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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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明日から中間テストのため午前中で家に帰って来ると、俺より後に登校したはずのさとにぃがすでに帰って来ていた。


「おー、おかえりぃ。ジェル、ゲームやるべー」


「えっ!ええのっ?」


高校生のさとにぃは、なんやかんやと忙しくて、俺とは滅多に遊んでくれない。 貴重なお誘いに、俺はカバンをソファに置き、学ランのまま、さとにぃの横に座って、コントローラーを握った。


「なにするべ?」


「テトリス!」


はりきって答えると、さとにぃが「ぶはっ」と笑った。


「ガチやん、ジェル」


「だって、さとにぃに勝ちたいもん」


「よーし、やるかぁ」


「ぜったい負けない!」


よし、と気合いを入れたところで、ガサガサボイスの邪魔が入った。


「ジェルくん、ゲームなんかやってる場合じゃないでしょ」


「………」


ころにぃもいたのか、と眉間にしわが寄る。


「明日は苦手な数学のテストでしょ。勉強したら?」


俺を押しのけるように、さとにぃの横に座った彼は四番目の兄。押しのけただけではなく、ぼくの手からコントローラーまで奪って、


「中学生なんかとやってもおもろくないって。僕とやろ」


「ころにぃ…っ!」


あまりに悲しくなって、諦めて部屋に帰ろうとしたとき、


「ジェルくーん。帰ってるー?」


玄関の方から、大好きな長男の声が聞こえた。


「おかえりっ。ななにぃ!」


俺はリビングからパタパタと玄関に走り、ななにぃに飛びついた。さっきの四番目の兄の横暴な態度を訴えようとしたら、


「明日は数学のテストだねぇ」


にっこりと笑顔を返された。

う……。


「勉強しなくちゃね?」


優しい声音に、ぼくは俯いてしまう。


「勉強、きらいなんやもん…」


「ジェルくん」


ななにぃが膝を床につき、俺と目線を合わせて、真剣な顔になる。


「勉強、いやだよね? 気持ちはわかるよ。テストなんてなんであるんだろうって思うよね? でもね、勉強は積み重ねだから。いやだからって逃げてたら、この先の人生、きっと良くないよ。俺はジェルくんはいやなことから逃げ出さずに、きちんと努力できるお利口さんだと思ってるよ」


ななにぃの必殺技『説得』もしくは『正論』。返事は『はい』の一択しかない。


「………うん。勉強する」


「えらいね」


頭をポンポンされる俺の後ろで、ころにぃがゲラゲラ笑っている。

……ほんとにもやもやするなぁ。 優しいななにぃは、俺がしょんぼりしてるのをわかっていて、「今日の晩ご飯は、ジェルくんの好きな、なーくん特製オムライスにするね」と言ってくれた。「ケチャップでひつじの絵描いて」 お願いすると、「りょうかい」と笑ってくれて、ぼくの気持ちはちょっと浮上した。


「……日本語、むずかしすぎや」


おれは数学の問題集を前に頭を抱えた。


まず問題の意味がわからない。アレとかコレとか聞かないで欲しい。何でもかんでも移動しないでほしい。長文問題には途中で頭ががいっぱいで、ぜんぜん頭に入って来ないし。 この前の授業参観に、ななにぃがせっかく来てくれたのに、計算式を上手く解けなくって先生に注意されたのを覚えている


「恥ずかしい思いをさせちゃってごめんね…ななにぃ」


ななにぃはぼくをお利口さんって信じてくれてるのに、俺はダメダメで、その信頼に応えられないよ…。  情けなくて、どんどん気持ちが落ちていく。


「ジェルくん?」


「莉犬にぃ…」


萎え萎えのおれの救世主、莉犬にぃが様子を見に来てくれた。


「ぜんっぜんわかんない…!」


「んーどこが?」


「ぜんぶ!」


俺はもうダメだ…このままじゃ、授業参観だけじゃなくて、三者面談も、ななにぃに恥をかかせてしまう。

半分泣いている俺の隣りに座って、莉犬にぃが頭をよしよししてくれる。


「大丈夫だよ。落ち着いて。数学は、丁寧に読んで、丁寧に理解してかみに落ち着いて書けば、答えはわかりやすくなってくるよ」


「……うん……」


莉犬にぃの優しい声が、じんわりと染み込んでくる。 俺が落ち着いてきたのがわかったのか、「じゃあ、ここからここまで、ゆっくり解いてみてくれる?」 俺の勉強に付き合ってくれるんだ。


「ありがとう…じ、じゃあ解くな!」


「うん」


「えっと、…3.4m…」


「うん。ジェルくん」


莉犬にぃは、にっこりと笑って、


「ここの計算式は~~~ね」


「こたえは…?」

これなんて計算したっけ? えっと…


「うん、うん。~~~~ね、だからそこからXに代入すると…」


「えっと…x=~~~…?」


俺のたどたどしい計算式に、莉犬にぃは根気よく頷きながら、「~~~~ね」「ここの計算間違えてるよ」と突っ込んでくれる。


なんとか範囲の問題解き終わった俺をバカにすることはなく、


「ジェルくんはえらいね、かわいいね」


と労ってくれる。 莉犬にぃが学校の先生だったらいいのになぁ…。 ぜったい大人気の先生になるよ。俺の自慢のお兄ちゃん。


「ジェルくん」


莉犬にぃがポンポンと自分のお膝を叩いて、


「おいで?」


小学校低学年くらいまで、俺は莉犬にぃのお膝の上に座って、勉強していた。だんだんと大きくなってきちゃって、重いかなぁと思って、お膝の上に座るのはやめたけど。 久しぶりに、おずおずとお膝の上に座る。


「重くない?」


「まだまだ軽いよ」


大きくなったね、としみじみ言われる。 莉犬にぃは俺の肩の上に顎を乗せて、


「ちょうどいい高さだわ。……俺、もう少ししたら、ジェルくんに身長抜かされそう」


「そんなことないんじゃない?」


小さい時からずーっと見上げていた莉犬にぃを見下ろす日が来るなんて想像できない。


「じゃあ、今度は来週にある音読テストの準備もしちゃおうかおれが読むから」


きちんと聞いておいて。 耳のすぐそばで響く莉犬にぃの声。 …めっちゃいい声。 俺はうっとりと目を閉じる。 俺は文系の勉強が苦手で、理系?はであるけどるぅにぃと同じように耳はいい自信があるんだ。 俺の不協和音な音読とは天と地の差ほどある、莉犬にぃの流れるような朗読。 耳から、キラキラ輝く音が流れ込んで心地よい。


「…ねぇ、ジェル」


「なぁに?」


「さっきの話だけど、兄ちゃんは自分が恥ずかしい思いをしたくないから、ジェルくんに勉強して欲しいわけじゃないよ。ジェルくんが大きくなった時に困らないように心配してるだけなんだ」


「……うん」


そうだよね。 優しい兄ちゃんたち。 俺は兄ちゃんたちに甘えて、甘やかされて、毎日しあわせ。


「俺、明日のテストがんばる」


「えらいなー。じゃあ、問一やってみよ」


「うん!」


その時は、本気でやる気に満ち溢れていた俺。



なのに、次に意識を取り戻したのはベッドの上だった。


身体が揺さぶられ、目を開けると、るぅにぃの顔がドアップであった。


「あ、あれ…?」

「ぐっすり寝てましたね。莉犬兄と勉強してて寝てしまったんでしょう?莉犬 兄、言ってましたよ」


「ま、まじ…?!」


時計を見ると、夜の九時。信じられないことに五時間以上寝てる。


「オムライスがありますよ。お腹空いてるでしょう」


「り、莉犬にぃ、怒ってなかった…?」


勉強するって宣言しておいて、寝落ちなんて。


「怒るわけないじゃないですか」


「そ、そう。…でも、きちんと謝らなきゃ」


「練習させられたらやる気なくなると思いませんか?」


「へ?」


「ジェルくんは周りをよく見れてとかパソコンとかすごい知識あるじゃないですか? 勉強とか関係なく、すごい大きな羽根を持ってると思いますよ」


こ、これは慰められてる…? 意図を掴みかねて、るぅにぃの顔をじっと見る。 るぅにぃは漢字はできないけどだけど、勉強はよくできる。 俺に向けられたるぅにぃの目は、同情でも煽りでもなくて。 ただ、ただ真剣で。 本当に俺には大きな羽根が生えてるんだって信じてる目だった。


「行こっか」


差し伸べられた手を握って、おれはベッドから立ち上がった。


「オムライス、ジェルくんの好きなひつじさん描きましょうか?」


「るぅにぃ、絵うまいけど、なんか違うからやめてや」


「なんですか、なんか違うって」


笑うるぅにぃに釣られて、笑ってしまう。


「ジェルくんの笑い声、ほんとにかわいい」


「るぅにぃ、うるさい」


「てれちゃってるんですか?かわいい!」


「羊はななにぃに描いてもらう約束してるもーん」


俺たちは手をつなぎながら、他の四人の兄弟がいるリビングへと向かった。

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