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ねえ、まだ呼んでいい?
壊れた名前でも。
濁った声でも。
君に届くなら、それでいいと思ってしまった時点で、もう手遅れだった。
「触んな」
拒絶は、優しい音をしていた
強く振り払うわけでもなく、ただ指先を逸らすだけ。
その曖昧さが、余計に残酷だ。
「……なんで」
問いは、喉の奥で甘く腐る。
理由なんて、分かってるくせに。
分かっていて、それでも聞かずにはいられないだけ。
「近い」
「近くなきゃ、分かんねぇだろ」
「何が」
「お前が」
沈黙。
夜の底みたいな間。
落ちたら戻ってこれないやつ。
それでも一歩、踏み込む。
逃げない。
逃げないくせに、受け入れもしない。
その中途半端な距離が、一番、俺を狂わせる。
「……やめろ」
声が揺れた。
初めてだった。
こいつの“崩れかけ”を見たのは。
それだけで、胸の奥が熱を持つ。
——ああ、壊せる。
そう思ってしまった自分が、何より醜い。
「なあ」
今度は、ちゃんと触れる。
手首
脈
生きてる証拠を、直接確かめるみたいに
「逃げろよ」
囁く。
優しさの形をした、最低の言葉。
「今なら、まだ間に合う」
本当は、間に合わせる気なんてないくせに。
「……逃げない」
即答。
震えてるくせに、目は逸らさない。
「お前からは、逃げない」
その一言で、全部が決まる。
理性とか、倫理とか、そういう薄っぺらい膜が、音もなく破れる。
「じゃあ」
息が近い。
混ざる直前の、いびつな距離
「壊れてよ」
触れた。
拒まれない。
それが合図みたいで、もう止まれない。
名前を呼ぶ。
何度も、何度も。
正しい形じゃなくていい。
歪んでてもいい。
むしろその方が、都合がいい。
「……っ、やめ……」
止める言葉は、もう意味を持たない。
だって、逃げないって言ったのは、そっちだ。
「好きだよ」
告白は、呪いに似ている。
優しくなんかない。
救いでもない。
ただ、絡みついて、離れないだけ。
「だからさ」
額を押し当てる。
熱が移る。
境界が曖昧になる。
「全部、俺にちょうだい」
壊れる音がした気がした。
それがどっちのものかなんて、もうどうでもいい。
ねえ、聞こえる?
君の名前。
こんなに歪んでしまったのに。
それでもまだ、愛しいと思ってしまう。
だからきっと、終わらない。
壊して、壊して、壊しきったあとでしか、
本当の名前は呼べないから。
「ねぇ____弐十くん」
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