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ここのところ順調だった到着便のフライト・スケジュールが、よりによってこんな日にくるってしまうとは! 健太は腕時計を見ながら、早朝からはらはらし通しだった。
大理石でできたターミナル通路を行ったり来たりしながら、搭乗口にいる航空会社の係員に何度目かの新着状況を聞いた。ソウル行きの搭乗口が遠いのなら諦めもつくが、ここから歩けば三分、走れば一分もあればつくのである。
手元のアイテナリーと時計を見ると、上司がトランジット便の送迎を近くのゲートでやっていることがわかった。健太はそこに向かってみると、上司はちょうど最後の客が飛行機に乗り込むのを見届けたところだった。
「何でお前が?」振り向いた上司は言った「十六番ゲートはまさか、もう終わったのか」
「いえ、まだです」
「じゃあ、何でこんなところに」
「それがその、ちょっとお願いがあるんです」
上司はメガホンのように丸めたアイテナリーを手に、そわそわと足踏みしている。
「手短にいいます」と言って、健太は事の次第を話した。
上司はアイテナリーを広げると、そこに書かれた過酷スケジュールのあちこちに目をやった。
「いいか、五分だけだぞ」
健太は無言で立ったままだった。
「何ぼやぼやしてるんだ、さっさと急げ」と上司は言った。健太はハイと返事をして、ソウル行きの搭乗口へと走った。
金髪の老夫婦、スーツ姿のアジア人、手荷物にしては大きな鞄を持つ黒人、再会を喜ぶラテン人男女……いない。
テンガロンハットを被った太った白人男性。いない。
バーカウンターを曲がると、赤いドレスを着た女性とぶつかりそうになった。いない。
コーヒーショップと待合席の間に、ついにツヨシとキヨシを見つけた。
「ミンは?」
健太は背中を汗だくにしている。
「もう乗っちゃったよ」
ツヨシの視線は、停泊中のジャンボジェットから動かない。
窓際に、肩に丸みのあるミエの小柄な背中があった。
ミエの隣に立つと、鼻をすする声が聞こえてきた。胸の前でハンカチを持った指先が交差している。唇は震えている。横顔は涙に濡れている。目は、出発を待つジャンボジェットから離れない。
健太は昨夜のことを思い出した。ミエが納豆をかき混ぜている姿を、である。きっと二人は、あの糸のように粘り強い意志でつながっている。どんなに遠く離れても、それが太平洋ほどに遠く離れても、意志が続く限りつながっている。ミエの心の中で、その糸は尾を引いていくことだろう。そしてこれから、その小さな胸をきつく縛り、締めつけていくこともあるだろう。その痛みがどんなものかは、自分こそが、このターミナル中の誰よりもよく知っている。
でも、不思議と同情する気にはなれない。
「ちょっとの間の辛抱だよ」
健太はミエの肩に軽く手を置いた。いつの間にかツヨシも彼女の隣に立っていて、反対側の肩に手を置いた。ミエは、ありがとねと言ってまた涙をこぼした。