* **葵と燕は幼馴染だった**
* 昔は仲が良かった(小学生〜中学くらい?)
* でも、何かの理由で疎遠になっていた
* **この夜、葵は偶然、夜の店で働く燕を目撃する**
* 「七瀬燕」という名前を聞いて、**初めて“あの燕”だと気づく**
* 衝撃と混乱、でも懐かしさと“また会えた”という感情が交錯 *
第一話:ネオンに咲く名前のない花
夜の風が、夏の終わりを運んでくる。
湿気を帯びた空気の中、繁華街のネオンが滲んでいた。飲み屋、キャバクラ、パチンコに風俗。呼び込みの声と排気ガスの匂いが混ざるこの裏通りを、樫音葵(かしね あおい)は軽い足取りで歩いていた。
「今日も最高だったー!」
大学のサークル仲間と飲んだ帰り。にぎやかな笑い声がまだ耳に残っている。
陽気な性格の葵は、いつも人に囲まれて笑っていた。でも、ふとひとりになると、どこか胸の奥がひんやりすることがある。今夜もそんな気配が、ほんの少しだけ、胸をかすめていた。
その時だった。
いつもは素通りする黒い扉の前で、足が止まった。
店名は英語で書かれていて、意味はよくわからない。でも、どんな店かは一目でわかる。女の子のシルエット、赤く光るネオン、そして仄かに漂う甘くて重たい香水の匂い。
──風俗店。
通り過ぎようとした、その瞬間だった。
扉が、開いた。
中からふわりと現れたのは、一人の女性だった。
長い黒髪が風に揺れ、細くて白い腕がネオンの下に浮かび上がる。黒のワンピースが夜の闇と溶け合って、彼女の存在をより幻想的にしていた。
──きれい、って思った。
思わず目が離せなかった。体が勝手に、振り向いていた。
「……きれい」
無意識に、口からこぼれていた。
女性の瞳がこちらを向いた。感情の読めない、静かな目。だけどその奥に、微かに揺れる何かが見えた気がした。
彼女も、一瞬だけ葵を見つめた。
そして、歩き去ろうとしたその時。
「……あの、名前、聞いてもいい?」
なぜそんなことを聞いたのか、自分でもわからなかった。ただ、どうしても、このまま通り過ぎてしまうのが嫌だった。
「……七瀬。七瀬 燕(ななせ つばめ)」
静かな声で、彼女は言った。
──え?
頭の中で、何かが弾けた。
七瀬 燕。
その名前は、忘れられるはずがなかった。
幼いころ、隣の家に住んでいた女の子。学校帰りに一緒に遊んで、秘密基地を作って、卒業式の日に「ずっと一緒にいようね」と笑い合った──あの、燕。
まさか。
けれど、その横顔。細くて、白くて、寂しげな目。記憶の中にある、あの燕の面影と重なっていた。
「……つば、め?」
つぶやいた葵の声に、彼女の肩がぴくりと揺れた。
でも振り返らないまま、燕はネオンの海へと溶けていった。
葵はその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が、熱く、苦しく、そしてなぜか懐かしく疼いていた。
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