テラーノベル
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うそだ。
「ごめ…んね。」
彼女の声は掠れていて、今にも消えそうだった。
うそだ。どうして、どうしてそんな顔をするの、どうして、ずっと私の側にいてくれないの。
救急車のサイレンが耳に刺さる。それがどこか遠くで鳴り響いているような、そんな気がする。
赤い光が目の前まで迫り——
何かが、切れた。
・・・
起きて、という声が聞こえる。朝の気怠い体を何とか持ち上げ、目を合わせる。
「こんな朝早くから何?」
今日は学校だよ、と言われた。ああ、そうだった。今日は月曜日だ。
顔を洗い、朝食を食べ、着替えて髪を整えて。
「どう?」
と聞けば、今日も可愛いよと返ってくる。いつも通りの朝で、いつも通りの日常。隣には彼女がいて、顔を見ればいつでも微笑み返してくれる。
頬が自然と上がり、気分が高揚する。
「行ってきます。」
靴を履いて、玄関を出て——彼女と共に登校する。
・・・
朝の教室はとても賑やかで、退屈しない。色んな話が聞こえるし、色んな話ができる。今のトレンド、かわいいもの、かっこいいもの——けれど、今日の朝は違った。
「おはよ……?」
教室はとても静かで、なんだかお通夜のようだった。ほんの少しだけ聞こえていた話し声も、私が入った瞬間に消え去った。
私、何かやったかな?不快な思いでもさせちゃったかな?
不意に、ガタンと音が聞こえた。私の名前を呼び、近づいてくる女子。あまり接点のない子だった。
「大丈夫なの!?」
だからかな。とても失礼な事を聞いてきたんだ。
「何が?」
「——さんのこと!」
「?」
よく分からなかった。彼女の言っている意味が分からなかった。だって、私の恋人は、ここにいるのに——。
そう伝えると、彼女は俯いて踵を返した。
「バカなこと聞いてごめんね。」
空気が肌にピリピリと刺激を与える。どうしてこんなに重いんだろう。どうして、あんなことを聞いてきたんだろう。なんだか今日は、みんなおかしい。彼女に聞いても、分からないと返ってくる。そうだよねと笑いながら、席に座る。
「ねぇ」
今度は、親友が話しかけてきた。顔を上げて、何?と応える。
「——がいるって、本当?」
ああ、ついに親友も狂ってしまったか。それを態度に出さないように、普通に、笑って、
「いるよ?」
「っ——!」
親友は、膝から崩れ落ちてしまった。また空気が張り詰め、私は思わず立ち上がった。なんで皆、こっちを見てるの?なんでみんな、そんな悲しそうな顔をしてるの?
「現実を見ろよ!」
親友が怒鳴ってきた。わけがわからず、一歩、また一歩と後退りしてしまう。やがて窓にぶつかり、下がれなくなる。
「なんで、なんでそんな——」
「もう……いないじゃん……」
いるよ。確かに彼女はここに——
左、私の席の真後ろを見ると、花瓶が置いてあった。とても小さな花瓶だ。
「何これ…。これじゃあまるで——」
ここから先は、言えなかった。思考が現実に引き戻される感覚がし、頭が痛くなる。
「——が死んだみたい。」
親友が、代弁してしまった。
「違う」
違う、違う、違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う!
「違う!——はまだ、生きて……」
鋭い痛みが、頬を走った。
「もう分かってるはずだよ!ちゃんと現実を見てよ!凛!」
親友は、涙を流していた。
違う。
顔を手で覆い、一歩前に進む。
違う。
座っている彼女も立ち上がり、手を取ってくれる。現実は、ちゃんと見えている。
立ちはだかる親友を押し退け、手を自由にしてから、教室から飛び出した。けれど体はとても重くて、なかなか前に進めない。そんな気持ち悪さがどうしても拭えない。
階段の手前で急に手が引っ張られた。彼女が、私を引っ張った。
凛、分かってるんでしょ。
彼女は言った。
分からない。理解したくない。
自然と手に力がこもる。涙が勝手に溢れ出してくる。
だって、だって、
凛、もう、私は——
言わないで。これ以上言わないで。そしたら、貴女まで消えちゃう。
私の意思とは関係なく、彼女は口を開いた。
ごめんね。と。
前が見えない。光が散乱して、焦点が合わない。慌てて目を擦ると——
分かってた。理解ってた。でも、受け入れたくなかった。
——もう、彼女の姿はなかった。
体の力が抜け、後ろに体重が引っ張られる。これで良いんだ。これで私も——
「凛!!」
親友の声が聞こえた気がした。そこで頭に衝撃が加わり——
・・・
「……」
目を覚ますと、ベッドの上だった。どうやら保健室のようだ。
「起きた?」
カーテンを開けると、保健室の先生が優しい笑みを浮かべていた。けれどそれはどこか悲しそうで、私は察してしまった。
「凛は——」
彼女は首を振った。
分からない、だと信じたかった。
「ついさっき——訃報が。」
そっか。
手に力がこもり、顔が歪む。上唇が歯にあたる。
親友を、2人も失ってしまった。どうしてあんなこと言ってしまったんだろう。幻影を追いかける彼女が見てられなかったから。
違う。私を、見て欲しかったからだ。
「凛っ……」
視界も歪み、勝手に感情が溢れていく。
してもし足りない後悔。どんどん押しつぶされていくみたいだ。心が痛む。
「先生、私、どうすれば良かったのかな……」
過去はもう取り返せないと知っているのに。間違っていた。私は、間違っていたんだ。先生ならば、正解を教えてくれるはず。
「分からない。」
抑揚のない声だった。求めていた答えとは遠く離れていて。
全身の力が抜けた。
過去はもう、戻らないんだ。今を生きていくしかないんだ。けどそこに親友はいなくて。
頭が急にクリアになり、バカらしくなってしまった。
「先生、屋上って開いてますか。」
「……その道は選ばない方が良いわ。2人が悲しむ。」
分かってる。じゃあ、私はどうしろと——
「考え続けなさい。そして、2度と同じ過ちを繰り返さないこと。それを罪滅ぼしにするの。」
「……」
「壊れないでね。」
先生はそう言い残して、保健室から出ていった。
ベッドに寝転がり、目を瞑る。もういいや。今後のことは、今後の私に考えさせよう。今はもう——疲れた。
コメント
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主人公かわいそう…としか言える言葉がない…