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病室のドアをピシャリと閉めて、ツカツカとベッドの脇にやって来た将嗣のお母さんの気迫に押される。
ついさっきまで、朝倉先生と甘い雰囲気だった病室が、今はピリピリとしている。
私は緊張しながら将嗣のお母さんに声を掛けた。
「こんにちは、お話って何でしょうか?」
お母さんは、キッと眉山を上げて言い放つ。
「他でもない。将嗣と美優ちゃんの事よ。あなたは、美優ちゃんの母親としての役目を果たせていないわ」
「えっ?」
いきなりの喧嘩腰に驚きを隠せなかった。
心臓がバクバクと言っている。
「お身内の縁も薄くて、こんな緊急事態の時に助けてくれるご実家も無いようですし、美優の父親である将嗣があんなに良くしているのに何が不満なのかしら? 将嗣の手前、煩い事は言わなかったけれど、不倫をしたのもあなたに原因があったんじゃないのかしら?」
「そんな……」
「今だって、美優の子守を将嗣にさせて、他の男と会っていたのでしょう? 将嗣の何が不満なの? あなたに良くしてあげていたじゃない? そうやって色々な男の人にいい顔をして、自分の付加価値を上げようという作戦なのかしら?」
ひゅっと息を吸い込む。
朝倉先生とすれ違った事で逆鱗に触れてしまったのだろう。
突然の攻撃に頭が真っ白になって、何も言い返せなかった。
自分の息子との間に子供まで作っていたのにプロポーズを断った女は、悪い女に見えるのだろう。
家に伺った時に ” 他に好きな人がいる ”と言ったのは、やっぱり、まずかった。
変な期待を持たないように、はっきり言った方が良いとあの時は思ったのだけれど、余計な事など言わずにやり過ごせば良かった。
一度口から出た言葉は、取り消しが効かない。
正直に言った事が返ってマズい結果になってしまったようだ。
「あのね、子供をないがしろにして、自分の色恋にうつつを抜かしているようだから、親権について弁護士さんに相談させて頂く事にするわ」
「えっ? 美優の親権……。」
心臓がバクバクと煩い程に鼓動を速めて、将嗣のお母さんの声が遠くに聞こえる。
「収入も家庭環境も将嗣の方があなたより条件が良いでしょう? 何せ、将嗣は歯科医師ですもの。きっと家裁に申し立てすれば、ウチが美優ちゃんの親権を取れる筈よ」
子供の親として自分の子供や孫が可愛いのは分かるけど、これはあんまりな申し出だ。怒りで手が震える。
「美優は、私がお腹を痛めて産んだ子です。私の子供です」
半ば、悲鳴のような声を上げた。
「近々、弁護士さんから連絡を差し上げます」
将嗣のお母さんから冷たい声が聞こえる。
直ぐそばに美優がいない事にも不安が煽られる。
「将嗣は……。将嗣さんは、何て言っているんですか!?」
私は、将嗣のお母さんを見据えて訊ねた。
将嗣のお母さんは視線を泳がせ。
「とにかく 男といちゃついて、子守をしない母親に子育ての資格なんてないのよ。弁護士先生から連絡を待っていなさい」
と冷たく言い放ち、病室から出て行った。
怒りと恐怖で小刻みに震える手を伸ばす。
点滴が外れるとか、縫った傷口が開くとか、考える余裕も無く、痛む体を捻り、ベッドの横にあるチェストの引き出しをかき混ぜてスマホを取り出した。
スマホの中の電話帳を開き、その名前をタップする。
呼び出し音が鳴ると2コールで相手が出た。
「どうしたの?」
相手の都合も考える余裕など無かった。
泣きながら声を振り絞る。
「翔也さん、助けて! 美優が取られちゃう!」
それだけ言うと涙がブワッとあふれ出し嗚咽に変わった。
「直ぐに行くから、夏希さん、落ち着いて」
「うん、ごめん……なさい」
通話を切るとスマホを握りしめたまま、泣き続けていた。
” 美優をないがしろにして ” なんて、ひどい。
美優が、お腹にいる事がわかった時は、将嗣と別れた後だったし、将嗣は既婚者だったから連絡も出来なくて……。
凄く悩んで、それでも産みたくて、シングルマザーの道を選んだ。
大きくなるお腹を愛おしく擦りながら日々すごしたのに……。
産まれてからも夜寝れない日も続いて仕事との両立も大変だったけど、頑張って育てて来たのに、大事に育てて来たのに……。