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眼の前にいる『お館様』とやらは何も言わない。
黙ってこちらを見ている。『導糸シルベイト』を編む様子も、こちらに攻めてくる様子も見せない。
だが、1つ目モンスターの言葉を信じるのであれば……俺が初めて出会う『第七階位』なのだ。
「……祓って良いんだよね?」
そんな状況で俺は隣にいる1つ目のモンスターにそう聞く。
それは自分に言い聞かせるためでもあった。
初めて敵対する『第七階位』。仙境の主あるじ。
そして世界を作ってしまった祓魔師なのだ。
思わず心臓がぎゅっと握り絞められる。
だが、ここにアヤちゃんはいない。ニーナちゃんもだ。
こんな言い方をすると足手まといみたいに言えてしまうから、俺はなるべく言わないようにしているのだが……それでも、自分を鼓舞こぶするために口に出す。
「僕は、全力で……行けるよ」
俺がそう言うと、1つ目のモンスターは酷く困ったように喉の奥から声を漏らした。
『……逃げてくだせぇ、坊っちゃん』
「逃げる? 祓うんじゃなくて?」
『お館様は常・勝・無・敗・! そんな法師が鬼腫キシュになっちまったんだ。勝ち目なんてねぇんですよ!!』
「……でもさ」
1つ目のモンスターに言葉だけで返しながら、俺は『仙境の主』から視線を外すこと無く答えた。
「ここで逃げたら、向こうに帰れないわけでしょ……?」
『それは……』
「だったらさ」
俺は雷公童子の遺宝に『導糸シルベイト』を共鳴。
バジ、と空気が弾ける音が響いて俺の糸が黄金に染まる。全身に巻き付けて『身体強化』。
それを見た仙境の主が身構えた。
その意味はたった1つだけ。
……俺の『導糸シルベイト』が見えてる。
「どっちにしろ、祓うしかないんでしょ」
そして、口を開くと同時に魔法を放った。
「『樹縛ジュバク』」
ぞぶ、と地面から無数の木々が生み出されると世界の主に向かって勢いよく伸びる。絡みとった相手の魔力を吸い上げ、頑強に育つ『属性変化:木』の魔法。
それが鬼腫キシュに向かって勢いよく迫り、迫った瞬間――鬼腫キシュの手元が煌めいた。
俺はとっさに1つ目のモンスターの身体を掴んで空に飛んだ。
一拍遅れて、真横に全・て・が・斬・ら・れ・た・。
『樹縛ジュバク』が、周囲にまだ残っていた木のモンスターが、さらに遠方に見える巨大な岸壁が、先ほどの一撃によって地面から数十センチという高さで横一文字に全て断ち斬られた。
ドドドドドドッ!!!!
宙に浮いた浮遊物が落下し、轟音を立てて土煙を巻き起こす。
『ひぃ! お館様の法術だ!!』
その轟音に負けないくらいの声量でモンスターが悲鳴を上げた。
今の魔法――俺の使う『風刃カマイタチ』みたいな魔法だろう。
だが、規模も、出力も段違い。
おそらく今の一撃は半径数百メートル。下手すれば数キロという単位を一撃で薙ぎ払っている。
周りを見ればさっきまでの自然と打って変わって、もうもうと上がる土煙が見えた。
今の俺に、同じことが出来るだろうか?
そんなことを少し考えた瞬間、世界の主は肩をすくめて笑った。
『ここは、些いささか狭かろう?』
「――『天穿アマウガチ』ッ!」
とても澄み渡ったきれいな声。
それが紡がれる瞬間を狙って、最速の魔法を放つ。
世界の主は俺の『導糸シルベイト』を見・る・や・否・や・首を傾けて高圧水流の魔法を回避。だが、それでは完全に避けきれず鬼腫キシュの右耳に穴が空く。
『す、すげぇ! お館様の身体に傷をつけた人……200年ぶりに見ました!』
「……耳に穴空けただけだよ」
1つ目のモンスターが楽しそうに言うものだから、思わず俺は否定する。
こんなものでは有効打になり得ない。
だから、そこに向かって俺はさらに魔法を畳み掛けた。
まずは相手の動きを封じなければ。
俺は勢いよく両手をパン、と叩く。
それは俺のルーティーンだ。糸の魔法を使う時、詠・唱・を挟むように『妖精魔法』を使うときの決められた動きルーティーン。
ぱたぱたと羽ばたきながら宙そらを舞う『ピクシー』たちが俺の周りに生まれた瞬間、世界の主が面白そうに口角を吊り上げた。
『南蛮の法術か』
「持っていって!」
俺の『お願い』を叶えるように、ピクシーたちが宙そらを駆ける。
その瞬間、世界の主は「ふっ」と息を吹いた。
吹き出したのは俺の目にも見える高濃度の魔力。
その魔力の中にピクシーたちが突入した瞬間、まるで酔っ払いのようにふらふらとその場を周り、地面に落ち、そして燐光りんこうを散らして消えていく。
『面白かろう?』
へらり、と世界の主が笑う。
『強い力にあ・て・ら・れ・る・とな、こうなるのよ』
事実、そうなのだろう。
仙境の主の魔力にあてられ、妖精たちが酔ってしまったのだ。
俺は歯噛みすると同時に、魔法を編んだ。
「『焔蜂ホムラバチ』ッ!」
今のこいつに『朧月おぼろづき』は使えない。
相手がこちらの『導糸シルベイト』を見ているのであれば、あんな隙の生まれる魔法の準備をわざわざ待ってくれるはずがないのだ。
だからこそ、今は普通の魔法で押す。
そうして生まれた隙に『朧月おぼろづき』を叩き込む。
しかし、そんな俺の作戦に反するように世界の主がまっすぐ手を伸ばしてぐるりと魔力を回した。回した瞬間、世界の主が吐き出した魔力と仙境の魔力が、その回転に釣られるようにごう、と動いた。
それは、ホテルの前にあった川で父親と一緒に練習した外にある魔力の動かし方そのもので――。
渦巻いた魔力の流れに沿うようにして『焔蜂ホムラバチ』が逸それる。
そのまま遥か後方に激突。爆発。ばちばちとした豪炎が舞い上がる中、心底不思議そうに世界の主が呟いた。
『――廻術カイジュツを知らないのか?』
「………………」
廻術カイジュツは、知っている。
体内で魔力を廻まわし、魔力を均質にする技術だ。
なるほど、そ・う・使・う・の・か・。
俺の知らない技術、俺の知らない使い方。
それを見せてくれる世界の主に恐怖の心拍が鳴るのと同じくらい好奇心が疼うずく。
『坊っちゃん! 戦うのは、やめましょう! やっぱり逃げましょう!!』
「ううん」
同じことを言う1つ目のモンスターの意見を、静かに否定する。
相手が俺と同じ『第七階位』なのだとすれば、逃がしてはくれないだろう。俺が相手を逃さないように、この祓魔師だって俺たちを逃がしはしないはずだ。
だから逃げることに意味はない。
逃げたところに、好機チャンスはない。
それに、
「僕は言ったよ、祓うって」
首に吊るしている遺宝の1つを手に取る。
そうして『導糸シルベイト』を巻き付け、形を与え、命を吹き込む。
「――来て。『雷公童子』」
瞬間、溢れんばかりの雷鳴が響いた。
俺の後ろに控え立つ雷鬼に、世界の主が微笑む。
『随分、楽しそうなことをしているではないか! 我が主よッ!!』
『――いつの世も、鬼祓いはなくならんか』
雷公童子と世界の主が向き合い、互いに笑う。
だが、それでは終わらせない。
俺は別の遺宝に手を伸ばし、命を吹き込む。
「起きて、『化野あだしの晴永はるなが』」
やられる前に、祓ってしまう。
そのためには、使えるものを全て使うべきなのだ。