テラーノベル
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更に一か月が経った。時がたつにつれて、iTrappedはずっと心に引っかかっていたわだかまりと、違和感と、苛立ちの理由が分かってきた。
Ellernateがそうしたように、Chanceも靴を履く時かかとを三回打ち鳴らした。退屈な時、テーブルを一定のリズムでトントンと叩いた。些細な仕草が、何もかも。iTrappedに思い出させるのだ。
iTrappedはカジノに行くのをためらうようになった。欲しい情報がすぐ目の前にあるかもしれないのに、あのギャンブラーが無垢な笑顔で彼の古傷を抉る。
iTrappedは、何度も自分自身を叱りつけた。Chanceは何も悪くない。お前は何をやっている。他人に都合の良い解釈をするな。アイツのせいにするな。先に進め。
「……はぁ」
今日何度目かのため息をついて、iTrappedはホテルを出た。カジノ周辺は既に探していない場所の方が少ない。もうさっさと調べつくして、無ければ他をあたろう。振り出しに戻ろうがどうだろうが小さな問題だ。早く終わらせなければ。
iTrappedは正面玄関を無視して、裏口からカジノ内部に侵入した。目標は、以前不自然な空間が見られた地下だ。
「(ここは無視….ここのコードはちょっといじって…)」
急ぎ足ながらも、iTrappedは着実に調査とハッキングを繰り返す。と。
「(無視….無視…..ん?)」
自前のパネルを展開する。見ると、その扉だけやたらと厳重なロックがかかっている。iTrappedはゴクリと唾を飲み込み、座り込むと手早くパネルを操作し始めた。
翌日、iTrappedはしばらくぶりにChanceと会う約束をした。
「Chance、来たよ」
「おお!久しぶりだな!!忙しかったのかい?」
「うん、バイトが混み入ってて」
「大変だな…もうすぐ年末だし、掻き入れどきだったろうに。わざわざ来てくれてありがとな」
「いやいや」
いつも通り、Chanceが見事な手捌きでトランプをシャッフルする。その沈黙を見計らって、iTrappedが切り出した。
「Chance!」
「おう?」
「自分の運を、試してみたくないかい」
iTrappedの調べでは、例の扉には見たこともないキーロックがかかっていた。HTML、C++、彼が今まで学んだいかなる言語も役に立たなかった。解析の結果、データベースに記載されていた名前はChanceのみ。頭上には高精度のカメラがあり、扉横には触れることで本人確認ができるパネルがあった。生死を問わず、彼があそこに「居る」ことが必要になる。
あの後iTrappedは考えた。Chanceをどうやって連れて行く?眠らすか?いや、無理だ。飲み物、特に酒に限っては、彼は節度を重んじる。当人にいくら警戒心がないといえ、薬剤を混ぜ込むのは不可能だろう。じゃあ、あと出来ることといえば。
Chanceを、殺す。
恐ろしく、そして突拍子もない考えだったが、iTrappedはある方法を思いついてしまった。
「Chance、着いたよ」
「よしきた!」
2人が訪れたのは、地下に建設されたとある賭博場。ただし、ここは富裕層が集うおしとやかなカジノではない。
バン、と、Chanceの背後で銃声が鳴り響いた。何かが崩れ落ちる音もした。室内の空気には煙臭さと鉄の生ぐさい臭いが充満しており、お世辞にも清潔とは言い難い環境だ。
「プレイヤー3、勝利」
ディーラーの声が高らかに響き渡る。勝利を喜ぶ歓声、すすり泣き、絶叫、観客のどよめき….そう、彼らがやっているのはロシアンルーレット。負ければ試合はおろかプレイヤーの人生もそこまで。
「とんでもないとこに来ちまったな、iTrapped」
「ああ」
ここでChanceを殺して、付き添いの者として遺体を持ち帰る。あとは鍵を開けるだけ。単純明快なプランだ。
「二名様ですか?」
「いや、オレは付き添いです」
「かしこまりました。ではチップを」
店員からチップを受け取りルール説明を受けるChanceを尻目に、iTrappedは腰のダークハートを眺めていた。今日は最近にしては珍しく鈍く光っている。緊張しているのだろうか、と深呼吸したら収まったので、よし、とiTrappedはChanceの方に向き直った。彼は既に席についており、しかめっ面をした他のプレイヤーたちと顔合わせをしていた。
「それでは、各プレイヤーはベットしてください」
そこからは速かった。テーブル中央にリボルバーが置かれ、順番で参加者が引き金を引いていく。2分置きぐらいの間隔で、耳をつんざくほどの発砲音が鳴り響く。開始10分ほどで、Chanceがパスした真横のプレイヤーが倒れた。流石のChanceもこれにはこたえたようで、今の見たか?と血の気の引いた顔でiTrappedに言った。脱落した者たちには大抵付き人なぞ居ないので、スタッフらしき人々が引きずってどこかに連れて行く。
Chanceは、ありえないほどの豪運を発揮した。彼のやること成すこと全て、まるで幸運の女神が味方しているかのように良い方向へ転がっていく。iTrappedは焦りと共に怒りを覚えた。何故。こいつは。いつも…..僕を……
帰り道、iTrappedは上の空でChanceの話を聞いていた。隣からはいつも通りの、はつらつとしたギャンブラーの声が聞こえてくる。どうすれば。どうすれば上手くいく?
ここは何処だ?
路地裏だ。
人はいるか?
深夜だ。誰もいない。
「iTrapped!今日マジで楽しかったよ!」
Chanceが振り返る。ああ。最初から、こうしていれば。
「iTrapped?どうした、具合_____」
黒い刀身が、Chanceを貫いた。
ダークハートを伝ってChanceの心臓の鼓動が聞こえてきて、僕ははじめて彼を刺した事を実感した。血がどくどくと後から後から止めどなく溢れてきて、路地の雪を鉛色に染めていく。迂闊にも急所を外してしまった。まだ息があるようだ。
「iTra…pped…なんで…..」
黙れ。
「俺….なにかお前にしたのかい….?」
違う。
「ごめんな….」
そこまで言って、Chanceはゆっくりと脱力していった。一瞬気をとられたが、すぐに向き直る。止まるな。こんなの何度もあっただろ。あれこれ考える前に、早くこいつをカジノに連れて行かないと。
「…..」
あれ。
体が動かない。
うつむくと、ダークハートが閃光を放っていた。なんだ、これ。足がもう言う事をきかない。雪の上に膝から崩れ落ちる。服の隙間から見えた右脚は、真っ黒になっていた。剣は手に吸い付き、離れない。
「いや、いやだ….」
顔すら動かせなくなった。声も、出ない。きっと僕は、あまりに長くこの剣を使いすぎてしまったのだろう。
ただ、雪の冷たさだけが伝わってくる。辺りは静かで、車の音すらはるか数キロ先を走っているのではないかというほど遠い。
表通りのスピーカーから、CMに合わせて聞き馴染んだ冬の歌が流れる。
And then, one day, everything changed
You’re all I nee̸d̷
Ũ̶̟͝n̶̮̲͑d̵̲̭̊ȅ̸̘̦r̸͔̀̃n̴̰͙̐e̵͚̲͗̚ä̶̳͕t̷̰͔̆͘h̷̹̗͑̎ ̵̨̱͋̌ ̷͍̺͝t̴̖͍̪̥͌͝ḩ̴͌ḙ̴̾̿ ̷̢̥̭̏̎͗͠ẗ̸̥r̷̪̦̦̀̈́̓͋̅ȅ̷̛̦̥̔͘͘ë̶͇͉̗͍̬́͝
あらゆる音が聴こえなくなった。あぁ、そういえばもうすぐクリスマスだったな。Nate、君からのプレゼント、泥と血でぐちゃぐちゃにしちゃったよ。
Nate、ごめん。僕、何もできそうにないや。
Caleb、ごめん。僕、向こう見ずだよ。まだガキみたいだ。
みんな、ごめん。僕ってやっぱり自分勝手だ。身を挺して僕を庇ってくれたのに、またこうやって、自分で全部ダメにしてる。
どうすればいいか分からないよ。何も見えないよ。真っ暗だよ。
怖いよ。
さむい
ごめんなさ
あか い きり が み える
ロビーは賑やかだ。サバイバー達は次のラウンドに向けて自前の武器や道具を手入れし、終わらぬ地獄を今日も切り抜けるべく、ああでもない、こうでもないと戦略を語らっている。
「iTrap…じゃなくてNoob!そこの手入れ布取ってくれ」
「はいどうぞ。ふふっ、Chanceさん、いつもその間違え方しますね」
「へへ、すまんすまん」
Chanceはいつも通りの明るい笑顔を浮かべた。
「アイツと似てるんだよ、その人懐っこい顔が!」
【終わり】
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