
「魔法を教えてもらって?!」
すると急にルナの言葉を遮るほどの大きな声を出してアイリスが驚く。その直後、騎士団長の咳払いで我に返った彼女が小さく「失礼しました」と呟いた。
「私のもう一つの用件というのがまさにその件なのです。昨日もお願いをさせて頂いたのですが、ぜひとも私に魔法を教えていただきたいということなのです」
やはりまだ諦めていないか…
最初に昨日の謝罪があった時点で昨日あれから騎士団長にこっぴどく叱られてもしかして諦めたかと思ったが、そんなことで諦める彼女じゃないよな。まあ想定していたことではあるが。
「王女殿下、大変光栄なお話ですがSSランクとは言えただの冒険者である私にそのような大役が務まるとは思えません。ですので申し訳ありませんがお断りさせていただきたく思います」
「…昨日の模擬試合で私はオルタナ様がSSランクたる所以の片鱗を実感しました。私はぜひオルタナ様から魔法を学びたいと思っております。もちろん給金は出させていただきますのでどうかお願いいたします…!!」
「そう言われましても…」
全く諦める様子の無いアイリス。
そして何とかして諦めさせたい俺。
どちらも折れることなく平行線が続いていく。
「ぜひどうか王立学園が夏季休暇の間だけでも構いませんので…!」
「申し訳ありません」
「そこを何とか!!!」
「申し訳ありません」
もう何度「申し訳ありません」と言ったか分からないぐらい彼女からの勧誘は続いた。ただその中で彼女の口から一度も冒険者としの俺に依頼する形を取るということは一度もなかった。
俺が言うのもなんだが、彼女が俺に対して指名依頼という形でギルドに提出すれば俺はかなり断りづらくなる。
だがなぜかその方法は取ろうとはしない。
頭のいい彼女が見落としているとは考えにくいから一体なぜなのだろうか。
「王女殿下、私が言うのもなんですが何故ギルドに指名依頼という形で私に魔法を教えるよう依頼しないのですか?」
俺がそのように質問をするとアイリスは真剣な表情で答え始める。
「…それをすれば私が王族という立場を使ってオルタナ様が断れないという状況を作ってしまうので嫌ですね。私は王女としてお願いしているのではなく、ただのアイリスとして魔法をもっと上達したいと思ってお願いしているのですから」
そうだ、そういえばアイリスは王女として周りから特別扱いされることをあまりよく思っていないのだった。
昔、少し彼女が不満を漏らしているのを聞いたことがある。
──私は『王女様』だからと周りから期待され、私が頑張ってもさすが『王女様』と出来て当たり前のように見られます。だからせめて私だけは自分のことを『王女様』という扱いをしたくないのです。
王女としての立場を彼女は直接的であれ、間接的であれ出来る限り使いたくはないということなのだろうな。
「王女殿下、私以外にも殿下に魔法を教えるにふさわしい人物はいらっしゃると思いますが…」
「いえ、私が誰かにどうしても魔法を教えていただきたいと思ったのは今までたった二人だけです。そのうちの一人がオルタナ様なのです。今の私が教えていただきたいのはオルタナ様だけなのです!!」
「で、ですがそのもう一人の方にお願いすれば…」
俺がそう言うとアイリスは何だか悲しそうな目になる。
何だか触れてはいけない話題に触れた感覚がした。
「…その方は、もうこの世にはいません。学園の先輩だった方なのですが彼にはたくさんのことを教えていただきました。しかしとある事件によってやむなく学園を退学され、その後すぐに不慮の事故で亡くなったと聞きました」
「…大変失礼しました。知らなかったとはいえ、お許しください」
「いえ、構いません。そういえば何だかオルタナ様はどこか先輩に似ているかもしれませんね」
俺はその言葉を聞いて無いはずの心臓がドキッとなる錯覚がした。今の話からするにその先輩というのは間違いなく俺、というか僕の事だろう。
何だか嬉しい話だと思って聞いていたが、オルタナと僕がどこか似ているという発言はヤバイ。どこが似ているというんだ…?!
「ど、どこがその方と似ているのでしょう?」
「ん~、そうですね。見た目も口調も雰囲気も違うのですが…しいて挙げるなら『なんとなく』でしょうか」
な、なんとなく…?
アイリス、君は直感が良すぎはしないか…?
やはり彼女にこれ以上関わるのはまずい気がする。
「まあ、そのことは置いておいて!どうでしょう、私に魔法を教えてはくださいませんか?」
「申し訳ありませんが…」
俺が再度断ろうとするとアイリスが手を伸ばして俺が喋るのを制止する。そしてゆっくりと立ち上がって再び上品なお辞儀をした。
「やはりお返事は明日に致しましょう。私たちが王都に帰るのは明後日ですし、返事を焦ることもないですね。ではもし良ければ明日の正午、ここの領主邸まで来ていただけますか?」
「…分かりました」
「ありがとうございます!いい返事をお待ちしていますね」
俺の返事を聞いてにこっと笑顔を向けると騎士団長を連れて部屋を退出していった。どうせ今答えを求めても断られると察した彼女なりの抵抗なのだろう。
本当に昔から諦めの悪い王女様だ。
昔は根負けしたが、今回はそうはいくまい。
「王女様、凄い熱烈でしたね」
「ああ、簡単には諦めてくれそうにないな」
俺たちは互いに顔を見合わせて苦笑いをする。
ルナにもアイリスの諦めの悪さが分かったのだろう。
そうして俺たちは今日も冒険者として依頼をこなすべく、二人で応接室から出て依頼掲示板の方へと向かっていった。
明日、領主の屋敷に行かないといけないようだから今日のところはサクッと終わりそうな依頼を探すとしようか。
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