pixivの方で展開するつもりでしたが、まあこっちでいいかな、と思い、出してしまいます
不定期更新ですが、最新作です。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです☺️
リビングもキッチンも照明を落として、
ダイニングテーブルの上、吊るされたアンティークなペンダントライトの光の元で、
ジミンは1人、寂しく座っていた。
彼の前に、これまたぽつんと寂しく置かれた、花瓶の中には、黄色のチューリップ。
スタンダードな一重咲き。スラリと伸びた茎にぷくりと咲いた6枚の花びらは、なにか秘密を隠しているかのように寄り添って、中を見せて はくれない。
「ふぅ、、」
つまらなそうに頬杖を着いた彼は、空いている手でペら、と1枚剥いて中を見ようとした。
その時、
カチャ、と静かに玄関の鍵が開けられる音がする。
ジミンは慌てて花びらから手を離し、花瓶を元のようにテーブルの中心に綺麗にセッティングした。
慣れない出迎えはどこに居ればいいかと迷って、うろうろして結局、座っていた椅子の傍らに頼りなく立ち上がって、玄関へ続くリビングの戸が開くのを待った。
「お、おかえりなさい、遅かったね」
孤独に浸っていたところを邪魔されて心の準備ができていなかったから、声が僅かに裏返ってしまう。
「うん、まだ起きてたんだ。」
帰ってくる相変わらずの何を考えているか分からない冷たい声。
グクは、おどおどとこちらを見ているジミンを一瞥しただけで、手に持っていたジャケットをソファにかけて、ネクタイを解き、1番上のワイシャツのボタンを外して、疲れたように首を回した。
「あ、うん、、えと、、ご飯たべr、、」
「いい、軽く食べてきた。」
「あ、じゃあ、、お風呂、今日は寒いからお湯張ってみたの、多分冷めてるから追い炊きしてね、、あ、あと、そろそろスーツはクリーニング出すから、」
グクが言葉を遮るように、自分に視線を向けてきて、ジミンはハッと息を飲んで口をつぐむ。
「別に見れば分かることを言わなくていい。
もう寝ていいよ。」
ジミンはじわっと涙が浮かんでくるのを必死で堪えて、いつもの事、、いつもの事、、と心に言い聞かせる。
1年で習得した、感情を覆い隠すための作り笑いを浮かべて。
「そ、そうだね。今日もお疲れさま。じゃあお先に、、なにかあったら、、」
「なにもないから。」
「そっか、ごめんなさいっ」
慌てて謝り、平気な振りをして、グクの横を素早くすり抜けてリビングを去った。寝室のベッドに上がって布団にくるまり、グクがお風呂に入る音を聞きながら、そんな物悲しい気持ちを誤魔化すように、ぎゅっと大きい抱き枕を抱きしめて、顔を埋めた。
いつもならこんなに粘ろうとしない。先に寝ておけと何度も言われたから、いつもなら帰りを待つなんてこともしない。1回不快な感情を見せられたら、黙ってその場を去る。それが2人が同棲する上でジミンが身につけた、上手くやっていく術だった。
でも今日は、
今日だけは大事な理由があったのだ。
それは、グクとジミンが番になってからちょうど一年の記念日。
普通の夫婦やパートナーであるならば、
お互いに愛を確かめ合い、感謝し合う、大事な記念日だった。
だから、ジミンは期待していたのだ。
プレゼント?甘い二人の夜?いや、そんな普通のカップルがするような事ができるなんて、高望みはしていない。
もしかしたら、今日くらいグクが、優しくなるんじゃないかって。普通に会話を交わしてくれるんじゃないかって。
あからさまなケーキは大袈裟で嫌がられると思って、得意のアップルパイを作った。
作った理由はそれだけでは無い、それはグクが以前、美味しい、と小さく呟いてくれたものだったから。冷蔵庫でゆっくり冷やしておいて、グクがご飯を食べ終わる頃に出して、久しぶりに一緒に食べられるかも、、なんて、。
そんなジミンの期待は悲しいかな、一瞬で砕かれ、なんならいつも以上に冷たい様子の彼に、どうしようもなく悲しくなって、リビングでは耐えた涙を1人で静かに流した。
「期待しちゃだめ、、いい?ジミナ、期待したら傷つくし疲れるから、、だめだよ。大丈夫、お前は大丈夫。」
涙を滲ませた目をぎゅっと瞑って、そう何度も、何度も、言い聞かせるように小さく呟いた。
♢
ジミンとグクはいわば、契約結婚のパートナー。大手財閥社長の息子であるグクの、バース性はαで、父親から次期社長の座を譲り受けるためには、どうしても番の存在が必要だった。社長ともある人が、跡継ぎも作れないようでは困るし、なにより、そこら辺の発情期Ωに通りすがりに誘惑されて事に及んだ、なんて話が上がれば一大事だから。
だが、冷たくて女っ気もないグクが、進んで番を見つけようとする筈が無かった。そこで、困り果てた父親、つまり社長自ら、息子のために選んだパートナーこそが、当時、この会社で唯一、Ωにもかかわらず管理職まで上り詰めていた異才、ジミンだったのだ。
2人は半ば強引に引き合わされ、期限を決められ、番の契約を結ばされた。
社長命令とあれば、ただの部下に過ぎないジミンはもちろん、息子であるグクも逆らえない。それに、2人が番えば、グクは問題なく社長になることができるし、ジミンはグクの項へのマーキングによって他のαに怯えなくて済む。
そんなお互いの利害関係によって結ばれた、運命の恋、みたいなロマンの欠片は米粒程だって見当たらない、冷たい契約だった。
♢
とはいえ、お互いがお互い、いやいや番った訳では無かった。
なぜなら、かろうじてジミンの方は、グクに対して、密かに淡い恋心を抱いていたから。
ジミンにとってグクの存在は、2歳年下とはいえ、ずっと、高嶺の花であり、憧れだった。
さて、ここで必要だろうから、
ゆっくりジミンの話をしよう。
寂しがり屋で臆病な彼は、その分、人一倍思いやりがあって、慎重で、人がどうすれば自分をよく見てくれるかよく知っていた。
αやβでは無い分、能力は劣ってしまうが、そんなことさえも気にならないほど、悪く言えば頑なな、よく言えばブレない彼の性格が、周りを惹き付け、管理職という重要な役割を与えられる事に繋がっていったのだ。関係の無い他のΩから見れば、「Ωの誇り」と称されるあっぱれな出世であった。
だが、ジミン本人からしてみれば、やめてくれ、と顔を覆いたくなる昇格だったのだ。彼は幼い頃から、人に特別視されることを極端に嫌った。なのに、唯一の管理職Ωなど、良くも悪くも目立つ。なんならマスコミの記事のネタにでもされそうなほど目立つ。
そんなこともあって、管理職に移ってからの彼は自分の体を酷使し、発情期さえも薬で全て押さえつけて、己が他の人と同じに見えるように、目立たないように、必死で「本能」という、隠さずになどいられないものをねじ伏せ隠し通していた。
普通のΩは、というか、ジミン以外のΩは、発情期を滞りなく迎えられるように、出勤を調整する。その分の休みをとることは、行動記録などの小さな書類の提出など細々制限はあるものの、その権利を侵害されないことや、給与を減らすなどの不利益を与えてはいけないことなど、Ωの人権を守るための法律によって手厚く保証されていた。
その、Ωであれば当たり前に所持する権利を、ジミンは頑なに使わなかったのだ。
周りの社員らも、その事に気づいてはいたが、特に口出しはしなかった。
理由は簡単だ。国が認めた権利があるとはいえ、正直なことを言うと、皆、休まずに働いてくれた方が有難いから。
この暗黙の了解のような「本音」が存在しているからこそ、社会的にΩは軽視される。それを知っているから、Ω自身も、なるたけ周りに迷惑をかけにくい、機械的でいくらでも替えのきく仕事に着くことを望み、代わりに少しでも早くαと番になって、専業主婦・主夫となり、安定な生活を送ることが理想であった。
つまり、何が言いたいかと言うと、
Ωの常識は、今のジミンの立場には通用しないものであった、という訳だ。
いや、もしかしたら通用させても問題なかったのかもしれないが、少なくともジミン本人はそう判断した。
彼は上を目指し続けた。ただ、舐められないためだけに、目立たないためだけに。
健康に害が出るほどの薬の服用、寝る時間も削った残業、言葉通りの死に物狂いですがりついていた彼の目に、一際輝いて映ったのが、
生まれながらにして、完璧な未来を与えられ、また彼自身も完璧でいることを要された、大社長の一人息子、グクだった。
完璧であることを切望するジミンにとって、完璧であることを最重要任務とする彼は、憧れであり、どこか同じものを感じる人物だった。
もちろん、性格の面からも第二の性からもカリスマ性を授けられ、特に頑張らなくても完璧でいられるグクと、いわば崖の下から山の山頂にに這い登るようなジミンを、同じ土俵で見るには、あまりにも無理がある話だったが、そんなことはジミンにはどうでもよかった。
彼を追いかけたい。
そんなジミンの気持ちは、管理職について、グクの姿を毎日同じフロアで見られるようになってから、急激に加速した。
そんな中で急に飛び出したのが、先程書いた契約結婚の話、という訳だ。大好き彼を自分のものにしたい、自分だけを見て欲しい、みたいな甘い恋では無かったが、憧れの彼の姿をプライベートまで追いかけられる、と浮き足立った彼の気持ちは恋心と呼んでもあながち間違いではないだろう。
ほとんど話したこともなかったため、変わらず冷たく無愛想なグクの気持ちはよく分からなかったが、ジミンの気持ちは至極前向きなものであったのだ。
当然と言うべきか、グクとの共同生活が始まってからも、ジミンの「完璧」への固執は止まることが無かった。
彼はもうすぐ社長になる、ならば僕は、、と考えた結果、引き受けたのがなんと全ての家事。もちろんグクは最初、その提案を聞いて戸惑ったものの、あまりのジミンの剣幕と、元々の深入りしない性格もあってか、
面倒臭いし、自分がやるって言っているんだからいいか、と受け入れたのだ。
それまで通りの管理職業務に加えた、年中無休の家事。その心労は途方も無い異常なものであったが、ジミンは自分を酷使するのが当たり前になっていて隠すのが得意であったし、グクはジミンに興味を示さなかったから、誰もおかしいと口出すものがいない。
ジミンが一般男性と生活している、と言うならまだしも、お相手は”あの”グクだ。周りもジミンの明らかな疲労に気づいてはいたが、彼自身は平気を繕うし、いつも通り業務をこなす。だから次期社長と結婚するとはそういう事か、で納得しておしまいだった。
そんなこんなで、もちろん、体を交えたのも番の契約を結ぶため、項を噛んだ時の1回のみ。ヒートを起こすためだけの、ただ、必要だったから、という理由の愛のないセックスで、それ以来そんな雰囲気になったこともない。
この1年、すれ違っていることにすら気づかないほどすれ違ってしまった彼らの関係は、「契約夫婦」としか言いようがないものだった。
グクは風呂から出て、お茶でも飲もうと冷蔵庫を開けたところで、丁寧にお皿に盛り付けられ、几帳面にきっちりとラップを被せられた、アップルパイを見つけた。
興味のない相手とはいえ、彼の作るパイは美味しいと、1度直接伝えたことを思い出す。
そんなグクの簡素でぶっきらぼうな褒め言葉を、それはそれはとっても嬉しそうな顔をして受けとったジミンは、それから、誕生日やクリスマス、バレンタイン、といった、ちょっとしたイベントごとに、必ず作ってくれるようになった。
でも今日は普通に仕事、、。
なにかあっただろうか。
・・・ 結婚記念日。
かろうじて思い出した。
きっとまた、自分の性格で、ジミンの心を傷つけたのだろう。
グクは自分のジミンへの態度が、あまりにも淡白の度がすぎていることに薄々気づいていた。
でもどうしても、Ωであり加えて2歳も年上である彼と、αとしてどこまで踏み込んでいいものかが分からず、考えることすら放棄していた。
ジミンという人間が嫌いなのではなくて、関わり方が分からない。Ωとしてのプライドなのか、年上の優しさなのか、大丈夫か、と尋ねても、大丈夫、と笑顔が帰ってきて会話が終わってしまう。どうしていいか分からないが、考える余裕もない。正直、ジミンとの事はプライベートであり、社長という重りがじわじわとのしかかってきている彼にとって、プライベートは後回し、が当たり前だった。
さっきも、彼は疲れているだろうし、僕も疲れていたから話を遮って寝るように言ってしまったが、ジミンは一瞬泣きそうな顔を見せた気がした。待っててくれたのだから少し話をしてもよかったかもしれない。
日を重ねる毎に冷たくなっていく、この家の空気。どんな意味かも読み取れない小さなため息を、ふぅ、と1つ着いたグクは、ジミンが飾ったのであろう、ダイニングテーブルの上の花瓶に目をやる。
最近置かれ始めたその花は黄色のチューリップ。こういう女性らしい細やかなものがどうやら好きらしいジミンが買ってきたのだろう。丁寧に生けられたその花は、置かれてから数日経ったにも関わらず、未だみずみずしく艶めいている。
しばらくその美しい黄色を見つめたあと、グクはダイニングの照明をパチンと消した。
そして、ジミンの部屋から1番遠く離れた自分の寝室へと向かい、今朝の自分によって几帳面に整えられた布団に潜り込み、色のない一日に無理やり終止符を打った。
黄色のチューリップ。
花言葉は、希望の無い恋。
コメント
12件
あー、読むのが楽しいです🥴 ニヤニヤしちゃいます
新作ありがとうございます😳 少し切なくて胸が苦しくなりました‼️ 続きを楽しみにしています。
新作ありがとうございます☺️そしてあけましておめでとうございます🎍🌅今年もReo.さんの作品、楽しみです❁¨̮ 新作は切ないスタートに胸がぎゅっとなりましたが、後半🐰側の描写により、マイナスな感情による低い温度感なのではないとわかり、嬉しく思いました( ¨̮ )❥オメガバースものもとても好きなので🥰 2人の間の温度が、少しずつでも上がっていったらいいな…。2人を見守っていける日々に、期待しています🌈