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🩵:律(りつ)
💛:琴(こと)
夜更けのことだった。
カーテンの隙間から差し込む月光が、
白いシーツを淡く優しく照らしていた。
時計の針は午前二時を指している。
律は浅い眠りの中でひどく嫌な夢を見ていた。
琴が自分の前からいなくなる夢。
呼んでも呼んでも振り返ってくれない。
「行かないで」と伸ばした手は空を掴むだけ。
声も届かずにただ背中が遠ざかっていく。
胸の奥がひどく痛くて律は思わず飛び起きた。
寝汗が首筋を伝う。
しばらく呼吸を整えたあとに隣を見た。
そこにはいつも通りの琴の寝顔があった。
静かに寝息を立てている。
律は安堵の息を漏らした。
夢だったのだと気付く。
けれど胸のざわめきは消えない。
失う恐怖だけがじわりと残っていた。
🩵「……琴」
名前を呼んでも彼は眠ったまま。
律はそっと手を伸ばして琴の身体を抱き寄せる。
細い身体を腕の中に収めると、
柔らかな温もりがしっかりと伝わってきた。
この温もりが自分のすべてだった。
一緒に暮らし始めてから、
毎日が少しずつ色付いていった。
朝、コーヒーの香りで目を覚ます時間。
夜、隣に並んでくだらない話をする時間。
それが”当たり前”になって、
“ずっと続く”なんて根拠もなく信じていた。
夢はそんな安心を一瞬で壊した。
律は琴の髪を指に絡めながら低く囁く。
🩵「……どこにも行かないで」
無意識のうちに胸の奥から出た言葉だった。
ぎゅっと抱きしめた腕の中で琴が小さく動く。
💛「……律?」
寝ぼけた声が耳に触れた。
ゆっくりと目を開けた琴が困ったように笑う。
💛「そんなに抱きしめたら苦しいよ……」
律は言葉に詰まった。
夢の話をするのはなんだか恥ずかしい。
でも言わずにはいられなかった。
🩵「……夢を見たんだ」
💛「夢?」
🩵「……琴がどこか遠くに行っちゃう夢」
琴は少し驚いたように瞬きをして、
次の瞬間ふっと笑みを浮かべた。
💛「バカだなぁ」
💛「どこにも行かないよ」
そう言って、
今度は琴の方から抱きしめ返してくる。
律の背を撫でて安心させるように。
律の胸の奥の不安が少しずつ溶けていった。
🩵「……本当?」
💛「当たり前でしょ」
律は思わず涙を流した。
それを隠すように琴の髪に顔を埋めた。
🩵「……だったらもう少しこのままでいて」
💛「もちろん」
部屋の中に静かな呼吸だけが響く。
時計の針の音が遠くでリズムを刻む。
やがて琴の体温が律の体に馴染んで、
夢の残り香が全て消えていった。
その温もりを感じて律はゆっくりと瞳を閉じる。
月明かりが2人の重なった影を
静かに包み込んでいた。