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拝啓、誰かさんへ。
あたしは今、どこかに閉じ込められています。
白で塗りつぶされた壁を見上げる。照明は見えないけど、部屋の中は明るい。生活できるよう、必要最低限の家具は配置してあった。
「…こっち側にはなにもなかったわよ。…分担して捜索するほどの広さでもないけどね」
背後から声がかかる。振り向くと、三角帽子を被った魔女がふわふわと浮かんでいた。
「こっちも。出口らしい場所は他になかったよ」
ひとつだけの扉を見ながらそう答えた。鍵がかかっているせいで開かなかったものの、それはあそこから出られることを暗示しているのと同義であるに違いない。
「ドロシア…本当に、なにも覚えてないんだよね?」
「…ええ。アドレーヌこそ、なにも分からないのよね?」
こくんと頷く。はて、ここにあたしたち二人を閉じ込めた犯人は、いったい誰なのだろうか。
「…強いて言うなら、あたしたち、直前まで会ってたってわけじゃなかったよね。…そういうことなら、思い出せるんだけど…」
「そしたら、これは巻き込まれたわけじゃなくて、誰かが意図的にやった可能性が高いわね」
流石にとある事件の首謀者なだけあってか、それとも長年生きてきた経験からか、事の全体像を探るまでが早い。
「誰かって言われてもなぁ…あたしたちを狙ってやったのなら、思い当たるのはやっば美術関係者?」
「かもしれないわね」
あたしの知り得る限りの顔を思い浮かべてみる。ペイントローラーさん、ペインシア、ビビッティア、エリーヌ、クレイシア…
「…駄目。思いついたひとたち、善人だらけなんだけど」
「裏でこっそり恨まれてたり?」
「だとしてもドロシアは巻き込まないでしょ」
素で強い彼女を怒らせたらどうなるかくらいも分からないひとは、さっき浮かんだ顔ぶれの中にはいない。余計に謎が深まっていく。
「…魔法使える?」
「それができたらとっくにやってるわよ」
「ですよね…」
ますます頭を悩ませた。物理的に脱出するのが不可能だと分かった今、他の方法を考えるほかないだろう。
「うーん…鍵穴は見当たらないし、外側からロックかけられてる線もあるってことだよね…」
「そうだとしたらもうお手上げね…マルク辺りのイタズラなら後で■■(自主規制)しておくわ」
「こらこら…」
冗談とはいえ殺意むき出しのドロシアはこちら側からも軽く制止しておいて、ここから出る方法をもう一度考えようとする。が、ここに来る前が確か昼前だったのもあって、静かな室内にあたしの腹の虫の鳴き声が響きわたった。
「…お腹空いてきた…」
「あら…冷蔵庫とか無さそうだけど大丈夫?」
「えっヤバ…ドロシアが魔法使えないような場所だけど描けるかな…」
試しに懐からいつものお絵かきセットを取り出して好きなサンドイッチを描いた。ちゃんと魔力を込め、実体化する様子をイメージしながら。
「うそ…」
「駄目みたいね…」
期待には応えてくれなかったキャンバスのサンドイッチを視界から外す。脱出以前に、ここでの生存自体が不確定になってきた。次第に、絵筆を握る手に込められた力が弱くなるのを感じる。あたし自身が弱気になってきている証拠だ。
「はあ…仕方ないわね」
そう呟いてドロシアはあたしに近づく。体が触れあいそうなほど接近され、同姓の、しかも絵画であるにもかかわらず、あたしの鼓動は高まっていった。
「…はい、これでいいわよ」
ドロシアが離れていく。さっきの間は心臓の音がうるさくてそれどころじゃなかったせいか、なんだか急に体が温かくなった感じだ。
「わたしの魔力を生命力に変換して分け与えたの。…ああ、別に大丈夫よ。…今は意思があるとはいえ、生きてるとは言えないようなものだし。」
「ドロシア…」
空腹感はなくならなかったとはいえ、ドロシアの魔力が回復する前にあたしの体力がなくなる、なんてことにならない限りは死ぬことはなさそうだ。
「とはいえ…いつ出られるかはまだ分かんないんだよね…」
一冊のノートを取り出し、表紙をペラリとめくる。
「…?それでなにをするの?」
「や…日記でもつけようかなって。時間の感覚とか分からなくならないようにね」
「へえ、こんな状況で…全く酔狂ね」
「こんな状況だからこそだよ。正気は保っておかなくちゃ」
先の丸い鉛筆を握りしめ、ページの一番上に書き込む。
――1日目
特に収穫はなし。これから大丈夫かな?
ドロシアも自由になれたばっかりなのに大変そう。
ここを出られたら一緒にお絵かきしに行きたいな。
次の日目覚めても、まだ視界は真っ白だった。
「…おはよ、ドロシア」
「あら、起きたのね。なにもすることはないのに、ご苦労さま」
「…そりゃどうも」
その通りすぎて、思わずまた床に寝転んだ。布団どころか寝袋すらなかったもので、体中が痛い。
「あーあ…暇すぎる…」
――2日目
予想はできてたけど暇すぎた。
明日は何をしよう…
――3日目
体が痛くなってきた。
ドロシアに教えてもらって、一緒に柔軟をした。
絵の具でできてるからか、意外と柔らかくてびっくりした…
――7日目
何も起こらない。まだ大丈夫そうだけど、ドロシアもいつも魔力くれるからいつか倒れちゃうかも…
「…っと、よし…」
日記をつけはじめてもう一週間、というか、やっと一週間が経った。あれから何かが起こったわけでもなく、本当に暇な毎日を過ごしている。
「今日の分は書けた?」
「うん。…ドロシア、今日はどう?」
「駄目。どことも繋がりそうにないわ」
「そっか…」
あれから毎日、外へ信号を送ってもらおうと試みているが、やはりその術式自体が組めそうにないみたいで、今日も収穫はなし。
「…寂しいな」
ふと。馴染みの顔ぶれが思い浮かんだ。リボンちゃん、カーくん、旦那、みんなも…
「いつ、出られるのかな…」
「…心配しないで」
優しい声がした。
「わたしがいるから」
「…ありがと、ドロシア」
それはどこか、悪魔の囁きにも聞こえた。
――31日目 …あ、一ヶ月目って書いたほうがいいのかな?
あれから何かが起きたわけもなく、やっぱりいつも通りゴロゴロして日記をつけるだけの日々。つまらない。
そういえば最近ドロシアが思い詰めたような顔をしてるけど大丈夫かな。
こんな狭い部屋でソウル化なんてされたらたまったもんじゃない。
…本人には悪いけど。
――二ヶ月目
いっそのこと月一で書こうと思って正解。驚くほどなにも起こらなかった。
この事件を起こした犯人はなにが目的なんだろう。
…隔離とか?そしたら外が心配だなぁ…
「…ねえ、アドレーヌ」
うつらうつらしていたら、ドロシアが呼んでいた。
「なあに…?もう眠いよ…」
「そう言わずに聞いてちょうだい。
…ここから出る方法、教えてあげようか?」
そのそっけない言葉が、一瞬だけ信じられなかった。
「えっ…!ようやく、分かったの!?」
あたしの必死な様子に思わず気圧されたのか、ドロシアは言葉を詰まらせたようだった。
「そうよ。…知りたい?」
「うん、もちろん!」
「出るためなら、何でもする?」
「もちろん!」
「…じゃあ、契約して」
「もちろ…え、何を?」
魔女はあたしに耳打ちをした。
今度こそ本当に、悪魔の囁きだった。
――三ヶ月目
なんて書いたけど、わたしたちはもうあの部屋にはいない。
書いた理由は…そうね、あそこに「閉じ込めてから」ちょうど三ヶ月目だったから、かしら。
あの子は変わらずわたしの隣にいる。もちろん大事にしているし、怪我なんてさせないわ。
ただ、時折家を抜け出していってしまうから、そこにはまだ気をつけないと。
…これ以上ひととの繋がりを増やしても、後で傷つくことになるだけなのに。どうして彼女は分かってくれないの?
でも、もしもずっと先であの子が寂しがっていたら、その分わたしが愛してあげる。あの子が今わたしにしてくれているように。
…大丈夫。“契約”は決して途切れない。
ときどきこうやって、彼女が昔かけてくれた言葉を繰り返す。平常心を保つためのおまじないみたいなものだ。魔法や魔術とは違うけど、効き目はじゅうぶん。
…彼女がまた「発作」を起こした。そろそろ行ってあげなきゃ。“大丈夫”のおまじないをかけてあげなきゃ。
「大丈夫よアドレーヌ…わたしがいるからね」