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王は目を閉じたまま、深く息を吐き出した。
そして静かに顔を上げ、玉座の脇に控えていた一人の男性に目を向けた。
「なるほど。君の報告と一致するな、リチャード」
呼びかけに応じ、リチャードが一歩前に出る。彼は穏やかな微笑を浮かべながらも、その瞳は鋭い光を宿していた。
「はい、陛下。私も王都で収集した情報から、隣国がフランベルクの結界を標的としていることを確認しました。おそらくアランの父親――エヴァンス家の分家筋である彼が、計画の中核を担っていたた思われます」
王はうなずきながら、厳しい表情を浮かべる。
「分家筋とはいえ、エヴァンス家の名を掲げた者が、隣国に手を貸すとは……レイ・エヴァンスにとっても、看過できぬ裏切りだな」
リチャードは静かに口を開く。
「彼の父上――つまり陛下の忠誠を誓ったレイの父はこのような行為を最も忌み嫌う人物でした。彼の代であればこうした裏切りは決して許されなかったでしょう」
王は玉座に身を預け、しばし考え込むように間を置いた。そして視線を再びリチャードに向ける。
「息子はまだ領主になりたてか……今からが腕の見せ所だな。そういえば、グレイはどうしている?」
リチャードは聞かれたことに肩を竦める。
「今こちらに向かっていますよ。じきに登城するでしょう。どうやら息子の方もこちらに向かってきているとのこと。そちらも陛下の御前に顔を出すかと」
王は、ふむ、と一つ頷いた。
「リチャード、君の知見と人脈はこの状況下で非常に貴重だな。王家の手の者でもこうはいくまい」
「恐れ入ります、陛下。フランベルクが我が王国の重要な盾である以上、我が家の使命として動いているに過ぎません」
王は静かに微笑みながらもうなずき、その声に力を込めた。
「ならば、その使命を全うしてくれ。我々はフランベルクを決して孤立させない。そして、エヴァンス家の名誉を守るためにも、君の力を頼りにしている」
リチャードの瞳が一層鋭さを増す。
「承知しました、陛下。全ての手を尽くし、隣国の陰謀を防ぎます。エヴァンス家の名誉も、カイルの未来も含めて」
リチャードは深々と頭を下げた。
その言葉には、決意と静かな熱意が込められていた。
王は目を細め、彼の誠意を見極めるように一瞬だけ間を置くと、穏やかにうなずいた。
「期待している。隣国の企みがこれ以上進まぬよう、我々も迅速に動かねばならん」
リチャードは一礼し、その場を後にする。謁見の間を出る彼の背中には、父としての責任感と、フランベルクを守りたいという強い意志が滲んでいた。
※
エルステッド家の一室。
重厚な木製の机を挟んで座るのは、リチャードとレイの父親であるエヴァンス家の元当主、グレイ・エヴァンスだ。
かつてフランベルクの領主だった彼は、今は隠居しているが、その経験と知識は健在だった。
「グレイ……まさかこちらに先に来てしまうとはね……」
リチャードは苦笑しながらグレイを見た。
グレイは素知らぬ顔で笑みを浮かべる。
「さて?友であり兄弟であり、今はレイの義父である君の方が大事なだけだ」
「困った奴だな、隣国の動きはどうだい?」
「愚弟は既にレイが捉えているが、アランは泳がせている。それに邸内にいるネズミもカイルが出奔したことで油断しているようだな。隣国はかつてからフランベルクを狙っていた。しかし馬鹿な奴らだ……アルベルトは昔から被害妄想な部分も大きくはあったが……」
「出来すぎる兄がいるというのも問題なものだね」
グレイは微笑みを浮かべながらも、その瞳にはどこか影が差していた。
「アルベルトは……幼い頃から、自分が“次男”であることを嫌っていた。領主の座に就けないことを運命として受け入れられなかったのだろうな」
リチャードが少し眉を寄せる。
「だからといって、分家としての役割を全うする道だってあったはずだ。それを放棄して隣国と手を組むなど、信じられない」
グレイが静かに頷いた。
「そうだ。しかし、父が彼に厳しすぎたのも事実だ。どれほど努力をしても、父の目には私の方が上に映っていた。アルベルトにとって、エヴァンス家とは“奪われる場所”に過ぎなかったのかもしれん」
リチャードは目を細め、少し思案するようにグレイを見た。
「つまり、奴にとってフランベルクを独立させることは、“奪い返す”ための手段だと?」
グレイが肩を竦めながら小さく笑った。
「そうだな。だが、その結果がこのざまだ。彼がどれほど執念深かろうと、フランベルクを守ることにはならない。しかし、愚弟しかり甥しかり、カイルを傷つけてしまったのは申し訳なかった。リチャード。妻にも随分と絞られたよ……カイルは奥方にそっくりだからな……」
「気にしないでいい。カイルもエヴァンス家に入った時点で覚悟はあって然るべきだ。今回のことは辛くとも強さになる」
「そう言ってもらえると心が軽くなる。そろそろ息子たちも着く頃だろうか?」
「そうだね、あと1日半と言うところかな」
「なるほど。ではその間に私はもう少しネズミを探ってみよう」
リチャードは頷き、グレイに微笑みかける。
「私が内部から働きかける。隣国の動きも封じるために手を尽くそう。グレイ、フランベルクは頼む」
グレイは力強く頷いた。その目には、かつて領主だった頃と変わらぬ決意が宿っていた。