テラーノベル
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白いベッドの上に折り畳まれた紙が一枚。カイがそっと広げると、見慣れた筆跡で、簡潔ながら力強い言葉が並んでいた。
カイ、ラビ、ボリスへ
私はもっと強くならなきゃいけない。
今のままじゃ、きっとまた誰かを守れない。
だから、少し時間が欲しい。
2か月後に必ず戻る。今よりもずっと強くなって。
だからそれまで、絶対に勝手に出撃しないで。もし行ったら怒るから。
レナ
手紙を読み終えた瞬間、部屋に沈黙が落ちた。
ラビが真っ先に顔を上げ、にやりと笑う。
「……はぁ、あの子らしいね。私らを置いてまで“強くなる”なんてさ。」
ボリスは深く息を吐き、天井を仰いだ。
「……二か月か。ちょうどいい。俺も鈍った腕を叩き直す。昔みたいに鍛え直して、余計な脂肪も落とすさ。」
そしてカイは手紙をもう一度握りしめ、低く、しかし確信に満ちた声で呟く。
「……俺たちも、待つだけじゃねぇ。戻ってきたレナに胸張れるぐらい強くなってみせる。今度は二度と、失わない」
三人の心に、同じ熱が同時に灯る。
手紙一枚で、まるで戦場で叩きつけられた命令のように――それぞれの覚悟が固まっていった。
カイがヴァルチャーの運転席に一度だけ腰を下ろす。
砕けたフレームに手を添え、目を閉じる。
「……すまない。だが、お前の心臓は次へ繋ぐ」
そう呟き、工具を手にしてエンジンを取り外す。
ボリスがオイルまみれの腕で、巨大なエンジンをクレーンに括り付けていく。
「こいつはまだ死んじゃいねぇ。心臓部さえ生きてりゃ、ヴァルチャーは走れる」
エンジンを吊り上げ、新しいピックアップのボンネットに下ろす瞬間――無言でその光景を見守る。
金属の噛み合う音が、まるで“魂の移植”のように響いた。
二代目ヴァルチャー――通称「ヴァルヘッド」。
初代ヴァルチャーが戦場を駆け抜ける「疾走の獣」だったとすれば、ヴァルヘッドはまさに「突撃の象徴」と呼ぶべき存在だ。
その名「ヴァルヘッド」は、ボリスの祖父がこの車を「農耕馬」と呼んでいたことに由来する。馬の頭――“Warhead”をもじり、突撃兵器と軍馬の象徴を重ねた呼び名だった。頑丈さと突進力を兼ね備えた戦闘車両として、ただの乗り物ではなく、彼らの新たな戦場の相棒として名付けられたのだ。
ヴァルヘッドは初代のように機動力重視ではない。だが、その無骨な車体は仲間を守り、弾幕を突き破り、物資を積んで長距離を進むことができる。戦場に立つ者たちにとって、それは「恐怖の突撃馬」として知られる存在になっていくだろう。
補給基地のトレーニングルームは、夜の静けさに反して鉄の音と荒い息遣いに満ちていた。
カイは汗に濡れたタンクトップを体に貼り付かせ、懸垂バーにぶら下がって腕を引き上げている。上腕が張り詰め、筋肉がうなり声をあげるたび、背中を伝う汗が床へ滴り落ちた。
隣ではボリスがベンチプレスに挑んでいた。分厚い胸板をさらに押し広げるように、鉄のバーベルを持ち上げては下ろす。そのたびに床板が軋み、低い唸り声が響く。
その時――開いたままの扉を叩くコンコンと控えめなノック音が響いた。
「頑張ってるね兄ちゃん。カイさん」
現れたのはボリスの弟、アレクセイだった。白衣にも似た作業用ジャケットを羽織り、小脇には小型ツールケースを抱えている。エンジニアとして基地に身を置く彼は、兄とは対照的に細身で神経質そうな面持ちをしていた。
「新ヴァルチャーの装備品について相談があるって聞いたんだけど…」
ボリスはバーベルをラックに戻し、タオルで汗を拭ってから一枚のメモを差し出した。
「おう、アレク。ちょっとこれ見てくれや」
アレクセイは怪訝そうに紙を開き、そこに書かれた案を読み進めるや、見る見る顔色を失った。
「ちょっと!……どれもこれも無理だって!僕は居候の猫型ロボットじゃないんだから、技術的に不可能なことをお願いされても困るよ!」
「……あの時の電磁誘導ディフレクターだって試作品だったんだぞ。あれ以上の奇跡を起こすようなものを求めるなんて、正気じゃない…」
アレクセイは呆れ顔を浮かべるが、カイもボリスも自分に真剣な眼差しを向けているのに気づき、諦めるようにため息をつく。
「…………ほんと、兄ちゃんたちといると寿命が縮むよ。……でも分かった。やってみる。だけど――次にまたこんな無茶を持ってきたら、僕はさすがに逃げ出すからな」
ボリスは豪快に笑い、カイは無言で頷いた。
鉄と汗の匂いに満ちた夜のトレーニングルームに、三人の気配が重く、確かな決意として刻まれていった。
黒い突撃車は荒野を抜け、錆びた煙突が林立する廃工場跡地に停車をした。
月明かりに照らされた鋭い輪郭が、瓦礫の隙間に不気味な影を落とす。エンジンが止まると、車内は異様な静けさに包まれ、外では風が金属片を鳴らす乾いた音だけが続いた。
運転席に座るライルは無言で手袋を外し、灰色の紫煙を吐き出す。その横でクロエは狙撃銃を抱え、手際よく分解を始めていた。彼女の指先は淀みなく、冷酷さすら漂わせるほどに正確だった。
「……あの子たち、まだ戦場に出てこないわね」
クロエが低く呟く。その声は苛立ちではなく、むしろ獲物を待つ獣の熱を帯びていた。
ライルは答えず、無骨な暗号端末を取り出す。緑のランプが点滅し、車内に耳障りな電子ノイズが流れる。やがて、低い声が端末から響いた。
『クロエ、ライル。作戦は継続だ。これ以上の停滞は失敗と判断する。
――組織は結果だけを求める。遅れは許されん』
クロエはふっと笑みを浮かべ、分解した銃身をケースに収めた。
「…ご心配なく。巣穴から出てこないなら、こちらから迎えに行くわ」
ライルは煙を吐きながら短く応じる。
「奴らがどう足掻こうと、……俺たちが動く時点で結末は決まっている。」
クロエはその言葉に微笑み、唇に艶のある舌を走らせる。
「ふふ……あの子たち。次はどんな顔を見せてくれるかしらね。
仲間を失い、戦う意味を削がれて、最後にすべてを奪われる――その瞬間が楽しみだわ」
端末の向こうで、無機質な声が続ける。
『目標が潜伏している可能性が高い補給拠点の座標をいくつか送る。準備が整い次第、狩れ』
受信音が途切れると同時に、ライルの目がわずかに光を帯びる。
彼は何も言わずにエンジンをかけ直し、低い唸り声が再び車体を震わせた。クロエは窓の外に流れる月明かりを見上げ、妖しく微笑む。
「――さあ、狩りを続けるわよ」
突撃車は闇を切り裂くように再び走り出し、荒野には風の音だけが取り残された。
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