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透明人間が静かに宙に浮かび上がり、透ける体からかすかな光が揺らめく。
「……私はここで皆さんをお迎えする者です。名は――」
その時、突然誰かがドアをノックする音が響いた。
リクたちは緊張しつつ、透明人間の言葉の続きを待った。
「……お出ましですか。」
その声には、普段の冷静さの中にわずかな焦りが混じっていた。
突然、ドアの縁から黒い影がじわじわと滲み出し始めた。
重く不気味な軋み音とともに、ドアがゆっくりと開いていく。
「――来た!」透明人間の声が緊迫感を帯びた。
黒い影は形を変え、獰猛なクリーチャーとなってリクたちに襲いかかった。
透明人間は静かに身を構えると、ひらりと1メートルほどの刀を取り出した。
黒い影が迫る中、鋭い刃先を影に向けて構える。
「ここで引くわけにはいきませんね」その声には決意がこもっていた。
透明人間は静かに身を構えると、ひらりと1メートルほどの刀を取り出した。
黒い影が迫る中、鋭い刃先を影に向けて構える。
「ここで引くわけにはいかない」その声には決意がこもっていた。
透明人間は刀を鞘に戻し、丁寧に頭を下げた。
「お手数をおかけいたしました。こちらで警護を務めております、どうぞご安心くださいませ」
リクが警戒を緩めず尋ねる。
「敵は何者なんだ?あの影は…」
透明人間は冷静に答えた。
「詳細はまだ不明でございますが、この旅館の守護対象を狙う者であることは間違いありません。私も全力で排除に努めております」
アイビーが浴衣の裾を握りしめて言う。
「……でも、ここで休めるのはありがたいよ」
ロビンも同意しながら、透明人間を見た。
「そうだな。礼は言うが、まだ気を抜けないな」
透明人間は軽くお辞儀をし、やや落ち着いた口調で言った。
「かしこまりました。必要な際はすぐにお申し付けくださいませ」
その時、部屋の隅の戸が微かに軋み、次の出来事を予感させた……。
透明人間は静かに手を差し伸べ、ふわりと宙を滑るように進んでいく。
「こちらでございます。お客様方のお部屋をご用意いたしております」
旅館の廊下はまるで現実の高級宿を思わせるような上品な和の設えで、障子には薄い金の装飾が施されていた。足元は柔らかな畳で、歩くたびに微かに香るイグサの匂いが心を落ち着かせる。
「わあ……旅館なんて、初めてかも……」
アイビーがぽつりと呟くと、透明人間が小さく笑ったような仕草を見せる。
「当館は初めてのお客様にも安心しておくつろぎいただけるよう、心を尽くしております」
やがて一つの部屋の前にたどり着き、透明人間はすっと襖を開けた。
中には広めの和室があり、中央にはこたつと、三人分のふかふかの布団が整然と敷かれている。隅には花瓶に挿された季節の花、そして掛け軸には「静心」と書かれていた。
「こちらが本日のお部屋でございます。温泉をご希望であれば、奥に貸切風呂もご用意がございますので、どうぞご遠慮なく」
リクは少し眉をひそめながら部屋を見渡した。
「……罠とかじゃないよな?」
透明人間はすぐに応じる。
「ご安心ください。こちらのお部屋に関しては、何者かの干渉は一切確認されておりません」
アイビーがくすっと笑って、リクの袖を引いた。
「……いいじゃん、たまにはちゃんと休も。お布団……すごく、ふかふかそう……」
ロビンは部屋の隅に立ったまま、障子の外の気配を探りながら呟く。
「ここが嵐の前の静けさじゃなきゃいいけどな……」
リクは少しだけ肩の力を抜き、頷いた。
「……じゃあ、少しだけ休もう」
襖が静かに閉じられ、淡い障子越しの灯が、静かな夜を演出していた。
ふたりは貸切風呂の扉をそっと開けると、中はまるで本物の温泉旅館のようだった。
檜(ひのき)づくりの壁、湯気の立ちのぼる湯船、清潔でほのかに柚子の香りが漂う脱衣所。まるで現実に存在する温泉地の一室のようで、不思議なほどに心が落ち着いた。
「……ほんとに、誰かが作ったみたいだよね。ここ」
アイビーがぽつりとつぶやきながら、壁に並んだ脱衣かごに浴衣の帯を解き始める。
「アイビー……」
リクは目を逸らしながら、同じく自分のかごへ向かう。
「……ちゃんとそっちとこっち、別にしとくからな」
「えー? なにそれ、リクこそ変なとこだけ真面目すぎ〜」
アイビーがからかうように笑い、くるりと背を向ける。
ふたりは背中合わせに、静かに浴衣を脱いでいく。
アイビーの白い肌が湯気の中にぼんやり浮かぶ。傷跡の名残は、リクの応急処置とアイビーの自己再生によってもうほとんど目立たなかった。
「ん……着替えるのって、ちょっと緊張するかも」
湯に浸かる前の空気は、少しだけくすぐったいような、落ち着かないような、けれど優しい雰囲気に満ちていた。
リクはタオルを肩にかけながら、そっと声をかけた。
「無理すんなよ。何かあったら、すぐ言え」
「うん、大丈夫。リクがいるから、安心して入れるよ」
ふたりは、ゆっくりと湯船のある扉を開けた――。
湯けむりの中、洗い場には木製の椅子と桶がずらりと並んでいた。壁際には、懐かしい匂いのする石鹸と、和風の小瓶に詰められたシャンプーやリンスが整然と置かれている。
「……うわ、なんか本格的だね。こういう温泉って初めてかも」
アイビーが桶を手に取りながら、ちょこんと木の椅子に腰を下ろす。
リクも向かいに腰を下ろし、無言で桶に湯を汲んで頭からざばっとかぶった。
「いきなりかぶる!? 冷たくないの!?」
「平気。……なんか、こういう場所、ちょっと落ち着くんだよな」
アイビーは肩をすくめつつ、タオルを手にとって腕を洗い始める。
指先が当たるたびに、小さな擦り傷や打撲の痕がわかる。
「……ちょっと痛そう。私、手届きづらいとこあるんだよね……リク、背中、洗ってくれる?」
「えっ、俺が?」
「変な意味じゃなくてさ、ほら……湯船入る前にちゃんと洗わなきゃって、ルール通りにしたいじゃん?」
アイビーはそう言って、濡れた髪を結い上げ、つんと背を向ける。
リクは一瞬ためらったものの、タオルを手に取り、静かにアイビーの背中に触れた。
彼女の肌は、湯気と湯でほんのりと熱を帯びていて、柔らかく、かすかに鼓動が伝わってくる。
「……くすぐったいかも」
「我慢してくれ。ちゃんと洗うから」
リクは指先に泡をのせ、肩甲骨の辺りから円を描くようにやさしくこすっていく。
傷の周りはそっと避けながら、丁寧に。
「……リクって、意外と優しいよね」
「お前が無茶するから、怪我だらけなんだよ」
「ふふっ……ありがと」
洗い場の静けさの中、ふたりの間に流れるのは、どこか懐かしく、安心できる時間だった。
くるり、とアイビーが突然振り返った瞬間――
リクは思わず、びくりと肩を跳ねさせた。
「っ……わ、わわっ!?」
慌てて背を向けようとしたが、それよりも早く、咄嗟に自分の下腹部を両手で隠した。
顔が真っ赤になっていくのが、自分でも分かる。
耳の先まで熱くなって、まともにアイビーを見られない。
「お、お前、いきなり振り向くなよっ……!」
「えっ? あ、あたし今……あっ……ご、ごめん!!」
アイビーもすぐに気づいて、ぶわっと顔を赤らめた。
慌てて手で胸元を押さえ、背を向け直す。
湯けむりの中で、二人ともばつが悪そうに沈黙した。
ぽちゃ、ぽちゃ、と静かに湯の音だけが響いている。
その音が、かえって余計に気まずさを際立たせる。
リクは咳払いをひとつしてから、まだ顔を伏せたままぽつりと呟いた。
「……だから、こういうときは……せめて声かけろよな……」
「う、うん……ごめん……なんか、話したくなっちゃってさ……」
その声は、少し震えていた。
リクもそれ以上責めることはせず、小さくため息をついた。
「……次からは、頼むぞ」
「うん……!」
気まずさの余韻を残しつつも、ふたりはそろって湯船へと向かった。
ゆっくりと足を湯に浸し、腰を沈めていくと、ぽわん、と小さく湯けむりが立ちのぼる。
「……はぁ~……」
アイビーが思わずうっとりとした吐息を漏らした。
湯の温度はちょうどよく、冷えた身体の芯までじんわりと温かさが染み込んでいく。
リクも、肩まで浸かると同時に静かに目を閉じた。
「……ここ、信じられないくらい気持ちいいな。まさかこんな場所に温泉があるなんて」
「うん……でも変なとこばっかだったし、ちょっとだけ……まだ怖いかも」
「……わかる。でも、こうしてると、一瞬忘れそうになるな」
壁際の岩に背を預け、二人は湯に揺られながら、しばし無言のままその静けさを堪能した。
湯けむりに包まれた浴場の中、リクはそっと湯船に身を沈めた。熱すぎず、ぬるすぎず。芯からじんわりと体がほぐれていく。
「ふぅ……」
静かな湯の音だけが響く中、不意に背後から水音が弾けた。
「リクー! 狭いからってこっち寄らないでよね!」
そう言いながらアイビーが隣に座る。バスタオルはしっかり巻かれていたが、うっすらと浮かぶ肩のラインに、リクは一瞬視線を逸らした。
「そ、そんなつもりじゃ……!」
「ふふっ、冗談だよ。そんな顔すると思った〜」
アイビーは湯に手を浸して、パシャパシャと水面を叩く。いたずらっぽく笑うその表情が、いつになく幼く見えた。
その時、不意にアイビーが立ち上がろうとした瞬間。
「きゃっ、タオルが……!」
思わずリクは振り向いてしまい、そしてすぐに目をそらす。
「うわっ、ご、ごめっ!」
「ちょっと見たでしょ! バカーーー!」
湯けむりの中に、ぱしゃりと音を立てて飛び散るお湯。そして響く笑い声と、慌てて顔を隠すリク。
しばらくして、ふたりは少し距離をとって静かに湯船に浸かった。
「……ほんとに、落ち着かないな……この世界」
「うん。でも、こうやって笑っていられるの、悪くないかもね」