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面白い🤣
御影って、金持ちがかなんだか知んねーけど、お高くとまってるっつーか」
「ああ!わかる~!人を駒みたいに扱うよな」
トレーニングルーム用の更衣室から、自分の噂話が聞こえてくる。ドアノブを回しかけた玲王はぴたりと手を止め、またか……とため息をついた。
青い監獄ブルーロックに来てからは、自身の陰口を聞く機会は減ったが、それでも恨み僻みはなくなることはない。〝御影〟という名を背負っている以上、羨望と妬みは必ずどちらも受けるものであった。
だが、そういう言葉を吐く奴らほど、自分の前では媚び|諂へつらうような態度を取るのだと、玲王は知っている。特に陰口や媚を言われることには何とも思わないが、何となくここで彼らの場に入っていくのは気が引けるな……と苦笑いをした時だった。
「玲王ってすごいよな。今の自分に慢心せずに常に高みを目指せるなんて、尊敬する」
「あれ、潔ってレオと仲良かったっけ?」
「ん~特別仲良しってわけじゃねーけど、俺はいつも意識しちゃってるかなぁ。あいつすげぇから」
知らない誰かの噂声を掻き消すように、良く通る声が響いた。それは、潔世一の声だった。
――あいつが、どうして俺の話を凪と話している……?
同じチームになったことも、同室になって生活したこともない。そもそも会話と言っても数える程度。どちらかといえば、俺から凪を奪った宿敵ともいえるあいつが、どうして。
「玲王はさ、人を動かすことが得意なんだよな。それって自意識過剰ともいえるエゴむき出しの俺たちストライカーを飼いならせてるってことだろ?」
飼いならされてるつもりはないけど、と明るく笑うあいつの声が聞こえる。
俺は、潔世一という男を勘違いしていたのだろうか。試合場の〝凪が見つめる先にいる人間〟としてでしか、理解できていなかったのではないか。
すると、潔の言葉に共感する千切の声も聞こえてくる。
「確かに、いつのまにか玲王基準でチームが成り立ってる時って動きやすいよな。支配されてるとは思わないし」
「そうそう。玲王ってすげーやつだよ。そういうところ、俺好きだな」
「何、レオに惚れてるの潔」
「あはは!そうかも。あー、本人に聞かれたら殺されるかな」
「それはないだろ」
「……行ったか」
「ああ。人の愚痴零してる暇あんなら練習しろってーの」
「それな~」
三人の声が次第に遠ざかり、やがてガチャリと扉が閉まる音が聞こえた。玲王の陰話をしていた男たちの声も、もうしない。人の気配が消えた。
玲王がそっと更衣室に続くドアを開くと、そこには誰もいなかった。しん……と静まり返った室内にフーっと息を吐き、しゃがみ込む。
ドクドクと鼓動が激しく高鳴り、顔が、全身が熱くなる。これは、何だ。試合をしている時の興奮とは違う、押し殺して隠したい、この感情は。
そうだ。理解出来ないものは出来るまで突き止めたらいい。
無知ほど愚かなものはないのだから。
潔世一の事を勘違いしていたのかもしれない。
静まり返った更衣室で、汗を拭きながら考えた。ふと、凪が二次選考で潔を選んだ時の記憶に遡る。
あの時は確か、〝凪と共にサッカーをする〟という、己が初めて手に取った選択肢に〝間違っている〟と審判を下されたような気がしたのだ。初めて自分で選んだ道だからこそ、尚更強く反感を持ったのかもしれない。お前に俺の何が解わかるんだよ、と。
自分だって、潔世一のことをよく知りもせずに。
頭がずきずきと痛み、玲王は深く息を吐いた。ぐちゃぐちゃに絡まった思考を洗い流したい。
そう思い、大浴場に足を向けた。
「あれ、玲王じゃん」
「……他のやつらはいねぇのか。潔世一」
「先に部屋に戻った。てか、何でフルネーム?」
一息つこうとやってきた大浴場には、苦悩の元凶ともいえる男が湯に浸かっていた。まさかここで二人きりになるとは夢にも思わず、どきりと脈が大きく波打った。
なんで心臓が鳴るんだ、俺。
当人は俺の胸の内など露知らず、湯舟の縁に腕を組むようにして寛いでいる。俺がフィールド上で見た潔世一とは別人なのかと疑うほどに、呑気で危機感のない雰囲気をしている。
ちっせえやつだと思っていたが、以外にも筋肉のついた身体をしていることに初めて気づいた。腕も腰も細ぇけど。
潔は、何見てんだ?と不思議そうに首を傾げる。
玲王は無言で潔から目を逸らし、手前にある蛇口を捻り、頭に降り注ぐ水音に身を包んだ。
程なくして玲王も湯に足を入れる。潔は長湯が好きなのか、機嫌良く鼻歌を歌っている。かれこれ数十分は経っているが、未だ上がる気配はない。ぽたぽたと髪から滴る水滴が、波紋をつくった。
「玲王と風呂入るの、二回目だな」
「……」
そう。コイツとは一度、風呂場で会っていた。それもつい先日の事である。
あの時は、潔・凪・蜂楽の三人に奪敵決戦ライバルリーバトルを俺から持ち掛けた。試合は見事惨敗し、俺たちのチームにいた千切を奪われ、國神と一ステージ下ることになった。半ば戦意喪失した俺を少なからず引っ張り上げてくれた國神とも、結局道を違うことになってしまったが。
潔に話を聞いていないと思われたのか「ほら、二次選考中に一回あっただろ?」と付け足される。
「うるせぇな。覚えてる」
忘れるわけがない。あの日、俺が口火を切ったことで、歯車は回り始めたのだから。
「……あの俺の態度は良くなかったと思う。悪かった」
「え!?いや、それは全然気にしてないけど……」
「ンだよ」
何か文句でもあるのかと、ぎろりと正面にいる男に視線を交わす。
潔は慌てふためき、朱色に染まった頬を掻いて、照れたように笑った。
「あ~…その、玲王に嫌われてると思ってたから……」
「……邪魔だなとは思ってた」
「あはは……なんかごめん」
僅かに気落ちしている潔に、「忘れてくれ」と零す。言い訳に過ぎないが、潔のことは試合中のエゴむき出しの姿しか知らなかった。
だが、目の前にいるコイツは、拍子抜けするほど穏やかで表情がコロコロと変わる。その上、馬鹿正直に本音を零す姿に毒気を抜かれる。
「やっぱり、玲王は笑っているほうが好きだ」
「……は?」
ちゃぽん、と水音が響き、水面が揺れた。潔の声が浴室に反響する。
突拍子もない言葉に、思考が固まる。
聞き間違いだろうか。今、何て言った──────?
玲王が言葉を継ぐ前に、潔は爽やかに笑い「俺、そろそろ上がるから」と立ち上がる。そのまま軽い足取りで玲王一人残し、脱衣所に向かっていった。
人から好きだなんだと、好意を向けられることは多々あった。その表情の奥深くからはいつだって、泥ついた欲望が垣間見えるものである。所詮〝好意〟と〝欲望〟は表裏一体であり、いつからか受け流すことが得意になった。
だからこそ、潔の純粋で素直なそれは、胸の内に溶け込むのに十分で。
玲王はただひたすら悶々と、頭を悩ませたのだった。
後日、千切から「脱衣所に忘れ物取りに行った時に聞こえちゃったんだけど、アイツすぐああいうこと言うから気にしない方がいいぜ」と言われ、玲王はさらに懊悩おうのうすることとなった。