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レイが手配してくれた馬車の中に俺たちは居た。
向かい合って座っている。
フランベルクに戻るのかと思いきや、馬車は王都に向かっているらしい。
「どうして、王都に……?」
「アランのことだ。厄介なことになてきていてな」
「厄介……?」
俺が首を傾げると、レイは少し考えたようではあったが口を開いた。
「端的に言うと、アランとその父……叔父は隣国と共謀してフランベルクを国としたかったようだな」
苦笑と共にレイがそう言う。
それって、ええ……随分とスケールがでかい話になってきた。
元々フランベルクは自治領であって、国内でも他領とは異なる点が多い。
しかし、それって……
「……国家反逆罪では……」
俺がぼそりと呟くと、レイは溜息を吐いた。
「その通りだ」
「いやでも、そんな大きな話でなんで俺……?」
疑問が残るのはその部分だ。いくら俺を揺さぶったところで、それは何かになるのだろうか?そう考えているとレイが、俺をじっと見つめる。
「お前はフランベルクの“鍵”だ。お前が揺らげば揺らぐだけ、結界は弱くなる。が……アランと叔父はそこまでしか知らない。故に浅慮でお前を狙う。叔父は物理で、アランは心理で」
レイの声にはあからさまな苛立ちが混じっていた。
その様を見るだけで、俺はなんとなしに気分が良くなるから現金なものだ。
フランベルクの“鍵”。それはまさしく俺だ。
正当な領主が“鍵”を選び、決める。そしてその絆がフランベルクを守る……これはフランベルクに住んでいる人間ならだれでも知っているようなことだ。
そんな緩い内容で領が守れるわけはない。
領主とその伴侶にしか知らされない内容もある。
フランベルクの結界。魂の絆──そのシステムはこうだ。
まず儀式の最終段階で、“扉”と“鍵”の魂の一部が結界と融合する。その魂の一部が結界を安定させる根幹となり、片方が亡くなった場合でも一定期間は結界が維持される仕組みになっている。ただし、双方の絆が完全に切れるような事態──離婚、魂の拒絶などが起きると、結界がじわじわと弱体化していく。しかし、それにもちゃんと対応策がある。
自然魔力を一時的なエネルギー源とすることで結界は最低限の効力を発揮することとなるのだ。
馬車が揺れる中、レイは窓の外を見ながら口を開いた。
「アランも叔父も、ただフランベルクを国として独立させたいわけじゃない」
俺が眉をひそめると、レイは静かに続けた。
「叔父は、かつて父にフランベルクの領主の座を奪われたと考えている。だが、実際には、叔父には“鍵”を見つける資格がなかった。それがどれほど致命的か分かるか?」
レイが俺に視線を向けてくる。その目はどこか試すようだった。
「……結界が作れないから、領地として成り立たない?」
「その通りだ。フランベルクの結界はただの防壁じゃない。領地の自然環境を守り、周囲の敵対的な魔力を退ける根幹だ。それがない状態では、この領地は持たない」
「でも、叔父は……いや、アランも、それが分かってるんだろ?結界がなければ無理だって」
レイは一瞬だけ苦笑を浮かべた。
「分かっていても、叔父はそれを認めることができない。父の代に築かれた結界を“強奪された”と思い込んでいる。そして、その歪んだ執念が、アランにも影響を与えた」
彼の言葉には、アランに対する怒りだけでなく、わずかな哀れみが混じっていた。
「なるほど……でも、さぁ……」
聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、俺は自分の浅はかさに眩暈がしそうだった。
レイの傍に立つと決めた時、それなりに色々と頭に叩き込んだはずなのだ。
それなのに、俺はそうした知識を使わず、感情だけで物事を決めつけて動いていた。
言い訳をするなら辛かったのは確かにある。けれども……。
「……俺、“鍵”に相応しい気がしない……」
弱音が口をつく。情けないことだと分かっているけど、止まらない。
喉の奥が詰まりそうになる。
「俺が、お前まで傷つけたら……」
言葉を絞り出すように吐き出すたびに、胸の奥が軋むように痛む。
その言葉にレイが俺の腕を掴んで自分の方に力強く引き寄せた。
レイの眉間に一瞬だけ皺が寄る。それからほんの僅かの間、言葉を飲み込むような間があった。
その間に、レイの手が俺の腕を掴む力が僅かに強まる。
「……それ以上言うなら、実力行使でその口を塞ぐ」
レイの声は低く、怒りを押し殺すように響いた。
けれど、その瞳の奥には、俺の弱さを受け止めようとする決意と、少しの痛みが浮かんでいた。
じんわりと、心の奥が熱くなる。
こんな情けない俺でも受け入れてくれるレイを、どうして俺は疑ったのか。
……疑わせるくらいの演技をほめた方がいいのかもしれない。
「……ごめん……」
「俺は何があってもお前しか選ばないし、お前だけだ」
レイの腕に包まれる。その温かさがじわじわと伝わり、胸の奥に熱いものが広がっていくのを感じた。
「……本当に?」
声は震えている。それでも、レイの言葉を求めずにはいられなかった。
「本当だ」
彼の声は低いけれど、どこまでも確かだった。それが、どれほど俺の心を軽くしたか。
「ごめん……俺、弱くて嫌になる……」
目を伏せる俺の頭を、レイの大きな手が優しく撫でる。
「いいんだ。お前が俺のそばに戻ってくれれば、それでいい……少し休め。王都までは長い」
レイの声は低く、それでいて温かい。まるでその言葉だけで俺の心を包み込んでくれるようだった。
俺はその声に逆らえず、ゆっくりと目を閉じた。