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#希望
#感動的
◇◇◇◇
星の道標は、やがて一枚の扉の前で途切れていた。
重厚な扉。
王城の最奥に相応しい、威圧感すら帯びた存在。
その前に立つだけで、空気が変わる。
息が、浅くなる。
「……セレナの浄化に守られているのに、息苦しいな」
レオニスが呟く。
胸の奥を圧し潰されるような感覚。瘴気は、扉の向こうから滲み出していた。
「はい」
セレナの声は、どこまでも冷静だった。
「この先にいるのが、魔族です。レオニス様、クリス様、お覚悟を」
「ああ」
レオニスの短い返答。
迷いはない。
「覚悟なら、最初からできています」
クリスもまた、刃のような声で続く。
三人は扉の前に立つ。
その瞬間、レオニスの足が、扉を蹴り抜いた。
轟音とともに、扉が内側へと弾け飛ぶ。
広がるのは、謁見の間。
かつて王が座していた玉座。
そこには王妃アメリアが座っていた。
深く腰掛けたまま、頬杖をつき、こちらを見下ろしている。
その唇が、ゆっくりと歪んだ。
「あら」
楽しげな声。
「気づかなかったわ」
視線が三人をなぞる。
「星篝の魔女の仕業かしら」
くすり、と笑う。
「やっぱり魔女は、どんなに美味しくても生かしておくものじゃないわね。次からは、即殺すことにするわ」
アメリアの言葉を聞くと、セレナは一歩前に出た。
「……貴女に、次はないわ。魔族」
アメリアの瞳が細まる。
「ふふ」
鼻を鳴らして笑う。
「二人も足手まといを連れて、よくそんなことが言えるわね」
視線がレオニスとクリスへと流れる。
「私の元まで来るようなおバカさんはいないと思っていたんだけど、白の魔女がいたわね」
「光栄ね」
セレナは、わずかに口元を緩めた。
皮肉にも似た応答。
「……私に勝てると思っているの?」
アメリアの圧が、空間を満たす。
それでも。
「ええ」
セレナは、即答した。
「勝てると思っているから、ここに来たの。貴女を冥界から連れてきたのは私。だから送り返すのも、私よ」
アメリアは、小さく息を吐いた。
「冥界には、何もないの」
声音が、変わる。
どこか、遠くを見ているような。
「人は罪を洗い流せば、どこかへ消えていく」
指先が、虚空をなぞる。
「触れることもできない。声も届かない」
微笑む。
だが、それはひどく空虚なものだった。
「そんな場所で、千年」
首を傾げる。
「長すぎると思わない?」
視線が、セレナへ戻る。
「……感謝しているのよ。ここへ連れ出してくれたこと」
一瞬だけ、本音のような色が混じる。
「だから一度だけ、チャンスをくれない? そうね。友好関係なんてどう?」
軽やかな提案。
「ヴァルディウスはもらう。でも、人は殺さない」
指を一本立てる。
「他国にも手は出さない。魔族も召喚することはない。私だけ。私だけ見逃してくれない?」
アメリアは懇願に近い、同情を誘うような儚げな表情を見せた。
それでもセレナの心は揺れることはない。
「魔族の貴女なんかに一つもあげる気はないわ」
アメリアの目が、細くなる。
「いいじゃない!」
声が、強くなる。
「貴女を捨てた国よ? 石を投げられたんでしょう? 罵られたんでしょう? 怒りを向けられたんでしょう?」
過去を抉る。
「子供も、大人も、関係なく。まだ私は、誰も操っていなかった。そんな国、見捨てればいいじゃない」
そして、囁く。
「心契約をしてもいい。いや、するわ」
空気が張り詰める。
「それだけ、私は本気ってことよ」
クリスが、わずかに眉をひそめた。
「……パージャントとは?」
「誓約違反で、死ぬ契約です」
セレナが答える。
アメリアは、ゆっくりと視線を動かした。
レオニスへ。
「レオニス王」
名を呼ぶ。
「貴方の意見も聞きたいわ」
レオニスの手が、わずかに強張る。敗北の二文字がチラリと頭をよぎる。
「……俺は」
言葉が、揺れた。
その瞬間。
「レオニス様」
セレナの声が、それを断ち切る。
「魔族は、迷いにつけ込みます。揺れないでください」
レオニスは、目を閉じた。
一瞬。
そして、開く。
「……ああ」
迷いは消えていた。
剣を抜く。
魔剣ディスパテル。
その刃を、まっすぐにアメリアへ向けた。
「魔族よ、断る」
言い切ったことで空気が、変わった。
アメリアの笑みが、崩れる。
「なによ」
苛立ちが、滲む。
「面倒くさいわね」
椅子から気だるげに立ち上がる。
その瞳に、初めて明確な怒りが宿った。
「その、鬱陶しい穢れなき魂」
唸るように、低く声を出す。
「目障りなのよ」
瘴気が、爆ぜるように膨れ上がった。
戦いが、始まる。