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「正しさの手前で、観測のあいだに」
第4話 「記録外の空」
空は、いつもと同じだった。
高くて、広くて、
何も言わずに、そこにある。
天賢 透空は、屋上の縁に座り、
ぼんやりと足を揺らしていた。
「透空。」
後ろから聞こえる声に、振り向く。
「今、少し話せる?」
後ろに居たのは、河神 祈李だった。
いつも通りの、穏やかな声。
「……別に。」
興味はない。
拒絶する理由もない。
祈李は隣に来て、
透空と同じように空を見上げた。
「昨日の任務のこと、」
祈李が切り出す。
「覚えてる?」
透空は、少し考えた。
「……うん。
桃がいて、
戦って、
終わって、
帰った。」
「それだけ?」
「それだけ。」
嘘はついていない。
本当に、それ以上はない。
なのに。
「じゃあ、これは?」
祈李が端末を差し出す。
表示されているのは、
戦闘ログの一部。
能力発動回数。
空間干渉記録。
ーー自分の名前。
「………使ってるね。」
透空は、淡々と言った。
「うん。
透空の能力が、
かなり大きく展開されてる。」
「へぇ。」
記録の中の『自分』は、
知らない動きをしている。
知らない判断をしている。
知らない空を、切り取っている。
「覚えてない?」
「覚えてない。」
即答だった。
祈李は、「そっか。」と言って、
少しだけ眉を下げた。
「でも、」
透空は画面から目を離し、
空を見上げる。
「知ってる気はする。」
「……知ってる? 」
「こうやって使ったんだろうな、って。」
透空は、
何もない空間に、指を伸ばした。
「ここ、
少しだけ、歪んでる。」
祈李は、息を呑んだ。
確かにそこは、
能力干渉の残滓がある場所だった。
「記録と、同じだね。」
「でしょ。」
透空は、興味なさそうに言う。
「覚えてないけど、
知らないわけじゃない。」
それは、
記憶と認識の、
ちょうど『あいだ』。
「怖くないの?」
祈李が、静かに聞いた。
「自分がやったこと、
覚えてないの。」
透空は少し考えた。
「……別に。」
本心だ。
「空はさ、 」
透空は言った。
「通った風を、
覚えていないでしょ。」
「………うん。」
「でも、
通ったことは、
分かる。」
祈李は、少し黙り込んだ。
透空は立ち上がり、
屋上の縁から降りる。
「世界が、
勝手に見てるだけ。」
誰が、
どう記録しても。
空は、空だ。
「透空。」
祈李が呼ぶ。
「僕は、」
少し微笑んで、続けた。
「透空を、信じてるよ。」
透空は、ほんの一瞬だけ、
振り返った。
「…………そっか。 」
それだけ言って、歩き出す。
夜。
一人になった透空は、
もう一度、空を見上げた。
何も言わない、
何も決めない。
でも、確かにーー
見ている。
覚えていない空、
観測される空。
それでも、
「僕は、ここにいる。」
空は、答えなかった。
第4話 「記録外の空」 〜完〜