※続きです。戦争賛美・政治的意図共にありません。
⚠️ガッッツリ嘔吐表現、流血表現あり。
⚠️カンヒュの中では割とマイナーなほう?だと思われる方が出てきます。出演させちゃまずいよ!とかありましたら教えてください…(推しの方いらっしゃったらごめんなさい)
「………うっ……んくっ、……んぅ………っ」
塹壕内に微かな呻き声が満ちる。しかし周囲を取り囲む土壁があまりにも高く厚いがゆえに、その声は全く反響しなかった。深く深く掘られた土の通路、お世辞にも広いと言えないその端の方に軍服を着た一人の男が座り込み、肩をガクガクと振るわせていた。
激しい呼吸と共に激しく痙攣させるように全身を震わせるその様は、どこか痛々しくもあった。それは、彼の左頬に当てられたガーゼとそれを周回する包帯とによって、さらに見るものの哀愁を誘うような状態になっていた。
彼は、一人ではなかった。座り込んだ彼の腕の中、ぐったりとした一人の兵士が抱えられていた。しかしその頭部は完全に後ろに傾いており、生きているか死んでいるかすらわからない状況だ。しかし当の彼はそんなことを気にかけている余裕は全く無いようだった。
既に彼の左頬に当てられたガーゼは、血を吸って真っ赤に染まっていた。止血に失敗していることは、誰の目にも明らかだった。
「……はぁっ、ハッ、は、はあ、はぁっ……」
痛みのせいか、彼の両眼は限界まで開かれ、瞳が定まらず細かに震えていた。暑さに喘ぐ犬さながらの激しい呼吸はなかなか止められないようだった。次の瞬間。
彼の背中全体が、波打つように痙攣した。
嘔吐する声は、微かにしか聞こえなかった。
「…………っ、…………、……」
腕の中の兵士に被さるように前屈した彼のすぐ目の前の地面、多量の吐瀉物が散った。饐えたにおいが瞬く間に立ち上った。抱いた兵士にそれがかかっていないことを確認した彼は、力無く土壁に寄りかかって項垂れた。
痛みによる三叉瞑想神経反射。まさか戦地の真ん中で、しかもこんなちっぽけな銃槍一つのせいでここまで動けなくなるなんて。とんだ大誤算、いやそれより前に己のあまりの不甲斐なさ・情けなさを嘆くべきか。これでは後方に戻ることも、前線の自軍に合流することも不可能だろう。
さっきから、時間だけがいたずらに経ってゆく。やがて夜になって気温が下がれば低体温症に陥る危険だってあるし、辺りが暗くなれば、血の匂いに引かれた熊のような野生生物が襲いかかってくる可能性だってある。
(クソッ………!クソが………‼︎ )
震える脚で立ちあがろうとしたが、それは叶わなかった。身体を動かしただけで目眩と吐き気が脳天を貫く。何も考えず不用意に身体を動かした自分を呪った。目眩はまだ良い、目を瞑れば大体緩和される。しかし吐き気は……。
「……っあぁ、あ、き、気持ち悪っ………!」
思わず小さく叫んでいたが身体はそれすら許さなかった。咄嗟に口許を覆った手の中に、再び胃液と吐瀉物が溢れた。自分の嘔吐く声ほど聞きたくないものはない。
もはやここまでか。ここで死ぬのか、俺は?
恐怖が突き抜けていった。
多大な焦りと虚無感という、相反する二つの感情に押しつぶされそうになる。不意に力が抜けて、口許を抑えていた手がだらんと地面に落ちた。ドロドロの半固形物が手のひらから周囲に散ったのを見て、心臓がばくばくと鳴りだす。
しかしそれとは裏腹に、瞼は徐々に下がっていった。その事実に愕然とした。身体が、あろうことか意識を手放そうとしている。
「────っ、」
駄目だ、これ以上耐えられない。おそらくこれまでの疲労と自身の痛みのキャパオーバーだろう、身体が悲鳴をあげている。これ以上は……無理だ。
(やだ……嫌だ、こんな……所で)
犬死に?いや、まさか……そのまさか、だ。もはや本能でわかった。このまま気を失ったら確実に、死ぬ。でも、抗えない………ふ、と視界が闇に閉ざされそうになった。しかし、その時だった。
「あれ?あれぇ、もしかしてロシアさん?」
「………⁉︎ 」
少しばかり間の抜けたような声。幻聴?いや違う。一気に意識が現実に引き戻される。死にかけた自分を救った、救世主といえば救世主だろうか。ビクン、と身を震わせて覚醒しかけた彼は、顔をゆっくりと上げた。
「えぁ………」
見れば塹壕の中、軍服を着込んだ男が、同じような格好をした男二人を連れてこちらに歩いてきていた。
「うわ、大惨事」
ケラケラと軽く笑いながら近づいてきた彼の顔……兵士用のヘルメットを被った頭に見え隠れするのは鮮やかな緑、目元は美しい白色、そこから下は晴天のような青だった。いうまでもない。
「し………しえら、れおね……………?」
胃酸に焼かれた掠れ声を上げる。名前を呼ばれたシエラレオネは、ニコ、と微笑んだ。場違いなほど明るい、可愛らしい笑顔だった。
「そだよ。名前、覚えててくれたんだね。嬉し」
ブーツが吐瀉物で汚れるのを全く厭わず、ニコニコしながらシエラレオネはロシアの前に立った。
「あれ、その子は?」
早速腕の中の兵士の存在を聞かれたロシアは、答えようとして口を開き……すぐに顔を歪めた。今にも吐きそうな様子で、口をぱくんと閉じる。しかし何も言わずともシエラレオネは察してくれてようだった。
「青い腕章……ウクライナさんのとこの兵士だね。太もも怪我してて、………あ、これもしかしてロシアさんが手当てしてあげた感じ?」
「……これ、は、………」
慌てて弁明しようとする。しかしシエラレオネは笑って首を振った。
「ううん、いい、いい。何も言わなくても大丈夫。楽にして。とりあえず僕の仕事は───」
ス、とロシアの方に手を差し伸べる。
「今は、君を後方基地まで運ぶことだからね。といっても本部の方だから。前線まで出てきてもらって悪いけど、少しばかり状況が変わったんだ」
「………?」
状況が、変わった?
ズグン、と心臓が鳴った。
「そ、それっ………て」
はやる心臓を抑え、ロシアは息も絶え絶えに聞いた。シエラレオネは簡潔に答えてくれた。
「んと、ウクライナさんの周辺国がどうやらウクライナさんへの支援をもっと強めようとしてるらしいんだ。その中で、ドイツ、アメリカ、イギリスが新兵器を提示した。おそらく核弾頭ミサイル。こんなの使われたらロシアさん保たないよ?だから戻って作戦を練り直さなきゃ」
シエラレオネは真剣な顔になった。
「これからロシアさんには一旦、中継地点の基地まで戻ってもらう。僕たちがその子含めて連れてってあげるから大丈夫だよ。……それじゃお前たち、この子をお願い」
二人の男のうち一人が無表情に、ロシアの腕の中からその少年兵を抱き上げた。次に、手持ち無沙汰になったロシアを(大男と言っても過言ではない身長・体重のロシアを)、シエラレオネは軽々と背負いあげた。
「………おぇっ」
視界が急に揺れたがため、治りかけていた吐き気が一気にぶり返し、ロシアは思わず嘔吐いた。他人の背中で、しまった……と焦ったが、幸い、口からは何も出てこなかった。
「よし、じゃ、行こっか!」
少年兵とロシアを抱え上げた男三人は、足取り軽く来た方へと戻ってゆく。少年兵の方はともかく、ロシアを背負っているシエラレオネでさえ何も背負っていないかのような歩幅・リズムで歩いていく。ロシアは、シエラレオネの背で一定のリズムで心地よく揺られながら、呟くように言った。
「……ごめん」
「んー?何が?」
シエラレオネが明るく問う。ロシアは申し訳なさそうに目を伏せた。
「その……戦場、に、来てもらって……しまって」
「あはは、今更何言ってんの、ロシアさん」
シエラレオネの屈託なく笑う声が抵抗なく耳に滑り込んでくる。
「知ってるでしょ、ロシアさん。僕らはあなたに忠誠なんか誓ってないんだよ?僕らはただ、兵士として働いた分、お金をしっかり払ってもらえればそれで良いんだ。正直、ロシアさんがこの弟さんとの戦争に負けようが勝とうがどうでも良いんだよ、僕らは。それなのにあなたと来たら……」
ケラケラッとシエラレオネが笑う。嫌なところの一つもない笑い方だった。
「僕らに謝ってくれるんだもん。あー、面白い」
「………それ、でも」
ロシアは掠れ声で呟いた。
「命を、かけさせて、しまってる……」
「………驚いた。ロシアさんて、めちゃ良い人だったんだね」
ただの純粋さんなのか、さっきから失礼なことばかりを言っているにも関わらず、シエラレオネの言葉には嫌味が不思議なほど全く篭っていなかった。
「まぁ安心してよ。僕らがこれ以上、あなたたちを傷つけずに基地まで送ってあげるから。それまで寝てていーよ。あでも、死んじゃ駄目だよ」
「……死なないよ、俺は……まだ……」
シエラレオネの背中、心地よい振動が伝わってくる。ロシアは今度こそ完全に目を瞑った。意識を手放す直前、ロシアは朦朧としながら呟いた。
「ウクライナのこと……守ってやれるまで、死ね……ない……」
ついにロシアは気を失った。
「………」
───自分の背中で、ロシアが寝ている。あの大国が、ロシアと比べたら全く力がないと言っても過言ではない自分の背中で、完全に自分に身を委ねて眠っている。今なら彼を殺すも生かすも自分次第……と考えた途端、ゾク、と背徳感のようなものが背中を這い上がってきたが、シエラレオネはなんでもない風を装って歩き続けた。何しろ今はロシアに死なれてしまっては困るのだ。もしそうなったら、誰が働いた分きっちり払ってくれるというのか。
それにしても。
(弟を……ウクライナを守る、ねぇ……。彼の兄弟愛は有名だったもんなぁ……。でもロシアは気づいてなさそうだね)
「………ロシアさん、あなたは間違ってる。あなたの今のそのやり方じゃあ、ウクライナさんのことは、多分……」
守れないよ。
前を歩く二人の部下に気づかれないよう、シエラレオネは低い声でつぶやいた。その声がロシアに届くことも、もちろん、無かった。
誤字脱字あったらごめんなさい!シエラレオネ…名前覚えるの時間かかりました。間違ってたら本当にごめんなさい。
投稿が遅くなってしまいすみません。実を言うと他に書きたいお話が一、二個ありまして……そっちに浮気してました。
大丈夫ですこの話は絶対に完結させます。書きたいので。需要なんかねぇよという方いらっしゃったらごめんなさい。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
コメント
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シエラレオネ!?シエラレオネ!?!?!?めちゃくちゃビックリしました、まさか出てくるとは…!!!現代っ子ぽい無責任な感じがまだ若いアフリカの国感あって好きすぎます 毎度のことですが焦燥感を表現するのが上手で好きです