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第8話:「実験の終わり」
残り時間 00:04:12
蒼は、全速力で凛の住む高層マンションへ向かっていた。
足がもつれ、呼吸が荒れる。だが止まらなかった。
心の中で何度も唱える。
「間に合え……!」
画面の中、凛の部屋では、空気が張り詰めていた。
室内のカメラは、あらゆる角度から彼女を捉えている。
視聴者は言葉を失いながらも、その“終焉”の瞬間を見届けようとしていた。
00:03:01
スピーカーから、再び蓮の声が響く。
「さぁ皆さん、残り時間です。
凛さんは、“誰か”を信じて、ここまできました。
その信頼が“救い”となるか、“裏切り”となるか――見届けましょう」
凛は壁に背を預け、目を閉じた。
そのとき、彼女の耳に、誰かの足音が近づく音が聞こえた。
ガチャ――。
ドアが、開いた。
「凛っ!!」
そこに飛び込んできたのは、田中蒼だった。
凛が顔を上げると、涙が一気に溢れ出す。
「どうして……来てくれたの……」
「そんなの……決まってるだろ。
お前は、俺が守るって……そう言ったろ?」
蒼は凛を抱きしめ、部屋の奥の監視カメラに目を向けた。
「おい、蓮!! 配信を止めろ! これはもう“遊び”じゃ済まされない!!」
だが、画面に映る蓮は、まったく動じていなかった。
「いいえ、蒼さん。これは“最終試験”なんです。
あなたがどこまで本気で、“真相”と向き合うかの」
次の瞬間、凛のスマホが震える。
画面に映し出されたのは――チャンネルの“本当の管理者”。
アイコンは“黒い狐面”。名前は「狐火-Kitsubii」。
「田中蒼。君は、真相を話していない。
このチャンネルのルールはただ一つ。“偽りの暴露”には、罰を」
蒼の心臓が跳ね上がる。
(……まさか、まだ俺の過去には、語っていない“何か”があると……?)
画面にスライドショーが流れる。
それは蒼の過去――そして、彼のかつての“裏切り”を記録した映像。
「三年前、裏切ったのはお前だろう?
“あの夜”に、誰を見捨てた? 何を見なかったことにした?」
凛が蒼を見上げる。彼女の目は問いかけていた。
「蒼さん……本当に、全部話したの?」
蒼は言葉を失った。
脳裏に蘇る“あの夜”――
薄暗い部屋、叫び声、血の匂い。
彼は、逃げた。友人を見捨てて。すべてを金と保身のために。
それを知っていたのが、蓮だった。
蓮は、最初から――“すべて”を把握して、蒼に近づいていた。
「これは……ただの配信じゃなかったんだな……」
蒼の言葉に、蓮がうなずく。
「このチャンネルは“実験場”です。
人間がどこまで“自分の都合のいい真実”を語るか。
“暴露”と“欺瞞”を、どう使い分けるかを見る場所です」
「お前……それが目的で、こんな配信を……」
「ええ。そして今日、すべての“試験”は終わります」
その瞬間、画面に警告が表示される。
「狐火が配信ルームを封鎖しました」
「ログイン中の全端末に自動ロックがかかります」
蒼が凛を連れて部屋を出ようとしたそのとき――
背後から、蓮が現れた。
「蒼さん、僕はあなたを信じてた。
あなたが“真実を話せる人間”だと。
けれど、まだ最後の一言が出ていない」
蓮の手には、スタンガン。
だが――
「それ以上動くな、山本蓮!」
声が響いた。
銃を構えた警察官たちが、部屋へ突入してきた。
先ほどの蒼の通報と、配信の映像が決め手となり、ついに警察が動いたのだった。
蓮は笑いながら、スタンガンを手放した。
「ここまでか……でも、“真相”は一つじゃありません。
配信は終わっても、誰かが必ず続きを話す。
だって……皆、真実より“面白い嘘”の方が好きですからね」
そう言って連行されていく蓮。
蒼は、凛と手を取りながら、深く息を吐いた。
“真実”をすべてさらけ出す勇気は、まだ持てていない。
けれど、彼はこれから向き合おうとしていた。