テラーノベル
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今年も夏がやってきた。
花火大会や夏祭りは毎年恒例の2人で出掛ける大事な行事だ。
今年もまた、アレを着れる喜びを密かに楽しみにしていた……のに
「そろそろ新調しませんか?」
思わぬシンからの提案。
だが、
「まだ、着れるだろ……」
そう言って断った。
あの浴衣をまだ着ていたい。
シンが初めて買ってくれた。
シンが初めて選んでくれた。
シンが似合ってるって褒めてくれた。
そんな浴衣をみんなに自慢するように歩きたい。
恋人からの貰った大切な贈り物だと、見せびらかすように……。
――なんて事、シンには口が裂けても言えねぇけど…。
祭りは、たくさんの人で賑わいをみせていた。
互いに浴衣に身を包み、幾つも並んだ屋台を横目で見ながら、くだらない話で笑いながらゆっくりと歩くこの時間が好きだ。
日が傾き、提灯の灯りが頭上で煌めきだすと、祭りは益々盛り上がり始める。そんな時間も好きだ。
隣を見上げればシンがいる。
にこっと笑って自分を見てくれる瞬間もまた、幸せだと感じていた。
境内を歩いていると親子連れやカップル達とすれ違う。
ふと、疑問に思った。
――自分たちはどんな関係に見えているのだろうか?
友達?年の離れた兄弟?それとも、同僚?
どれも、きっと当てはまらない。
浴衣を着こなし、背の高いシンは周りの目を惹くほどのイケメンだ。そんな隣に並んで歩いている冴えないおっさんは……ただのアラサー店主。
横に並んでるのがおこがましいのではないかと思うくらいに、不釣り合い過ぎる……。
「なにをひとりで百面相しているんですか?」
表情を幾つも変え、悩んでいる様子の湊を不思議そうに見下ろしていたシンは、笑いながら聞いてきた。
シンの隣を歩いているのが、自分で良いのか悩んでいる…。
なんて、みじんも感じていないシンには…
「…いや、別に。なんでもない……」
到底言えるわけがなかった。
「湊さんが、なんでもない。って言う時は、なんでもあるんですよ」
生意気な返しがムカつく。
透かした顔して、人の気持ちを見抜いた風に聞いてくるのもムカつく。
似合い過ぎる浴衣姿が……ムカつく。
ムカつくついでに聞いてみた。
「お前は、普通でいたい。とか、思わねぇの……?」
「どうしたんですか?急に」
「お前なら、…………やっぱいいや…」
これ以上言ったってシンにはわからない。
湊は、口を継ぐみシンから顔を反らした。
シンは少し身を屈め、反らした湊の顔を自分に向けると急に唇を重ねてきた。
「おまっ…!突然なにしてんだよっ!!人が見てんだろっ!!」
焦る湊をよそに
「アンタがまた、ひとりでくだらねぇことで悩んでいるからだろ」
「だ…だからってっ!」
「誰に見られたって、俺は平気です」
シンは真顔で答えた。湊がひとり悩んでいた想いに気づいていた。
そして、それに…と、つづける。
「これが、俺の普通です。湊さんは違うんですか?」
湊の手を取り、つなぎ、見つめてくるシンの瞳から思わず目を背ける。
「俺は…普通じゃ……ねぇから」
ボソッと呟く湊の言葉にため息をつくとすぐさま、「湊さんは普通です…」と、静かに言った。そのシンの声色は少しだけ怒りを押し殺しているように聞こえた。
「前から聞こうと思ってたんですけど。湊さんの普通の定義ってなんですか?」
「定義って……」
「普通って、多数派の事ですよね?」
シンは、さらに湊に近づき腰を引き寄せ抱きしめた。
「おぃ…シン……やめろって……」
身じろぎ逃げようとする湊を逃さないようにシンは湊の腰に回した腕に力を込めた。
シンは周りの目など1ミリも気に留めてなどいない。
「少数派になるのが怖い気持ちもわかります。でもね…無理して自分の気持ちを閉じ込めて、多数派に回ろうとするのは違うと思います。自分の気持ちに素直に生きて、心の底から楽しいって思える場所にアンタが居るなら俺は迷わず少数派(そっち)を選びます。それが普通と言う多数派から離れていたとしても、自分に正直でいられる普通と呼ばれる方じゃない少数派に俺は喜んでなります。………それが、俺の普通です……」
真っ直ぐ見つめるシンの瞳から湊は目が離せない。
たとえ…と、シンは続けた。
「湊さん以外の全てを敵に回したとしても。俺は、後悔なんて絶対しない」
清々しいほど真っ直ぐ言い切ったシンが、眩しいほど愛おしく感じた。
「相変わらず、大げさなんだよっ!ばーかっ!」
そうだ……。
シンは、そう言うヤツだった……。
反論などない。
シンの言った言葉は悩んでいた湊の気持ちをクリアにしてくれた。
「シン…」
「なんですか?」
「楽しいか?」
「もちろん。湊さんが隣にいてくれれば俺はいつも楽しいです。湊さんは?」
「俺は……………。すっげぇムカついてる」
「はっ?なんでですかっ!」
「浴衣………似合い過ぎなんだよっ」
「何を言うかと思えば…」
一瞬呆れ顔になったシンは、ふふっと笑うと「ありがとうございます」と礼を言った。
「それに………」
湊は言いにくそうな顔をして続ける。
「…お前が…浴衣を新調しよう。なんて言うから…」
口ごもりながら言った。
「ずいぶんとお気に入りですね。その浴衣。嬉しいですけど、そろそろ新しい浴衣姿の湊さんも見てみたいです」
「………やだ。お前が…初めて買ってくれた大事な浴衣なのに…お前が褒めてくれた浴衣だから…俺は……ずっとこれを着ていたいのに……」
うつむき、照れながら答える湊は浴衣姿の分だけ上乗せされて、可愛いさが増していた。
「帰りましょう……」
「……怒ったのか?」
「違います。……あまりにも可愛い過ぎて……その………」
今度は、シンの顔が赤くなる。
顔面を隠すようにシンは手のひらで覆う。
耳まで真っ赤だった。
シンのその姿に言葉の続きを湊は察した。
「さすがに疲れたな…帰ろう、シン。………俺たちの家に」
そう言って湊は右手をシンに差し出した。
「はい。湊さん……」
シンはその手を取り、繋いだ。
踵を返し、人の流れに逆らい湊とシンは家路を急ぐ。
帰ろう。
普通の幸せがたくさん詰め込まれている2人の家へ……。
※※※
「あっ、湊さん。西瓜しぇいく。忘れないでくださいね」
「わかってるって、忘れてねぇよ。今年も奢らせていただきます」
――なんでもない。普通の会話。
シンと居るだけで…それだけで楽しい。
普通の毎日が、特別に変わる――。
【あとがき】
何かしていないと、落ちつかない……
そうだっ!シンみな を書こう!!で、書いた作品です笑
それでは、また…
2025.08.06
月乃水萌
コメント
2件
普通って難しいけど、その人が1番ありのままでいれることが普通って言うんじゃないかなと私は思いました。 自分のありのままでいれる、シンみなが幸せそうで少し羨ましいです☺️💞
夏祭りの季節!浴衣!しんみな!はいもう最高!!((語彙力皆無ですみません